第3話 冒険者酒場にて

 三人で冒険者稼業を始めてから、早ひと月。俺たちは『羊の街』周辺の農園を順番に回り、魔獣を狩りまくっていた。

 この拠点では、穀物こそ本国から運んでいるが、ちょっとした野菜などは周辺の草原を開拓して自給している。ただし、一応辺境と呼ばれる地域ではあるので、畑を荒らされないよう魔獣への対策が必要なのだ。

 幸い、俺はささやかながら風術を使える。魔力が少ないので羊を吹き飛ばしたりはできないが、ある程度は音を増幅したりは出来るので、索敵には有用だ。それを活かし、農園で魔獣を待ち構えるのではなく積極的に狩りに行くことで駆け出しらしからぬ戦果をあげてきた。


     ◇


「お疲れ!」


 酒場の喧騒に三つのカップがぶつかる音が加わる。

 久々の『羊の街』。冒険者の溜まり場になっている酒場にて、腹ごしらえを始めるところだ。最近はもっぱら農園の空き小屋で寝起きしており、食事は携帯食か簡単な料理ばっかりだった。


「今日はきつかったな。羊とはいえ、さすがにあの数はな…」


 注文を終えたテオがテーブルに突っ伏す。


「おかげで稼げはしたけれどね。それに、噂の『牧羊狼』があんな子だったとはね…」


 アリサも深くため息。


 今日は三十頭ほどの羊の群れを相手取ることになった。

 羊は角と毛が金になるので、この周辺では一番割のいい獲物だ。角は工芸品の、毛は少し上質の布地の材料として買い取ってもらえる。

 いつもなら五頭程度の群れを探してはこちらから襲っているのだが、今日は『牧羊狼』率いる大規模な群れから逆に襲撃を受けたのだ。


「あれは想定外だったな…。でも、これ俺がもらっていいのか?」


 俺はテーブルに転がされた拳大の獣の頭骨を指でつついた。

 『牧羊狼』は先輩方が「見つけたら真っ先に狩れ」と警告していた魔獣である。吠え声で群れを統率し、頭の悪い羊でさえ厄介な敵に変えるのだ。


「当然よ。貴方が仕留めたんだし」


「ああ、俺もべつにいらねぇな」


 テオも頷く。


 「狼」という名前から当然普通の狼に似たような魔獣を想像していたのだが、今日出くわしたのは幼獣だったらしく、まるっきり小型犬だった。おかげで存在に気づくまで随分と時間がかかってしまった。

 気づいたあとも大変で、羊の足の間を縫うように逃げ回る小型犬に、俺が風術で石をぶつけて仕留めたのだ。しかも、苦労して狩った割に価値があったのは、このちっこい頭骨だけである。


「ま、魔獣の注意を惹く効果があるそうだし、首にでも下げておけば?」


 魔獣由来の素材は、その生態に応じた特殊な性質をもっている場合がある。それらの素材は冒険者の装備に使われるだけでなく、調度品や生活用品などにも広く使われている。

 肉食羊の毛もその一つだ。元来の丈夫さとは別に、非常に染色性が良いという性質をもっている。処理前の赤黒い色は返り血のせいで、専門技術を持つ者がきちんと処理をすればちゃんと生成りの色に戻るのだそうだ。


 ちっこい頭骨とにらみあう。こんな不気味なもの首からぶら提げていたら、人間の注意も惹いてしまうわ。


     ◇


 やいのやいのと言い合っているところに、頼んでいた料理が届く。会話を止め、しばし腹を満たすことに専念する。


 人心地ついたところで、アリサが呟く。


「食べていくのには全く困らないし、十分順調なんだけどね」


「そうだな…。とはいえ、このままってのもな」


 俺も頷き、少し離れたテーブルを見やる。いつ見ても飲んだくれている男たちが、今日も管を巻いている。


 『羊の街』はさほど稼げる街ではない。周辺の狩場で金になるのは羊程度で、わずかに存在する遺跡も全て探索済みだ。そんなわけで、わざわざこの街に拠点をおくような冒険者は多くない。俺たちの他には、若手がもう一人とリーダー格である例の先輩二人。あとはいわゆる「冒険しない冒険者」が十名ほどといったところだ。

 適当に羊の相手をしているだけでも問題なく食べてはいけるので、上を目指す新人はある程度腕が上がったところで辺境の奥地のほうへ踏み込んでいく。


「私たちもそろそろ潮時かしらね」


「そうだな、名産の羊毛服も手に入れたことだし、もういいだろ」


 テオが牛革鎧の下の真新しい服をつまむ。

 連日羊毛を刈りまくっている俺たちは、せっかくなので収穫の一部を製作物と物々交換にしてもらった。ぼよんぼよんの羊毛は服に仕立てても頑丈であり、冒険者の蛮用にも十分耐えうる。


