春に君を思う

雨世界

1 春に君を思う

 春に君を思う


 プロローグ


 どうして私のこと、じーっと見てるの? 好きなの?


 本編


 私は君に笑顔でベーと舌を出して、あっかんべーをした。(すると君は私に、なんだかすごく変な顔をした)


 私が君と出会ったのは、小学校時代のある晴れた春の陽の午後だった。


「浦野くん。本当になんでも頑張るよね。どうしてそんなにいつも一生懸命に頑張っているの?」と私は本当に不思議そうな顔をして聞いた。


 時刻は放課後。


 みんなが帰ったあとの、空っぽになった中学校の教室の中に生徒は二人しかいない。(つまり私と君の二人だった)


 私は一人で残って教室の掃除をしている君に向かってそう聞いた。「どうしてって、僕は今週の掃除当番だから」と私に向かって君は言った。


「それはそうだけど、そんなに一生懸命になって掃除をする人はいないよ。そんなの浦野くんくらいだよ。みんなある程度は真面目にやるけど、手を抜くところは手を抜いているし、塾とか、受験勉強とか、あとは自分の趣味とか、そういうことに時間を使いたいから適当なところで掃除を切り上げちゃうし、……こんなに頑張って教室を本当に綺麗にしようと思っているのは、きっと浦野くんくらいだと思うよ」

 と、自分の席の椅子に座って君の掃除の様子をさっきから飽きることもなくずっと観察している私はまるで手伝うそぶりを見せるわけでもなく、ただずっと掃除をしている君の姿を見続けていた。


 君の名前は、浦野春陽と言った。君はその名前に負けないくらいに生命が芽吹く季節である、春の陽のように明るくて、そして真面目で頑張り屋さんの男の子だった。(不真面目な私には、なんだか思わず目がくらんで、目を細めてしまうくらいに、まぶしすぎるくらいだった)


 君は私に「別に理由なんてないよ。でも一応僕の役割だから、役目を受けた以上はちゃんと仕事をしないといけないな、と思ってさ」と箒とちりとりで教室の床の掃き掃除をしながら言った。


「君は本当に真面目だね。きっと人生損するタイプだね」と呆れた、と言った顔をして私は浦野くんにそう言った。


「別に損してもいいんだよ。僕の気持ちの問題だから」とちりとりのゴミをゴミ箱の中に捨ててから、浦野くんは私に言った。(それで浦野くんの今日の掃除は終わりだった。浦野くんが掃除をした教室は本当にとても綺麗になっていた)


「みんな言ってるよ。面倒なことは浦野くんに任せちゃえばいいってさ」にっこりと楽しそうに笑いながら私は言う。

 私が見る浦野くんの汗をかいた満足そうな顔は、(きっと掃除が思い通りによくできたのだと思った)オレンジ色の夕日の色に染められている。(そんな君の姿を見て、……私は、ああ、なんて綺麗な横顔なんだ、と思った)


「まあ、私はそんな浦野くんのこと結構好きだけどね」と机の上にひじをついて、その小さな手のひらの上に自分の頭を乗せながら、またさっきと同じようににっこりと笑って私は言った。

「ありがとう」とにっこりと笑って浦野くんは言った。


 浦野くんは、掃除道具を掃除用のロッカーの中に片付けると中学校を下校する準備を始めた。

「ねえ、途中まで一緒に帰ろうか?」と学校かばんを手にした浦野くんに席に座ったままでいる私は、(……浦野くんの顔を見ないままで)言った。

「え?」その声を聞いて浦野くんはすごく驚いた。そしてこの私の言葉を聞いて、やっと浦野くんは、私が自分のことを、掃除が終わるまでの間、ずっと待っていてくれたのだと気がついたみたいだった。(鈍感なのだ)

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