第4話 桃香、もう迷わないから!
世界の果てのような荒れ狂った海。
暗雲立ち込め、雷鳴轟くその先に、まさに『鬼』と言わんがばかりのゴツゴツとした島がある。
それこそが、桃太郎たちの目指す目的地、鬼ヶ島であった。
「ちょっと、なによその他人事な説明」
いや、だって俺、地の文だし。一応説明描写はしておかないと思ってな。
「すごくいまさら感あるんだけど。おじいさんやおばあさんやあの家がどんなのだったかわかる人いるの? その時はなんの説明もなかったじゃない」
だっていらないだろ、そのへんの描写なんて。
童謡では省略されるような部分だぞ。
それに対して鬼ヶ島はほら、ラスボスの根城なんだからこう、迫力を出しておかないと。
「そもそも、桃香たちがどうやって鬼ヶ島に移動しているかも全然説明していないからわからないじゃないの」
いやー、そこさ、原典作品でも結構すっ飛ばされて謎になりがちなんだよな。
絵本とかだとなんか絶対海渡れないだろっていう感じの小舟に乗っていたらまだマシな方で、キジを仲間にしたらもう次のページでは鬼ヶ島に攻め込んでいたりするのもよくあるし。地続きなのか? 鬼ヶ島。
「なにそれ、そんなんでいいの?」
まあ話の本筋と一切関係ないからな。仕方がないといえば仕方がない。
これがもし長編のダラダラした連載モノだったら、まず舟を手に入れるまでに1章分のエピソードを使うんだろうけどな。
海を渡るのに航海士が必要だし、舟だってタダじゃないわけだし。
ましてや鬼ヶ島に行こうなんていう子供をまともに相手にしてくれるはずもない。
そのエピソードは相当な困難になるだろうな。
「なによその変なリアリティ。で、桃香たちはどんな舟で移動しているのよ。コングさんもいるから、かなり大きな舟じゃないと駄目じゃないの?」
こうして、桃太郎一行は鬼ヶ島に到着したのである。
「あ、逃げた」
いいから、もう敵は目の前だぞ。
だが最後に一つ、大切な話がある。
「なによ、地の文のくせに改まって」
俺がこの桃太郎の物語に直接干渉できるのは、この門が開くまでだ。
この先は、あんたが自分で戦って、あんたが鬼を倒すんだ。
「えっ、なに言ってるの?」
地の文は地の文ってことだ。
ここからは桃太郎であると同時に、あんたの物語なんだ、天空院桃香。
俺はそれを語ることはできても、あんたに対してなにもできない。
わかるか? わかれ。
「わかるわけないじゃない。桃香に、桃香なんかに、鬼を倒すことなんて出来るわけがないじゃない……」
まあ、たしかに無茶ぶりだとは俺も思う。
なので、一つ手土産をやろう。
そして桃太郎の目の前に、青白い光を放つ一本の剣が現れる。
「なに、この剣……」
この剣は神剣と呼ばれ、かつて『理想の騎士』とまで言われたとある異国の騎士が使っていたといわれるものだ。
湖の女神の加護によって守られしこの剣は、あらゆる魔を弾き、すべての妖を切り伏せるという。
今の桃太郎が扱うには少々大ぶりではあるが、それでも、この剣に宿る加護自体が大いなる祝福となるであろう。
というわけで、持つだけ持っていくがいい。
大丈夫、見た目よりも軽いし、『桃太郎』なら使えるさ。
「……」
桃太郎は黙ってその剣を握り締める。
そして、ゆっくりと鬼の住処の扉を睨みつける。
さあ行くがよい桃太郎。
鬼を倒し、最高の財宝を手に入れよ。
「勝手なことばっかり言ってるんじゃないわよ、地の文のくせに」
それが、俺と桃太郎の最後の会話となった。
そして扉が開かれる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
桃太郎たちと鬼との戦いは、最初から一方的なものとなった。
ケルベロスも、キングコングも、あと鳥人間のスカイウィングも一応、このレベルの鬼を相手にするにはあまりにもオーバーパワーだったのである。
元々は普通のイヌやサルを相手にするレベルなのだ、神話級の怪物の前に太刀打ちなど出来るはずもない。
