永遠に眠る友への誓い
駅から徒歩数分、雅志とオリヒメ、そして咲理の三人は揃ってそこへとやって来た。
咲理は目を細め、寂しさとも悲しさともつかない顔色で口を開き、
「イオイオとこんな形で再開するとは思わなかったよ、まさか」
椎葉家、亡き母の名の横に『依桜』の二文字が刻まれた墓標の前で、供え物を置いた彼女は独り言のように呟いた。
咲理の左に並ぶオリヒメは、墓標を見つめたまま、
「椎葉先輩ってどんな人だったの? 私、生前の先輩のことはほとんど知らないから」
「どんな人、かぁ。一言で言えば、マジメで明るい人。実際によく話したのは一か月くらいだったかな、意外と短かったっけ。でもね、大切な友達だったよ、私にとっては。向こうはどう思ってくれてたのかな? 訊いてみたいけど、もう無理」
天を見上げた咲理は、瞳を凛と揺らして、
「放課後はフェンリルで遊ぶよりも、もっと依桜とおしゃべりすれよかった、とは思うかも。依桜のこと考えると、やっぱり胸が痛くなっちゃう」
咲理の右に並ぶ雅志は、墓標を逸らさず瞳に映し、
「自分と歳が変わらない人が命を絶ったなんて……、実感が湧かないです。失礼かもしれないけど、オレって恵まれてるんだって、この人の過去を見させてもらって思いました」
咲理も、オリヒメすらも同調して縦に頷いた。
「正直言って後悔ばかりだよ。どうしてあの時は逃げたんだって、どうしてすぐに助けなかったんだって。あそこで動いてれば、何かが違ってたはずなのに」
そしてあとに知る、――時間は決して巻き戻らないということを。たとえ《Fenrir2》の力を借りようとも、過去をやり直すことは許されない。
「…………」
「…………」
後悔を口走る咲理を、雅志とオリヒメは黙って見守る。気にする必要なんかないですよ、姉ちゃんは悪くない、そんな軽い言葉は絶対に口にはせず。
「ごめんね、依桜……イオイオ……。後悔ばっかで……ごめんね……」
本人の身体から離れて改めて感じる、友の死という実感。2年間押さえていた感情が、今さらになって溢れ出す。
他の二人は言われもせずにその場を外した。咲理はただ一人、しばらくの間、墓標の前で溢れる想いを口にし、とめどない涙を流す。
やがて、咲理は目尻の涙を指で拭い、
「ごめん二人とも、みっともないとこ見せちゃって。それじゃ、行こうか」
「はい」
「うん」
墓標を名残惜しそうに目で追いつつも咲理は振り返り、歩み寄ってきた雅志とオリヒメを連れて墓標から離れてゆく。
「ミヤビくんにフェンリルを教えてあげた時にさ、私が偉そうに言ったことがあるよね。このゲームはただのゲームじゃない、運命すらも変えられるって」
ポケットに仕舞われているスマートフォンを取り出して、咲理は人知れず呟く。
「はい、そう聞きました」
しかし、咲理はおもむろな首の動きでそれを否定し、
「でもね、これはただのゲームなんだよ。ていうか、ただのゲームとして考えないといけないと思う」
「だね。フェンリルで時間の操作はできるけど、それで運命に手を加えることはズルいこと」
「ヒメの言うとおり、私たちは過去を生きてるんじゃない。運命は今の私たちがつくっていくものだから」
そう、咲理たちが生きるのは――……。
咲理は雅志に、オリヒメに、
「ありがとう、二人から大切なことを教えてもらったかも」
雅志はうーんと頭を掻いて、
「いや、そんなに立派なことをしたつもりは……」
オリヒメは不思議そうに姉を見て、
「姉ちゃんからは教えてもらいっぱなしだけど、私は何を教えたっけ?」
咲理は目元に残る雫を弾かせ、精一杯の笑顔で明るく振る舞って、
「えへへ、ナイショ!」
誰しもにとって当たり前の話であるけれども、咲理は後悔の覚えが多々ある。学校でのテスト中にもっと勉強すればよかったと、デザート完食後に量を減らせばよかったと、こたつの中で寝て体調崩すくらいなら面倒でもベッドに行けばよかったと、そう思うことはよく経験する。もちろん、椎葉依桜との件も例外ではない。
でも、だからと言って過去を変えてはならないのだ。たとえその手の力が使えたとしても。そんな後ろ向きな手を考えていては、結局は何も変わらないのだから。
そう、運命を変えるなら前を向かないと。
それは、この千石雅志が教えてくれたこと。
それに。
前を向いてゆくためには、一人ではダメ。時に、固い絆が運命を切り開いてくれるのかもしれない。だって絆は、時間や運命という概念に手の届かない場所にあるのだから。
それは、この妹が教えてくれたこと。
(ミヤビくんとヒメ、心からお礼を言うよ。二人が取り戻してくれたこの身体で私、後ろは向かずに前を向いてみせるから)
そうして千石雅志とオリヒメ、二人を見ながら咲理はこっそり胸に誓った。
――――どうか悔いのないように今を生きていこう。もちろん、大切な人と一緒に、と。
マイナス・ゲーム~狼アプリで金髪不良女に逆転狙い~ 安桜砂名 @kageusura
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