超高水圧

凡野悟

第1話

ここは冬はそこそこ寒く、梅雨になるとそこそこ雨が降るみたいな、平凡な街だ。ちなみに夏はとんでもなく暑い。今年も鋭い日差しに木々は煙を上げて、動物は干物になる。地獄の入り口のような夏だ。グツグツと気泡が浮かんでは消える溶岩を避けるため、皆家から出ない、出られない。

 ただこの街の夏にも救いはある。地獄に垂れる蜘蛛の糸のように空に現れる水の柱。町外れの公園にある噴水である。1日に数回、天を切り裂かんとばかりの勢いで5分ほど放出される水柱は街のどこからでも確認できる。これにより人々は暑さから逃れ渇きを癒やすのだ。秋から春の間にはデートスポットとして知られるその公園には秘密がある。

 (秘密というものは大抵の場合くだらない噂、あるいは都市伝説の類いであるが、この公園に関してははっきりとした記録があった。あった、というのはすでに失われているからだ。しかし失われた経緯は記録されており、誰がなんのためにその情報を闇に葬ったかまで丸わかりである。隠蔽についてここに詳しく書くことは無粋そのものであるので割愛する。全てを知りたいときには街の図書館に行くといい。)その公園は古い研究所の跡なのだ。太平洋戦争末期の大日本帝国海軍は起死回生の一手を得るために血眼であった。窮地に追い込まれた将校はなりもふりも構うことなどないと、禁断の生物兵器開発に手を染めた。 

 生物兵器、改造した兵士の開発し戦闘に投入することで真珠湾をもう一度と試みたのである。戦地で負傷した兵や死体を集め、地下深くでそれぞれの部位をくっつけたり増やしたりして最強の兵士を作る計画であった。しかしこの計画はすぐに頓挫する。というのも、研究の目的が兵士の強化からより多くのパーツを持った人間を作れるかにすり替わっていったからである。(これについてみなさんはすぐ疑問に思うことだろう。国中が敗戦ムードに包まれ玉音放送待ったなしだったことを考えても、明らかに間抜けすぎるのではないかと。これらの疑問は未だに解決していない。アメリカのスパイによる妨害、睡眠不足による混乱、またはその両方などの説がある。)

 この研究所でたくさんの手を持った兵士が作られた。末期の被験者は12本の腕を持っていたという。しかし皮肉なことにこの悪ふざけとも言える研究がもう少し続いていたら、日本は戦争に勝てたのではないかと言われている。人間の手足を増やす過程で最強の兵器が、偶然にも生まれつつあったのだ。

 それが猫である。研究室はマグマから逃れようとねずみがすみついていた。医療的な作業を行う場所にネズミがいてはどう考えても不衛生である。研究者たちが猫を飼育しだすのも道理だろう。そうなると当然、人間の体を弄ることに飽き飽きした者が猫を改造するのも容易に考えられる。

 戦況がよろしくない日本にとって弾薬の製造は大きな負担だった。そこで猫の尿道を改造し、超強力な水大砲にしてしまおうと考えたものがいた。超高圧排尿猫である。


 超高圧排尿猫は強力だった。戦艦を切り裂く威力の小便をする猫の、不慮の排尿によって研究所は崩壊した。あとかともなくなった研究所の地下深くに沈み、今もなお不死身の体で生きながらえているその猫こそ、この街の噴水の正体である。街の人々に潤いときれいな虹を与える水柱は猫の小便なのだ。


 その公園は有名なデートスポットになっていて、秋から春にかけては逢引の男女がところ狭しと待ち合わせしている。恋人と合流して移動しようか、なんて言っていると噴水は空高く水を噴き上げる。それが猫の小便だとは知らない彼らは黄色い声を上げて笑う。きゃーと言いつつ、濡れたら濡れたで楽しいものだろうとのろのろはしりだす。彼らの1日の始まりだ。今日も猫の小便が街を濡らす。尿柱に光が乱反射する。虹と尿柱はまるで弓と矢のようだ。死ぬことも生きることも許されない猫が、天に向かって矢をつがえているのかも知らない。

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超高水圧 凡野悟 @TsuKkue

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