「そういや何でお前はわざわざ生成りのやつにしたんだよ。ださいぞ」


 うるさい、せっかくの羊毛服だから特性持ちの染料を手に入れてから染めるつもりなのだ。


     ◇


 少し酒も入り、再びやいのやいのと始めたところに背後から聞き覚えのある声。


「もうそんな時期か。まぁ、お前らなら早いとは言えねぇな」


 振り返るといつぞやの先輩ふたり、ランダルさんとロディさんが立っている。

お久しぶりです、と揃って頭を下げる。


「最後に一つ、でかい仕事をしていかねぇか?」


「やるさ、もちろん!詳しく聞かせてくれよ」


 テオが相談もせずに即答してアリサに小突かれているが、ランダルさんは気にせず空いていた席にどかりと腰を下ろして答えた。


「未踏破遺跡の探索だよ」


     ◇


 冒険者の仕事は魔獣狩りだけではない。最も金になるのは遺跡の探索だ。辺境には「神代」と呼ばれる時代の古代文明の遺跡が点在しており、そこで発見される遺物の数々は、素材としても研究資料としても高額で取引される。

 とはいえ…


「このあたりに未踏破の遺跡なんて残ってましたっけ?」


 俺が尋ねると、ランダルさんが自慢げに語り始めた。


「俺たちが発見したんだ。最近、妙に魔獣が多いだろ?その調査も兼ねて『放牧場』の端まで足を延ばしたんだがな。森との境目あたりで丘の斜面が崩れて、石造りの通路が露出してるのを見つけたんだよ」


 この先輩方は自主的にそんな調査までしていたらしい。


「興味引かれるお話ですが、俺たちで大丈夫ですかね?森との境目ってことは、『放牧場』よりは強い魔獣が出るんでしょう」


 テオがぶつぶつ言っているが、そのあたりの確認は大事だ。

 森にはどでかい昆虫がどっさりいるらしく、手強いくせに金にならないとのことなので俺たちはまだ挑んだことはない。


「お前らなら大丈夫だろう。そもそも、べつに遺跡の完全踏破を目指すわけでもないしな」


 ロディさんが補足する。


「王国の支配地域では、新たに発見された遺跡は王国軍なり教会なりが先行調査をして、価値や危険度を確認してから冒険者に開放するんだ。その調査団に情報を提供するために、俺たちがさらに先行して軽く調査しておくって話だ」


「まぁ、その情報と引き換えに、多少の情報料と遺物はいただくがな」


 勝手なことをして怒られないのか?とも思ったが、遺跡発見時にはよくある事らしい。 

 若干の不安はあるが、先輩方の支援付きで未踏破遺跡の探索ができるのは得難い機会だ。三人で顔を見合わせ、返事をしようとしたところで、再び背後から声。


「ランダルさん!どうして、そんな奴らに声をかけるんですか?三人も増えれば取り分が半分になるじゃないですか!」


 毛を逆立てた少年が顔を真っ赤にしていた。


     ◇


 鼻息を荒くしているのは、俺たち以外で唯一の若手冒険者、モリス君である。先輩なのに君付けなのは、年下だからだ。冒険者になるのに特に制限などはなく、自称すれば誰でも即冒険者なので、こういうことも起こりうる。


 内心で嘆息する。俺たちがモリス君と顔を合わせると、必ずと言っていいほど絡まれる。

 もちろん、初めは先輩に敬意を払いつつ仲良くしようとは思っていたのだが、先輩風を吹かせてしょうもない話しかしないので、最近は適当にあしらっている。それでも懲りずに絡んでくるのは、俺たち、というよりアリサに興味津々だからだ。ここで店員をやっている幼馴染の少女が悲しそうな顔をするのがいたたまれない。


「こんな駆け出し共なんか連れて行っても足を引っ張るだけじゃないですか!」


「いや、むしろお前は置いていくつもりだったんだが…」


 ランダルさんが容赦なく火に油を注ぐ。怒り過ぎて、もはや何を言っているのかわからないモリス君。

 関わりたくないので、そちらは放置してロディさんのカップにお代わりを注ぐ。


「あー、もうわかった。じゃあお前も含めて六人で行くか?」


「…それでいいです。僕がこいつらに本当の冒険者というものを教えてやりますよ!」


 凄いなモリス君、飲んだくれたちが大爆笑だ。


 モリス君がこちらに向き直り、宣言する。


「『三本の剣』とか呼ばれて調子に乗っているんじゃないぞ!お前らなんてちょっと良い武器を持っただけのひよっ子だ!」


 いや、それ言ってるのおっさんだけだぞ。飲んだくれたちも手を叩いて大喜び。テオとアリサも下を向いて震えている。


 そして、俺に指をつきつける。

 

「特にお前だ、イネス!」


 アリサが限界を迎えた。


     ◇


 モリス君の相手はテオとアリサに押し付け、俺は先輩方と具体的な段取りをする。初の野営になるため、色々と調達しなくては…と思ったが、先輩方の予備を借りられるらしい。『放牧場』までの移動には、ご機嫌の飲んだくれが馬車を出してくれることになった。その他諸々を手際よくまとめ、その日は解散。


 翌日、俺たちの初めての遺跡探索が始まった。 

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