第2話 三本の剣
王都の騎士に紹介されたのは、王国本国から辺境に入ってすぐのところにある『羊の街』と呼ばれる小規模な開拓拠点だった。辺境地域では、より奥地に行くほど強力な魔獣や攻略難度の高い遺跡が存在し、またそのぶん稼げる金も莫大だという。辺境の入口とも言える『羊の街』は、駆け出し冒険者が活動を始めるのに丁度いい場所だ。
その『羊の街』の周囲に広がる魔獣の狩場が、『放牧場』だ。
◇
「よっと」
清らかな水がさらさらと流れる小川を飛び越えた向こう側には、これまでの道程と同じく脛の中ほどまで草が生い茂っている。遠くに目をやると、うねるような丘の起伏が遙か彼方まで連なっており、これまでのような轍もない。
荷台の上で凝り固まった身体をほぐす俺たち三人の前に腕組みしたおっさんが立つ。
「よし、さっそく魔獣の相手をしてもらうぞ。ロディが一匹ずつ引っ張ってくるから、一対一でどの程度できるのか見せてくれや」
なお、御者をしてくれていたのロディ先輩、声が大きいのがランダル先輩である。
まずは俺からということになった。
ロディさんが帰ってくるまでに装備を再確認する。薄い金属の胸当てに左前腕につけた小型の円盾、それに腰に下げた幅広で肉厚の片手剣。いずれも、旅費の残りと支度金をはたいて揃えた王都土産だ。
みんなから少し離れ、剣を抜き放ち、何度か素振りする。
「サマになってるじゃねぇか。何かやってたのか?」
「はい、対人訓練はそれなりに」
つい軽く見栄を張ってしまう。
冒険者相手の訓練はそれなりにこなしてきたが、所詮は遊びの延長。初の実戦に臨む緊張を振り払うように素振りを繰り返す。
◇
鋭い指笛が聞こえてほどなく、丘の向こうからロディさんが走ってくる。引き連れてくるのは、赤黒い体毛に包まれた羊だ。
「あれが『肉食羊』だ。頭突きと噛みつきぐらいしかねぇが、それなりに力は強いから気をつけろよ」
ロディさんと入れ違いに前に出ると、こちらの戦意を感じ取ったのか、羊は標的を切り替えて足を止めた。
激しい息遣いの羊が後肢で地面を掻く。短い鳴き声を上げたのち突進。
身構えていたが、備えていればどうということはない速さだ。接触の直前に斜め前に足を運び、ひょいとやり過ごす。素早く後方に向き直るが、羊は随分と向こうまで走り続けていた。
…あれ、意外とちょろいぞ。
ようやく折り返し、再度突進の構えをとる羊。この程度の相手ならどうにでも料理できそうだが、せっかくなので色々お見せすることにする。
頭を低くして血走った眼でこちらを睨みつける羊に向かって、今度はこちらから距離をつめた。ある程度近づいたところで左の手のひらを広げ、大きく腕を振り上げる。小さなつむじ風に乗って枯れ草交じりの土埃が舞い上がり、駆け出す寸前の羊の出鼻をくじいた。掲げたままだった左腕を振り下ろし、盾の縁で額に一撃。鼻先を地面に突き込まれ、無防備に晒された首筋を刈り取るべく右手の剣を振り下ろす。
ざっくりと肉を切り裂く手応え。肉や皮の硬さというよりも毛の弾力のせいで一撃で首を落とすことまでは出来なかったが、首から血を撒き散らす羊が憐れみを誘う断末魔を上げて横倒しになった。
「おー、やるな」
いつの間にか近くに立っていたおっさんが背中に平手打ち。羊の頭突きより重そうだ。
「このぐらいなら、まぁ。ただ、羊毛ってぼよんぼよんしてるんですね」
「その程度の感想か。今面倒見てる若手なんか、初めての羊に齧られて半泣きだったんだがな」
普通はそんなものなのか。俺でも冒険者として十分やっていけそうだ。いや、むしろ…
将来の展望に口元が緩みそうになるのをこらえ、みんなの元に戻った。
◇
あの目つぶしは風術か?とおっさんが尋ねてきたところで、再びの鋭い指笛。
「次、嬢ちゃんいってみるか?」
ええ、と答えたお嬢さんが剣を抜き、何度か小さくジャンプする。ロディさんの姿が視界に入ると同時に真っ直ぐに駆け出した。
ととと、と軽快な足さばきで羊との距離をつめていく。あの細身の身体で正面から当たるのか?と心配していると、双方の距離が十歩程度となったところでお嬢さんの身体が少し沈み込んだ。そして全身がかすかに光を帯びたかと思うと一気に加速し、交錯。突進の勢いのまま転がっている羊。お嬢さんも何らかの魔術を使ったのだと思うが、よくわからない。
丘の傾斜で動きを止めた羊のほうを見ると、片目が潰れている。あの一瞬できっちり急所に一突き入れていたらしい。ほのかに抱いた自信をすぐさま砕かれた俺が内心でうなだれていると、おっさんも驚きの声を上げる。
「おい、今のは『雷光刃』ってやつか?!…ってことは、まさか嬢ちゃんの親父さんは、あの『雷獣』かよ!」
…このあたりの冒険者独特の感性。二つ名とか技の名前とかを耳にすると何とも言えない気持ちになってしまう。
「よし、俺も負けてられねえな!」
少し照れている嬢さんに代わって、せっかちな兄ちゃんが腕を回して進み出ると、ロディさんが軽く笑って駆けていく。お疲れ様です。
◇
やがて指笛が響くと、兄ちゃんは長剣をぎりりと握り、腰だめに構えた。腕力頼みの荒っぽい剣術ではなく、何らかの研鑽のあとがうかがえる。
お嬢さんと同じく正面から羊に突っ込むと、気合一閃。
「うらぁ!」
掛け声とともに横薙ぎに振るわれた剣が羊の顔面を捉えた。刃は巻き角に止められるが、剣はそのまま振り抜かれ、羊はくるくると宙を舞う。割られた顔面か、折れた首か。どちらが致命傷かはわからないが、間違いなく即死だろう。
こいつも一撃かよ…
「三人とも、何にも言うことはねぇな。羊相手なら何の心配もねぇ」
ランダルさんも唸る。
「とはいえ、獲物の探し方や、金になる部分の剥ぎ取り方も大事だからな。今日は一日付き合ってやるぜ」
◇
夕日に照らされた草原を馬車が行く。地平線に見える木製の防壁の中からは炊煙が上がっている。帰路、先輩方にはこの周辺の狩場の情報や冒険者の心得などを聞かせてもらっていたが、街が間近となるとそれも尽きた。
練習がてらに刈り取った羊の毛で少し狭くなってしまった荷台のうえで軽く伸びをする。
「お前ら、これからどうするんだ?三人で組むのか?」
ロディ先輩が尋ねる。
…どうするかな。
二人とも悪いやつじゃなさそうだし、一緒にやれるのなら心強いとは思うが…腕前の点であからさまに俺が格下だから、いずれ不和の原因になってしまいそうだ。
「俺はそれでいいと思うぜ。お前らはどうだ?」
「私も。二人ともいい腕してるしね」
俺の逡巡に関係なくあっさりと組む流れになってしまった。頭に浮かんだ不安は先送りにして、俺も頷いた。
「俺はテオだ」
「アリサよ」
俺も拳を合わせる。
「イネスだ」
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