数分もかからぬうちに鬼たちは討ち倒され、残るはただ一体、桃太郎と向かい合うボスの黒鬼だけとなっていた。
だが、黒鬼と対峙する桃太郎であったが、その足はすくみ、顔はもう今にも泣き出しそうなほど怯えきっている。
だがそれは、鬼という存在に対してではない。
桃太郎、いや、天空院桃香の前にいたその黒鬼というのは、彼女の母親だったのである。
『まったく、桃子さん。あなたはなにをやっても駄目ね。いったいどんなことならまともにこなせるのかしら』
暴力など振るってはこない。
ただ、冷たく辛辣な言葉を投げかけてくるだけだ。
これは、彼女が生み出した鬼。彼女が立ち向かわなければいけない現実。
それから逃げてきた彼女を捕まえる、この世界の最後の罠。
俺には彼女が怯えている本当の理由がわかる。
目の前の存在に怯えているのではないのだ。
その後に待ち受ける、本当の結末こそが、彼女の真の恐怖だ。
なにしろ彼女は、それを恐れてここまで逃げてきたのである。
この物語が終わってしまえば、もう一度あの場所に戻ることになる。
少なくとも、俺はそう伝えてきた。
それがわかっていてまともに立ち向かえるはずもない。
だが、だからこそ、今の彼女に必要なのはその先なのだ。
なので俺は、彼女に声をかけることにした。
どうやってか? 手はいくらでもある。
『おい、桃太郎さんよ、伝言だ』
そう口にしたのは、彼女の横に舞い降りてきた鳥人間のスカイウィングだ。
今の地の文である俺はもう桃太郎とは会話はできないが、スカイウィングは俺の連れてきた奴である。
あいつになら、地の文の言葉以外でもいくらでもコンタクトを取る手段はある。
『あんたは、その迷いこそを斬れ。後のことは俺が道を探してやる。逃げたっていいんだ。だが、その一歩目は勇気を持って強く踏み出せ。そうすればいろいろな道も見えるし、真実だって捕まえられる。それこそが、あんたに出来ることだぞ、天空院桃香。……だとさ』
そっけない態度だが、それでいい。
彼女に必要なのは、誰かがちゃんと彼女を見ているという、その事実だ。
『俺もまああいつとは付き合いはそれなりに長いけど、こういう事を言う時のあいつはまあ信用していいと思うぜ。普段はろくなこと言わないけどな』
スカイウィングはさらに余計な注釈を付けてくれる。
聞こえてるぞー。
しかしまあ、案外その言葉が効いたのかもしれない。
一説によれば、桃太郎のお供のモチーフにおいて、キジは勇気の象徴であるらしい。
そういった意味でも、桃太郎の勇気の後押しをする伝令係に丁度よかったというわけだ。
桃香は少し黙った後、ゆっくりと湖の女神の剣を構える。
その重さに負けないように、小さな手で剣を握り締め、目の前の恐怖に必死に目を向ける。
その瞬間、桃香の勇気に答えるかのように、剣からまばゆい光が放たれた。
光に照らされた桃香の母から黒い霧が噴き上がり、その輪郭が溶けていく。
すべてが消え失せたあとに残ったのは、影のような、人の形をした闇そのもの。
これこそが、この世界の負の象徴『黒鬼』の正体だ。
この影が、桃太郎である桃香の、もっとも恐れる物の姿を見せていたのだ。
だが、桃香が勇気を奮い立たせて神剣を向けたことで、邪気が払われ本当の姿が露呈したのである。
元の持ち主でないとはいえ、回り回ってこうやって一人の少女を救うのだから、剣の女神の祝福も多少は認めてくれているということなのだろう。
そして桃香はその大きな剣を前に突き出し、そのまま目の前の人型の闇に向かって突進する。
戦い方も知らない少女の、愚直で、しかし力強い踏み込み。
剣の光に絡め取られた影は、身動きも取れずに、ただその一撃を正面から受けることしかできない。
剣がその胸に突き刺さり、闇は爆発したかのように雲散霧消する。
これにて、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます