第26話月の女王の物語
高橋貞子の能力により、圭介たちは無事に現代に帰還した。
瑠菜は約二年ぶりに実家にもどり、家族と再会をはたした。彼女の身におこった奇妙な出来事を他言することはなかった。
彼女は二年間の記憶はほとんどないと医師に語った。
一時的な記憶喪失という医師の判断がくだされ、
瑠菜は実家で療養していることになった。
事件から一ヶ月が過ぎようとしていた。
季節は冬となり、寒さが時おり、あの時間逆行の冒険を圭介に思い出させた。
非日常から日常に戻りつつあった。
ある日の夕暮れ、圭介は私立探偵神宮寺那由多に呼び出され、カフェ「小都」に来ていた。
四人掛けの座席に神宮寺那由多が座っている。
その横に一人の人物が座っていた。
インバネスコートにソフトハットを斜めにかぶり、ロイド眼鏡の奥の瞳は宝石のように輝いている。
「き、絹江さん‼️」
すっとんきょうな声を出して、圭介は絹江の瞳をみた。
彼女とは高橋貞子の井戸の前で別れたはずであった。
「そう驚くなよ。こっちの世界の九人の王の物語も見たくなったんだよ」
少女のような笑みを浮かべながら、絹江は言った。
まったく、この人は無茶苦茶だ。だが、そこが彼女らしい。我が祖母ながら、本当に面白い人物だと思った。
「あの置き去りにした男だがな、三億円事件の重要参考人として警視庁に保護されたけど、結論からいうと精神病院に無期限入院することになったよ。自分のことを天使だとか未来から来たとかずっとわめいていたからね。等々力警部もお手上げだって言ってたよ」
絹江は事件の顛末を語ってくれた。
「本当のことなんだけどね。真実を語っても誰も信じてくれなければ意味がない。それでも奴が犯した罪に比べれば生温いと思うよ」
辛辣なことを那由多が言った。
那由多は悪には容赦がない。
「それよりもだ、ここのコーヒーは絶品なんだよ。新しくバリスタを雇ったらしくてね」
すでに舌舐めずりしながら、那由多が言った。
「ご注文は何になさいますか?」
若い女性の声がする。
そこには真新しいバリスタの制服を着た若い女性が立っていた。
豊かな胸元には三日月のペンダントが揺れている。
「瑠菜……」
圭介は言った。
どうやら彼女もようやく日常を取り戻したようだ。
びっくりしている圭介の顔を見て、うふふっと瑠菜は微笑んだ。
「そうだな、私はナポリタンとオムライスとピザトーストとアップルパイをもらおう。ドリンクはカフェオレを」
メニューを眺めながら、那由多が楽しげに注文した。
「カフェオレはミルクと砂糖たっぷりですね」
瑠菜は常連の那由多の好みをすでに把握していた。
「僕はホットコーヒーをお願いします」
ここに来ればまた瑠菜のコーヒーが飲めるのか。
そう考えると圭介は過去にまで行って彼女を助けだしたかいがあるものだと思った。
「私はレーコー」
店中に響き渡る声で絹江は注文した。
その様子を見て、瑠菜はくすりと笑った。
「はい、かしこまりました」
そう言い、瑠菜は軽い足取りで厨房に消えていく。
「しまった、ホットケーキを注文するのを忘れた」
両手で頭を押さえ、那由多は悲痛な叫びをあげた。
終わり
イノウ探偵神宮寺那由多の冒険 パラケルススの遺産 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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