第2話 桃香、もうこの家の子供になる!
さて、無事に超怪力を発揮して桃を持ち帰ったおばあさん。
柴刈りに行っていたという超有名かつ思わせぶりでありながら実際には世界観説明以外に特に意味のない情報を披露していたおじいさんと一緒に桃を食べることにしたのでした。
「ねえ、貴方、桃香が寝ている間に変なことしなかったでしょうね?」
ずっと桃の中にいたのに変なこともなにもなかろう。
そもそも、あんたみたいな幼女に興味もない。
「幼女ってなによ! 桃香は今年で小学三年生になったのよ」
ハイハイお姉さんお姉さん。
それより包丁が桃に向けられてるぞ。上手くかわさないとどうなっても知らないからな。
「なによそれ、完全に人殺しじゃないのよ! やっぱりこのおじいさんとおばあさん、どうかしてるんじゃないの!?」
まあどうかしているのには異論はないが、今現在の果物を切ろうという行為自体は極々当たり前の行動なんだよなあ……。
「中に人が入っているのよ!」
向こうはその事を知らないしな。ほら、包丁がくるぞ。
「ええい、もう知らないわよ! えいっ!」
『おぎゃー、おぎゃー』
おばあさんが包丁を突き入れようとしたその瞬間、なんと桃が割れ、中から一人の赤ん坊が出てきたではありませんか。
「なにいまさら真面目ぶって説明してるのよ。それより、身体が完全に赤ん坊だし、言葉も喋ることができないんだけど」
まあ、そういう設定だからな。なに、すぐに話せるようになるさ。
『そうだ、この子は桃から生まれたので、桃太郎と名付けよう!』
『まあ、いいですわね。これから私達の子供として育てましょう』
子供のなかったおじいさんとおばあさんは、その子供に桃太郎と名付けてたいそう可愛がりました。
「やっぱりその名前なのね……。これまで子供ができなかったんだから、もう少しネーミングに凝るとか、そういう発想はなかったの?」
なかったんだろうなあ、古いセンスだし。
まあなんにせよ、新しい桃太郎の誕生だ。おめでとう!
「めでたくないわよ。そもそも、桃香は女の子なのに、なんで桃太郎なのよ!」
まあ、そこは物語世界の収束としかいいようがないかな。
あんたは『桃太郎』になる、それはどうあっても揺るがないわけだ。
こうして桃太郎と名付けられた子供は、おじいさんとおばあさんの元、あっという間に成長したのでした。
「えっ、もう? あ、ホントだ、桃香がちゃんと桃香になってる!」
さて、本番はここからなんだが、おいおい、なにをくつろいでるんだよ。
「だって、ここにいればもう塾にも英会話教室にもピアノやダンスのおけいこにも行かなくていいじゃない」
ここにいるとずっと桃太郎なんだぞ、それでもいいのか?
「うっ、それは困るけど……。あのおじいさんとおばあさん、どれだけ桃香が桃香だって説明しても桃太郎と呼び続けるのよね。こんなに美少女に成長したのにまだ男の子扱いだし。ボケが始まってるんじゃないかしら」
まあ、そこは物語世界の収束としておこう。
ほら、さっさと話を進めるぞ。
「やだ、桃香、このままこの家の子供になる!」
それは困る。俺の仕事は無事に桃太郎を語りきって、あんたを連れて帰ることだからな。
「やだやだ、桃香、このままここでグータラして過ごすの!」
ああそうかい、そちらがその気ならこっちにも考えがある。
「なによ、変なこと考えているんじゃないでしょうね」
力自慢で近所でも負け知らずだった桃太郎。
「そうだったの?」
鬼ヶ島に悪い鬼がいることを聞き、それを懲らしめることを決心したのでした。
「ちょっと待ちなさいよ! なに勝手に決心させてるのよ! 桃香、そんなのことしないわよ!」
そうは言っても地の文が決意したと言ってるんだし。
「地の文は貴方でしょ!」
『おお、桃太郎や。よくぞ決心してくれた』
「決心してないわよ。話を聞きなさいよ」
諦めろ。そもそも、鬼を退治しないとこの生活だって維持できないぞ。
「それはそうかも知れないけれど……、桃香がそんな鬼と戦えるわけないじゃない」
大丈夫、桃太郎は力自慢近所で負けなしの強い子供に成長したんだぞ。
「それで鬼退治を決意するほうがどうかしてるのよ! クラスで一番脚が速いからっていきなりオリンピックに出るとか考えないでしょう」
まあ、一理ある。話が飛躍し過ぎだわな。
「そうでしょうそうでしょう」
それはそれとして、もうすっかりじいさんもばあさんも乗り気だぞ。
「貴方が地の文で変なこと言ったせいじゃないのよ!」
『桃太郎や、鬼退治に行くのなら、このきびだんごを持っておいき』
『ほら、この旗を掲げて行くが良いぞ』
そうしておばあさんは日本一のきびだんごを、おじいさんは日本一というのぼり旗を用意してくれたのでした。
「うわ……なにこれ。マジでありえないんだけど……」
おじいさんおばあさんが心を込めて作ってくれたものだぞ。大切にしないと。
「まあ、百歩譲ってきびだんごはいいわよ。時代も時代だし、こういったおやつを渡してくれるいいおばあさんじゃない。問題はこの旗よ。なにこれ?」
……。
「なんとか言いなさいよ。なんで地の文が沈黙するのよ! そもそも、こんなものを用意している時点で頭がどうかしてるんじゃないの。昨日今日で用意できるとも思えないし、用意していたとしたら本当に頭おかしいじゃない。なにが日本一の桃太郎よ」
親バカだなあ。
「親バカというよりバカ親、いいえ、ただのバカじゃない。バカの旗を掲げて歩く桃香の身にもなってよね」
……。
「だから沈黙するな地の文!」
話変わるんだけど、こののぼり旗って、桃太郎旗とも呼ばれていて、その由来はまさに桃太郎が掲げていたこの旗に由来するんだってさ。
「なによその豆知識」
とにかく、桃太郎はこの日本一と描かれた旗を掲げて、鬼退治へと出発したのでした。
「出発させるな! 地の文の横暴!」
桃太郎はこの日本一と描かれた旗を掲げて、鬼退治へと出発したのでした。
「話を聞きなさいよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます