昭和文通少年の戀

木谷日向子

第1話

○川沿い(夕)

T「昭和時代 大阪」

   三好春生(15)、早坂実(15)、

   吉田卓治(15)、並んで歩いている。

   3人共学生帽を被り、学生服を着て鞄

   を持っている。

吉田「はあ、女の子の友達欲しいなあ」

   溜息をつく吉田。

早坂「なんや吉田くん、急にどないしてん」

吉田「僕達の学校、男子校やないか。貴重な

 青春時代をこれから3年間、男所帯で過ご

 すんかと思たら、なんや悲しゅうなってき

 て」

早坂「ふん、僕には吉永小百合ちゃんがおる

 から別にええねん」

吉田「女優と現実の女の子は話がちゃうや

 ろ! 吉永小百合ちゃんとは付き合えへん

 けど、現実の女の子やったら付きうて、

 キ、キ、キスとかできるやないか!」

   顔を真っ赤にする吉田。

   咄嗟に吉田の口を手で覆う春生。

吉田「むぐっ」

春生「(小声)吉田くん! こない開けた川

 沿いで、そない破廉恥な台詞言うたらあか

 んやないか!」

   吉田、片手で春生の手を退ける。

吉田「せ、せやかて女の子との出会いないん

 はほんまやんけ!」

早坂「出会いなぁ……。確かにこのままやと、

 ほんまに華の無い高校3年間送るかもしれ

 んね」

   切ない顔で前を向く早坂。

春生「出会い……」

   瞳を眇めて川を眺める3人。

   陽を浴びて輝く川。


○春生の家・玄関~台所~居間

   俯いて玄関の戸を後ろ手で閉める春生。

春生「(暗く)ただいま」

   三好綾子(38)、台所で味噌汁を作

   っている。

綾子「おかえり。もうすぐご飯出来るよ」

   春生、上着を脱ぎながら居間に上がる。

   三好大樹(11)、寝転がりながら雑

   誌を読んでいる。

   顔を上げ、春生を見る大樹。

大樹「兄ちゃんおかえり。……なんや死にそ

 うな顔しとるやん」

   ぐったりした顔を上げて大樹を見る春

   生。

春生「うるさい。子どものお前に兄ちゃんの

 苦しみは理解できん」

大樹「もうなんやねん。ガキ扱いせんとい

 て! 僕だってこない大人の雑誌読めるん

 やから!」

春生「雑誌?」

   大樹、立ち上がり雑誌を開いたまま春

   生に渡す。

   美空ひばりの特集が組まれた雑誌のペ

   ージ。

大樹「これ。ひばりちゃんかわええやろ」

   笑顔の大樹。

   雑誌の下に書かれた「文通相手募集」

   の欄。

   瞠目し、雑誌を目と鼻の先まで近づけ

   る春生。

   困惑する大樹。

大樹「に、兄ちゃん? そないひばりちゃん

 のこと好きやったん? 知らんかったわ」

   不適な笑みを浮かべる春生。

春生「これや……」


○同・春生の部屋・中

   春生の机の上に置かれた万年筆と手紙。

タイトル「昭和文通少年の戀」(手紙に書かれている)


○春生の高校・教室・中

   春生の机の周りに集まっている吉田と

   早坂。

   春生、席に座りながら下を見てにやつ

   いている。

春生「ええこと思いついた」

吉田「え、三好くん! なんやええことっ

 て! 何思いついたんや!」

   吉田、春生の肩を掴み、ぐらぐらと揺

   らす。

   笑顔のままの春生。

春生「文通や。文通すればええねん」

早坂「文通!?」

春生「せや。雑誌に『文通相手募集』の記事

 載ってるんみた。僕、試しにやってみるこ

 とにしてん」

   吉田、春生の肩から手を離す。

吉田「三好くん! それほんまか! したら

 結果の方僕たちに教えてえな! それ次第

 で僕らも文通挑戦するか決めるわ!」

   瞳を閉じ、眼鏡を上げる早坂。

   早坂、背を向ける。

早坂「僕は文通なんて信用出来ひんもんに手

 ぇ出すんは反対やけどな……」

   背を曲げる早坂。

早坂「女の子から手紙が来たら、逐一僕に報

 告するように」

   光る早坂の眼鏡。

吉田「なんや、早坂くんも興味津々やない

 か!」

春生「ふふふ……、こん中からいち早く大人

 の階段を上るんは、どうやら僕のようや

 ね」

   指を2本唇に当て、タバコを吸うフリ

   をする春生。

春生「ほな。お先行かせてもらいます」

   唇に当てた指を投げキッスするように

   離す春生。

   頭を抱え地団駄を踏む吉田。

吉田「ち、ちくしょ~!!」


○春生の家・前(夕)

   息を切らせながら家の門前まで走る春

   生。

   春生、ポストを急いで開ける。

   中に一通便箋が入っている。

   震えながら便箋を取り出す春生。

春生「(目を見開き)来た……」

   春生の持つ便箋には、「白鳥百合子」

   と美麗な字で書かれている。


○同・中・台所~居間~階段

   どたどたという春生の足音。

   台所から割烹着姿で顔を出す綾子。

   居間でちゃぶ台の上の蜜柑を手に取り  

   胡坐をかいて食べている大樹。

綾子「あ、春生。おかえりなさい……」

   春生、急いで階段を駆け上がる。

   階段を見上げる大樹。

大樹「(蜜柑を食べながら)兄ちゃん、あな

 い急いでどないしたんや」


○同・春生の部屋・中

   春生、部屋のドアを後ろ手で閉め、滑

   るように床に正座する。

   被っていた学生帽が脱げる。

   肩で荒い息を吐く春生。

   春生、手にしていた便箋の封を慌てて

   切る。

   便箋から手紙を出す。

春生「(震えながら)拝啓、三好春生さま。

 はじめまして。私は白鳥百合子といいます。

 文通のお友達になってくださって嬉しいで

 す。不束者ですが、これからどうぞ宜しく

 お願い致します……」

   春生の台詞と同じ言葉が、ブルーブラ

   ックの美麗な文字で手紙に書かれてい

   る。

   震える春生の手紙を持つ両手。

春生「女の子や。女の子から手紙が来た……」

   不適な笑みを浮かべる春生。

春生「白鳥百合子ちゃんかぁ……。名前も可

 愛い。字も綺麗。内容もおしとやか。絶対

 別嬪やん!」

   手紙を抱きしめ、笑顔でごろごろと転

   がる春生。

春生「ついに……、ついに僕にも春が来たん

 やー!!」

   ☓   ☓   ☓

   春生、幸せそうな顔で正座しながら百

   合子への手紙を書いている。

春生の声「僕は三好春生といいます。百合子

 さんとお友達になれて嬉しいです。僕の趣

 味は、乗馬とビリヤードと純文学を読むこ

 とです。百合子さんのご趣味は何です

 か?」

   春生の書いた手紙に同じ文章が書かれ

   ている。

   春生、ペンを持った手で頭を掻く。

   眉を下げ、満面の笑顔を浮かべる春生。

春生「まあ、ほんまの趣味は、買い食いと草

 野球と漫画読むことなんやけどね!」


○春生の高校・校門前(夕)

   腕を組んで目を閉じ、得意げな顔の春

   生。

   春生を左右から取り囲む吉田と早坂。

吉田「で、で、どうなったん!? その麗し

 の君、百合子ちゃんとは!?」

   冷ややかな眼差しで吉田を見る早坂。

早坂「……吉田くん。落ち着きたまえ。見苦

 しいぞ」

   早坂を睨む吉田。

吉田「やかましい! そないなこと言うて、

 三好くんが手紙貰う度にめっちゃ怖い顔で

 内容について問い詰めてたんは早坂くんや

 ないか!」

   余裕の笑みで2人を手で宥める春生。

春生「落ち着きたまえ。2人共。気が早い男

 は女の子からモテへんで」

   吉田、体をくの字にして春生に向かっ

   て頭を下げる。

吉田「っす! 勉強になりやす! 三好先輩!!」

早坂「なんやねん急に態度変えて! 怖いわ」

   春生、早坂の肩に手を置く。

春生「まあまあ早坂きゅん。君も素直になりたまえ」

   早坂、春生の手をどけ、春生を睨む。

早坂「何やねん! 君も気色悪いな! ちょっと女の子と文通成功したからて!」

   吉田、顔を上げてきらきらとした瞳で春生を見る。

吉田「で、で! 百合子ちゃんとはどないなってん!」

   腕を組み、不敵な笑みを浮かべる春生。

春生「くくく……。聞いて驚くなや。ついに僕たちは愛のやり取りを重ねた結果、今

 週の日曜日に大阪駅で待ち合わせして逢瀬することになったんや!」

   腕を解き、拳を上に掲げる春生。

   吉田と早坂、瞠目する。

吉田「え、え、え~!!」

早坂「ほ、ほんまか!!」

春生「ふふふ……。ついに僕のバラ色の甘い高校生活のスタートや!」

   拳を握りしめ、顔の前でかざすと、くわっとしたやる気に燃える表情の春

   生。


○春生の家・中・居間~階段~玄関

   居間で寝転がって煎餅を齧りながら雑

   誌を読んでいる大樹。

   春生、階段から降りる。

   ぼうっとした顔で階段の方を見て、現 

   れた春生の姿を目にし、瞠目する大樹。

   大樹、煎餅を床に落とす。

大樹「に、兄ちゃん……!?」

   春生、階段をゆっくりと降りる。

   その姿は、頭にシルクハットを被り、

   黒いスーツ姿で、赤い蝶ネクタイを首

   に締め、手には赤い薔薇の花束を握っ

   ている。

   キメ顔で大樹を見る春生。

   春生、玄関へ向かう。

   大樹、立ち上がり春生の後を追う。

大樹「兄ちゃん、どこ行くんそない恰好で!」

   春生、大樹に背を向けたまま玄関のド

   アの前で立ち止まる。

   玄関の曇りガラスが逆光となっている。

春生「大樹、兄ちゃんはこれから男になってくる」

大樹「え……」

   大樹、立ち止まる。

春生「もしかしたら、今夜は家に戻ってこん

 かもしれんから、よろしゅうな」

大樹「今夜って……兄ちゃんどこ行くん

 や!」

   春生、横を向き、目だけを大樹に向け

   る。

   薄ら笑いの春生。

春生「じゃ!」

   春生、颯爽と前を向くと、花束から一

   輪抜き、背を向けたまま大樹に向かっ

   て投げる。

   茫然とした顔で薔薇を受け取る大樹。


○大阪駅・前(昼)

   春生、シルクハットを片手で押さえな

   がら駅前に向かって早足で歩いていく。

春生「(小声でぶつぶつと)百合子さんこん

 にちは。僕が春生です。え、思てたとおり

 素敵な人やって? ふっ、百合子さんこそ、

 僕の理想の女性や。僕たちが出会うんは運

 命やったんですね。おっと、これは僕から

 のささやかなプレゼントです……」

   春生、目を閉じて薔薇の花束を前に突

   き出す。

   してやったりという顔の春生。

   春生、きょろきょろと百合子を探す。

春生「百合子さん、どこや」

   春生の隣に、スケッチブックを両手で

   持っているピンク色のカクテルドレス

   を着た巨漢の男・伊達源三郎(58)

