第4話 才能とは
馬車を降りると、もはや見慣れた『放牧場』の風景。天気も良好で、これまでで最長となる徒歩行軍も問題ないだろう。
軽く身体をほぐし、いつもより嵩張る荷物を背負う。
「遺跡までは適当でいいだろ。普段通り行こうぜ」
「ああ、お前たちの成長を見せてくれ。それを踏まえて遺跡での陣形を考える」
先輩方の言葉に従い、三人と三人に分かれて歩き出した。
◇
今日の目標は日没までに遺跡目前の野営予定地に到着することなので、積極的に獲物を探していたわけではない。しかしながら、最近は魔獣が増えているせいか、出発早々羊たちの歓迎を受けることになった。
『三本の剣(笑)』の連携は、当初から変わらず単純なものだ。
俺が風術で敵を探し、発見し次第二人に合図を送る。二人は左右に展開し、俺はそのまま正面から接敵。あとは俺が群れをコントロールし、二人が中心になって端からどんどん狩っていくというものだ。
戦い方自体は変わっていないが、俺たちも多少は成長している。俺は魔術を絡めた小技を新たにいくつか身につけ、テオも荒っぽい性格に見合わぬ流れるような連撃を放つようになった。アリサにいたっては、速さを活かした縦横無尽な立ち回りに加えて、刺突に雷術をのせることまで出来るようになっている。
なお、初めて会ったときに披露した『雷光刃』とやらは未完成で、本来は「雷術で身体能力を上乗せしたうえで、雷を纏う剣で体内から焼き殺す」とても恐ろしい技なのだそうだ。
いつも通りに手際よく羊の群れを片付ける。あらかた毛刈りを終え、先輩方の講評を聞こうと目を向けると、あちらでも戦闘がはじまっていた。
◇
ロディさんが自慢の足と投げナイフで羊たちを翻弄する。異様なほどに緩急がついた動きで羊の群れの周りを駆け回っていたかと思うと、ときおり不思議な軌跡を描くナイフが放たれる。どちらも風術で補助しているのだろう。ロディさんの戦いっぷりを見るのは初めてなので、非常に参考になる。
ロディさんが立ち往生させた羊の群れにランダルさんが槍を片手に歩み寄る。軽い動作で振るわれる槍は悉く羊の急所を捉え、瞬く間に羊肉の山を積み上げる。随分と浅い傷しか負わせていないように見えたが、突いたあとに大きく捻りを加えて傷口をえぐり、血管なり臓器なりをきっちり破壊しているようだ。ベテランの熟練の技だ。
意外なことにモリス君も優秀だった。両手で槍を構えて、突貫。基本に忠実な構えから放たれる突きと払いで、堅実に羊を倒していく。ランダル先輩の指導の賜物だろう。武器の扱いだけなら、俺よりも格上だろう。でかい口を叩くだけのことはある。
ただ…
「飛ばし過ぎだ!配分を考えろ!」
ランダルさんの怒鳴り声。
今日は日暮れまで徒歩移動の予定なので、今からあんなにはしゃぎ過ぎるとまずい。加えて、結構な討ち漏らしがあるらしく、ロディさんが忙しそうにし始めた。
アリサのことをチラチラ見てる場合じゃないぞ。
◇
その後も普段より多くの魔獣に出くわすが、戦力は十分。剥ぎ取りもそこそこにして、順調に移動距離を延ばしていく。
その結果、日が地平線に落ちるより随分前に野営地点に予定していた森が見える平地にたどり着いた。
◇
それぞれ寝床の準備を整え、一息。俺は平地の真ん中あたりに石で竈を組み始めた。父親に多少料理を仕込まれた俺は、腕前を披露しようと食材の準備も始める。
「おい、何を遊んでいる!一番の無能がさぼっていて恥ずかしくないのか!」
気分良く下拵えをしているところにやって来たモリス君。これが遊びに見えるらしい。普段は先輩方と行動をともにしていると聞くが、食事等はどうしているのだろうか。
担いできた炭を竈に突っ込みながら、片手間に話を聞く。どうやら俺だけ討伐数が少なかったのがお気に召さないらしい。
腕前のことはさておき、俺は索敵や戦況のコントロールに力を割いているので、それは当然やむを得ないことだ。『三本の剣(笑)』の間ではお互い納得ずくなんだが…
こちらも一日がかりの行軍で疲れが溜まっているので、特に言い返しもせずに適当に相手をしておく。
◇
気が済んだらしいモリス君が去っていくと、入れ替わりにロディさんが大きくため息をつきながら歩いてくる。
「槍の腕前自体は充分一人前なんだが、どうにも視野が狭くてな…」
俺が指先に小さな炎が浮かべ、炭に火を熾すと、ロディさんは普段は優しく細められている目を大きく見開いた。
「火術も使えるのか。まさか他にもいけるのか?」
「あとは地術と少々と…コレくらいですね」
予備のカップに指先からチョロチョロと水を注ぎ、ロディさんに渡す。王都での試験でも評価されたように、俺は色々な系統の魔術が使えるが、羊を燃やしたり吹き飛ばしたりするほどの実力はない。せいぜいこうして野営のときに役立てたり、武器の整備をしたりするくらいだ。
「水術もいけるのか…やっぱり『三本の剣(笑)』ではお前が一番才能があるよ」
ロディさんも、ランダルさんの感性には思うところがあるらしい。俺だけじゃないことに安心して笑みがこぼれる。
「いやいや。才能って話なら、どう考えてもあの二人でしょう」
テントの前で話し込む二人に目を向ける。
組んだ当初、育ちが違う二人の気が合うのか心配していたが、杞憂だったようだ。戦闘での連携も見事に噛み合っている。
俺も索敵などで貢献しているという自負はあるが、肝心の戦闘能力については早くも差がつき始めてきた。
…拠点を移すのに併せて、そろそろ俺は離れるべきだろうか。
「何だ、お前も理解していないのか。冒険者は視野が広くて機転が利くやつが一番成功するんだよ」
あの二人も頼りにしていると思うぞ、と慰めてくれる先輩に干し葡萄を差し上げる。
「そう言えば、先輩方はどうしてこの街に?正直、もっと稼げるところでやっていけるでしょう」
「あぁ…元々、俺たちはランダルの弟も含めた三人で、王都周辺の遺跡で活動してたんだがな」
あっちでは『螺旋のランダル』とか名乗ってたんだぜ、と忍び笑い。
先日行った時には気づかなかったが、王都の近くにも遺跡が残っていたらしい。わざわざベテランである先輩方が活動場所に選んでいたということは、実力が認められた冒険者のみに開放されるような高難度の遺跡なのだろう。
「半年ほど前にランダルの弟が遺跡で行方不明になったんだよ。遺品でもいいから、と随分探したんだが…何の成果もなくてな。そのまま同じ遺跡に潜り続ける気にもならなくて、こっちに来て若い奴らの面倒を見ながら今後の方針を相談してるところだ」
思いがけない重い話に何と返していいかわからず、とりあえず干し葡萄を追加する。
羊の相手ばかりしていたおかげで、そういった可能性が頭から抜け落ちていた。俺も一応上を目指している冒険者として、自分の命あるいは仲間の命を失う覚悟をしておかなければならないのだろう。
◇
モリス君の晩飯は抜きにしてやろうかと思ったが、年上としてあまりに大人気ないかと思いやめておいた。全員が食事を終えると、明日に備えて早めにそれぞれのテントに戻る。
翌早朝、草原に昇る朝日を浴びながら、先輩方が見つけたという遺跡に向けて出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます