第一章ー通り雨 part2
※
日課の終わりを告げるチャイムが鳴った。僕は一人帰路につく。外は朝とは違って雲の切れ目から澄んだ青空が覗いていた。
天候に影響されるかのように僕の気分は少し良くなった。
もう何度目かも分からない田舎道を歩いていく。自宅までは20分ほどかかる。
歩いて通学している人にはよくわかると思うが、登下校は特にやることもなく暇だ。最初の何日間かは新しい風景に心躍らせていた気もするが、1ヶ月もしたら何も感じなくなっていく。
だから、僕は大抵考え事するか、音楽を聴くか、携帯をいじったりしている。
今日はと言えば、転校生のことで頭がいっぱいだ。僕は小さい頃から小説とかアニメとかの物語が好きなんだけど、どこか現実と切り離して冷めた目で見てしまうところがあった。
それは僕の今までの人生が物語に出てくる人たちみたいに何か事件が起こるとか、僕自身が主人公になるような器でないことなど、理由はいくらでもあげられると思う。
ただ、女子の転校生が来ると聞いて、興味が湧かないほど僕は冷めた人間ではないつもりだ。
まあ、どうせ僕には転校生とのイベントなんて縁のない話ではあるだろうけど。
そんなこんなで、通学路も半ばに差し掛かったところでポツリと、水滴が頭に落ちてきた。上を見上げてみると、雨が僕の頬を濡らした。
「クソ、降ってきた。」
通り雨だろうか。さっきまでは晴れていたというのに。思わず悪態をつく。
大体の人がそうであるように僕も雨は嫌いだ。傘をさすのは面倒だし、何より雨に濡れると嫌な気分になる。
どんどん強くなっていく雨に僕はどうしようかと迷う。走ればあと5分で家には着くだろうが、この雨ならば歩いたとて五十歩百歩ってところだろう。
走るのは好きではないので僕は濡れながら歩いて帰ることにした。
雨が降っているというのに歩いている僕のことを、顔をしかめて立ち漕ぎしながら急いでいる自転車に乗った高校生や、折り畳み傘を差して、早歩きをするサラリーマンが追い抜いていく。
この世界、誰でも自分のことにせいいっぱいで、赤の他人に目を向ける人なんているはずもない。
僕はびしょ濡れになり、肌に張り付いたワイシャツを無視して、歩いていく。すると、僕に降り注いでいた雨がピタリと止まった。
「ねえ、雨は嫌い?」
それは明るいトーンの声だった。しかしその声には、万人を惹きつける何かがあったような気がした。
僕は無理やり、意識をその声の方に向けた。
そこには少女がいた。傘を僕に差し出し、首をちょこんと傾げている。
目を奪われた。黒髪黒目のボブカットで、誰が見ても美しいというであろう顔のパーツは全てが整っていて、美人という言葉でまとめて良いのかという思いまでこみ上げてくる。
かといって年相応のかわいさというものも兼ね備えていて、なんというか反則だと思う。
僕が固まっているとその少女は、軽く、唇を尖らせ拗ねたように言う。
「君に聞いてるんだけどー」
僕はなんとかその言葉に返す。
「ああ、ごめん。というか、どうして?」
「ん?どうしてって?」
彼女は本当に訳が分かっていないような口調で聞いてくる。
「いや、僕のことなんてほっとけば良いのに、どうして傘を?」
「あー、そういうことね。えっと、雨に濡れている人に傘を貸すのに理由なんている?」
彼女は当たり前のことを言っているかのように言った。
僕は唖然とした。何を言っているのか理解ができない。人間、損得勘定で動いて当然だというのに彼女はそんなものはないと言い出したのだ。
僕はなんとか、言葉を返す。
「そ、そうか。ただ、心配はいらないから大丈夫だよ。」
「えー、受け取ってよー。せっかく勇気出して声かけたのにさー。」
拗ねた表情がとても似合っていた。ただ、その明るい印象は崩れてはいない。
「返せないものを受け取るわけにはいかないよ。」
僕は食い下がる。しかし、後に続いた彼女の言葉は意外なものだった。
「返せないことなんてないよ?だって同じ高校の生徒じゃない。」
え、と思わず間の抜けた声を漏らしてしまった僕は改めて彼女のことを見てみる。
少女は制服を来ていた。それも僕と同じ高校の。しかも同学年である2年生。
僕たちの高校ではネクタイの色が学年で違うので制服を見ると学年がわかるのだ。ちなみに今の2年生は緑。
「本当だ。でも君のこと学校で見たことないんだけど。」
僕は人間観察が趣味なわけでも、交友関係が広いわけでもないので学年の人を知っている方ではないと思う。
ただ、この子を見たことがないことには自信があった。ここまで人の目をひく彼女を見落としているということはないと思う。
「実はね、転校してきたの!今日からだったんだけど、寝坊しちゃってね」
彼女はてへっと悪戯っ子みたいに笑った。うん、様になるな。
というか、この子が転校生なのか。転校生が美少女とかいう、アニメみたいなことは本当にあったみたいだ。
なんてことを考えていたら彼女はあっ!と大きな声で慌てていた。
「これから手続きがあるから!じゃあね!また学校で!」
彼女は走って去っていった。なんだか慌ただしい人だった。ああいう子はクラスでも人気者になるんだろうなあ。とか考えていると、ふと、思い立ってもう遠くにいる彼女に聞いた。まだ間に合うはずだ。
「あの!名前は!?」
すると、彼女は一瞬振り返って
「雨宮時雨〈あめみやしぐれ〉!」
と、教えてくれた。
なんだか、通り雨みたいな子だと思った。急に現れて、急に去っていったし、名前に雨二つも入ってるし。
僕みたいなぼっちにとっては最初で最後の転校生の美少女という、とてつもないステータスを持った彼女との会話なんだろうな。と、悲しいことを考えていたらふと気づいた。
「雨、止んだな。あ、そういえば雨が嫌いって言い忘れた。」
まあいいか。どうせ忘れているだろうし。僕は自宅への歩みを再開した。
※
次の日。僕はいつも通りの時間に登校し、いつも通りホームルームの開始を待っていた。
ただ、一足先に転校生を見てしまったのでそこだけは少しの優越感を覚えていたのがいつもとの違いだ。
というか、クラスに席が増えている。一番後ろの廊下側。つまり、僕の反対側に誰のものでもない席が置いてある。つまりはここがあの子の席ということだろう。
チャイムが鳴り、先生が入ってくる。その後ろには昨日の少女、雨宮時雨がついてきていた。
教室がざわついている。まあ無理もないと思う。あの子オーラからすごいもんな。
「それでは、転校生を紹介します。自己紹介よろしくね。」
はい、と返事をした雨宮時雨は、昨日と同じ明るい声と百点満点の笑顔で言った。
「雨宮時雨です!皆さんよろしくお願いします。」
軽くお辞儀をしながら言った彼女にクラスが沸いた。「美少女転校生きたー!」とか、「神よ!神よー!」とか言ってる奴もいた。恥ずかしくないのか。
そこで先生は、
「はい、静かに。えーと、雨宮さんの席は……と、星くんの隣の席が空いているわね。」
と、嬉しそうに言った。いや、あんたが用意したんだろ!とかツッコみたくなったが、キャラじゃないのでやめとく。
加藤先生はほくほく顔でうれしそうにしていた。あ、この人そういうの憧れてたのね。みたいな空気が教室に漂った。
ホームルームが終わった途端にクラスのみんなに囲まれた雨宮時雨はわいわいと談笑していた。やっぱり予想通りのコミュニケーション能力の高さだな。
僕が他人事のようにそんな風景を眺めていると、彼女はみんなとの話を半ば強引に中断して席を立った。
どうしたんだ?と、これまた他人事のように眺めていると、こちらの方に近づいてきた。
それでも、どこが他人事のように彼女の行き先を眺めていると、僕の目の前で止まった。そして、とびっきりの笑顔でこう言った。
「よろしくね!私の友達1号くん!」
待ってくれ、友達になったのか僕らは?僕が何も返せずにいると彼女は
「もう!つれないなあ。相合傘をした仲じゃない!」
と、とんでもない誤解を生み出す爆弾発言をした。現に、クラス中がざわざわしている。
「え、なんで竹井と?」とか、「抜け駆けしやがって!」と殺意のこもった視線を感じたり、「え、誰、あれ?」とか聞こえてきた。あれ?最後ひどくない?
目の前の可憐な転校生はしてやったりといったような顔で僕をみていた。
ここから、僕の彼女に振り回される嵐のような学校生活は始まってくのだった。
君は通り雨 ゆでぃ @yud11226
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