   が立っている。

   頭には栗色のウェーブがかったウィッ

   グを被っている。

   春生、不思議そうに伊達を見上げ、伊

   達のスケッチブックを見る。

   スケッチブックには「春生くん。白鳥

   百合子です」と書かれている。

春生「百合子ちゃん……?」

   伊達、春生に気付く。

伊達「春生くん……?」

   笑顔になる伊達。

伊達「春生くん、はじめまして! 私が白鳥

 百合子です! ずっとお会いしたかった」

   伊達、春生の両手を握りしめる。

   春生、硬直し、花束を手から落とす。

春生「ゆ、百合子ちゃん! 三好春生です。

 今日はよ、よろしゅうね!」

   無理やり笑顔を浮かべる春生。

春生の心の声「な、何や。百合子ちゃん結構

 ガタイいいんやな……。思てた感じの子ぉ

 とちゃうけど、服装とか、髪型とか、女の

 子っぽくてええやん! 香水のええ香りも

 してるし……」

   自分を納得させるように頷く春生。

春生の心の声「春生、お前は人生で一度も女

 の子と遊んだことないねんで……。これは

 チャンスや。百合子ちゃんが思てた女の子

 とちゃうくても、見た目でレディを判断し

 たらあかん。ここで男を見せんで、いつ見

 せるんじゃ。いつやるか、今やろ!」

   満面の笑顔を伊達に向ける春生。

春生「ほ、ほんで今日はどこ行く?」

伊達「うち、カフェ行ってみたい!」

春生「か、カフェな! せやったらええとこ

 知ってるわ! 僕にまかせえ!」

   胸を叩く春生。


○カフェ・中

   おしゃれな内装のカフェ店内。

   席に座っている春生と伊達。

   春生、口元だけ笑い、そわそわと手を

   いじっている。

   店員、2人の席にやってくる。

店員「お客様、何飲まれます?」

   満面の笑顔で手を上げる伊達。

伊達「あ、あたしブラックコーヒーで!」

   春生、はっとした顔で伊達の方を見る。

春生の心の声「ブラックコォヒィ!? あん

 な苦くて不味いもん、百合子ちゃん飲むん

 か!? 僕、ミルクセーキにしよ思てたの

 に!」

   春生の方を見て、満面の笑顔の店員。

店員「お客様はどうされます?」

   春生、はっと店員の方を勢いよく見た

   後、伊達を横目で見る。

春生の心の声「ま、待て! ここでミルクセ

 ーキなんぞ頼んだら、百合子ちゃんにガキ

 臭いと思われる!」

   テーブルに両肘をつき、顎を手で支え

   ながら可愛く春生を笑顔で見ている伊

   達。

   目を閉じる春生。

春生「ここは、僕もブラックコーヒーを頼ん

 で、大人の男の風格見して、百合子ちゃん

 をくらくらさせちゃる!」

   片手で顎を支え、キメ顔で店員を見上

   げる春生。

春生「ふっ、僕もブラックコーヒーで」

店員「かしこまりました!」

春生「お代はこれで頼む」

   春生、スーツから財布を取り出すと、

   手裏剣のように投げる。

   店員、財布をキャッチする。

   ☓   ☓   ☓

   苦虫を噛み潰したような顔でブラック

   コーヒーを飲んでいる春生。

   マグカップを持つ春生の手が震えてい

   る。

   マグカップを持ち、満面の笑顔で春生

   を見る伊達。

伊達「春生くん。ここのコーヒーめっちゃ美

 味しいね! 流石春生くん行きつけのお店

 なだけあるわ」

   顔を上げ、無理やり笑顔を伊達に向け

   る春生。

春生「そ、そやね! いつもここでブラック

 コーヒーを飲みながら純文学を嗜むのが、

 僕の楽しみなんや」

   余裕の笑みでコーヒーを一気に呷る春

   生。

春生の心の声「まっっっず!!」

   春生、俯き、ビールのジョッキを置く

   ようにマグカップを机に勢い良く置く。

春生「ぷはあっ!! 美味しすぎて、一気飲

 みしてしもたわ!!」

春生の心の声「こんな苦くて不味いもん、ち

 ょびちょび飲んでたら気がもたへん! こ

 こは一気に飲み干して終わりにしたった

 で!」

   一仕事終えたといった顔の春生。

伊達「春生くん。一気に飲んでもうたら、あ

 んましこのカフェで長居できひんのとちゃ

 う?」

   目を見開く春生。

春生「あっ……」

伊達「ふふ、そしたらうちがこのコーヒーを

 ちょびちょび飲めば、長居できるね」

   笑顔でマグカップを持ち上げる伊達。

   感動した顔で伊達を見つめる春生。

春生「百合子ちゃん……」

春生の心の声「百合子ちゃん、めっちゃええ

 子やん! 春生、女は顔やない! 心

 や!」

   笑顔になる春生。

春生「そういえば、手紙でレディに年齢を聞

 くんは失礼やと思てたんやけど、百合子ち

 ゃんはおいくつなん?」

   春生、はっとして手を振る。

春生「あっ、ごめん! 言いたくなかったら

 別にええよ!」

伊達「ええよ。うちは17歳! せやから春

 生くんよりはちょっと年上やね」

春生の心の声「年上の彼女かぁ……」

   にやける春生。

春生「き、今日の百合子ちゃんの服、めっち

 ゃ可愛えね!」

   春生、伊達を指さす。

伊達「きゃっ、ありがとう!」

   自分の体を抱きしめ、恥ずかしそうに

   俯く伊達。

伊達「これ、一等お気に入りのカクテルドレ

 スやねん!」

春生「めっちゃ似合うてるで! 大阪駅で一

 番輝いとったもん!」

   伊達、頬を右手で押さえる。

伊達「い、嫌やわ春生くん。もう、上手いん

 やから!!」

   伊達、左手で勢いよく春生の頬を叩く。

   回転するように横を向く春生。

春生「むぐぅっ!」


○商店街・中(昼)

   頬を真っ赤に腫らし、伊達の隣を歩い

   ている春生。

   伊達、心配そうに春生を見ている。

春生「(指を口元に当てながら)春生くん。

 さっきはごめんね。照れすぎて、強う叩き

 すぎてしもうて」

   無理やり笑顔を作り、伊達を見上げる

   春生。

春生「だ、大丈夫や!! ぜんっぜん痛ない

 から気にせんといて! それよりウィンド

 ウショッピング楽しも!」

   拳を上げて見せる春生。

伊達「うん! うち、男の子と一緒にデート

 するなんて初めて!」

   伊達、恥ずかしそうにもじもじする。

春生の心の声「僕が百合子ちゃんの初めての

 男……」

   にやけて上の空の春生。

伊達「あ、言うタイミング逃したけど、春生

 くんの今日のスーツとシルクハットもめっ

 ちゃかっこええよ!」

   春生、照れて頭を掻く。

春生「お、おおきに!」

伊達「いつもそんないかしてる服着てる

 の?」

春生「せやねん! これは僕のいつものスタ

 イルや」

伊達「素敵……!」

   伊達、瞳を輝かせ、両手を握りしめる。

   苦笑いを浮かべる春生。

   春生、横を向くと指を差す。

春生「あ、百合子ちゃん! 見て! ここの

 たこ焼きめっちゃ美味いねんで!」

   たこ焼き屋。

   はっとする春生。

春生の心の声「あっ……! しもた。女の子

 との初デートで、たこ焼き買い食いなんて、

 色気なさすぎやろ!」

   伊達、春生の前に身を乗り出す。

伊達「ほんまや! めっちゃ美味しそうや

 ね! うち食べたい!」

   荒々しく涎を啜る伊達。

   驚いて伊達を見上げる春生。

春生「お、おう! 百合子ちゃんもやっぱ、

 たこ焼き好きなんやね! 大阪人やもん

 な! よっしゃ! 食お食お!」

   春生、笑顔で伊達の手を無意識に握る。

伊達「あっ……!」

   目を見開き、春生との繋がれた手を見

   る伊達。

春生「はっ……!」

   目を見開き、伊達と自分の繋がれた手

   を見下ろす春生。

   春生、ばっと手を離し飛び上がる。

春生「ご、ごめん!」

伊達「え、ええよ……」

   両手を後ろ手で組み、もじもじする伊

   達。

春生の心の声「つ、ついに女の子の手ぇ握っ

 てもうた……」

   震える自分の手を見つめる春生。

   春生、伊達から視線を逸らし、照れな

   がらたこ焼き屋へとぎこちない速度で

   歩き出す。

   人差し指を少し開けた口元に当て、春

   生の背を見つめる伊達。

春生の声「おっちゃん! たこ焼き2つー! 

 1つは普通、1つはマヨネーズと青のりた

 っぷりで!」


○映画館・中

   暗い映画館の中、隣り合って座ってい

   る伊達と春生。

   画面に映る恋愛映画。

   伊達と春生の顔に映画の照明が当たっ

   ている。

   きらきらした瞳で微笑みながら映画に

   見入っている伊達。

   伊達を横目で見る春生。

春生の心の声「映画、暗闇、隣に女の子……。

 夢にまで見た光景やで……」

   片手を胸に当て、目を閉じ俯く春生。

春生の心の声「行け! 春生……! さっき

 みたいに百合子ちゃんの手を握るんや…

 …! お前は出来る男や……!!」

   目をかっと勢い良く見開く春生。

   春生、そろそろと伊達の方へ手を伸ば

   す。

   歯を食いしばり、目を閉じる春生。

伊達「きゃあっ!?」

   はっと目を開き、伊達の方を見る春生。

   伊達の股間を掴んでいる春生の手。

春生「えっ……!?」

   春生、2、3度伊達の股間を握ったり

   離したりする。

   ぎょっと目と鼻の穴を極限まで開く春

   生。

春生「男!?」

   目を見開き、春生を見る伊達。

伊達「ち、ちゃうのよ! 春生きゅん!」

   肩を上げ、後ろに仰け反る春生。

春生「うわあぁぁぁ!!」

   春生、立ち上がり、一度転ぶと出口へ

   走り出す。

伊達「待って!! 春生くん!!」

   伊達、立ち上がり、春生の方へ手を伸

   ばす。

   立ち上がった拍子に伊達のウィッグが

   落ちる。

   横目で伊達を確認し、泣きそうな顔で

   前を向き走り続ける春生。


○同・外(昼)

   走りながらシルクハットで顔を隠す春

   生。

春生「嘘や嘘や嘘や~!!」

   不思議そうに春生を見る通行人たち。

   春生、泣き出す。

春生「(大声で)ちくしょー!! 僕の青春

 の1ページ返せや、おっさん!」

   大阪の街を駆ける春生の背。


○春生の高校・教室・中

   暗い雰囲気で、机に突っ伏している春

   生。

   吉田、鼻息を荒くして春生に近付く。

吉田「なあなあ三好くん! この前の百合子

 ちゃんとの逢瀬、どうなったんや! 結果

 聞かしてえな!」

   春生、無言で突っ伏し続ける。

   早坂、春生に近付き、冷静に見下ろす。

早坂「……失敗したんやな」

   瞠目し、早坂を見る吉田。

吉田「へ」

春生「(突っ伏したまま)うるさい! ほっ

 といてくれ!」

   早坂、眼鏡の縁を手の中指でくいっと

   上げる。

   茫然と春生を見る吉田。

吉田「春生くん、それほんまか」

早坂「僕達は笑わんから、言うてみい」

   目に隈が出来ており、非常に暗い顔の

   春生。

春生「男やった……。百合子ちゃん。女の子

 やなくて、男やったんや」

   目を極限まで見開く吉田。

吉田「ふえっ!?」

   早坂、溜息をつき、眼鏡を中指で上げ

   る。

   光る早坂の眼鏡。

早坂「……なるほどな。そんなことやろうと

 思った」

吉田「お、男てどない人やったんや」

春生「おっさんや。ピンク色のカクテルドレ

 ス着た、60歳くらいのハゲでデブのおっ

 さん」

   吹き出す吉田。

   手に口を当て、吹き出す早坂。

   歯噛みして2人を睨む春生。

春生「ほら! やっぱり笑うやんか! もう

 ええ!」

吉田「ピンクのカクテルドレス着たおっさん

 て、おもろ過ぎるやろ!」

早坂「吉田くん……。なんていうたらええん

 か……。そう気を落とさんとな。世の中に

 は、いろんな大人がいてるんや。まだ学校

 の世界しか経験しとらん未熟な僕たちが知

 らんようなな」

   早坂、微笑んで春生の肩に手を置く。

吉田「せや、三好くん。やっぱり焦り過ぎた

 んやな。まだ高校生活は始まったばかりや

 ないか。男の熱い友情・努力・勝利で乗り

 切ろうや。今日は僕が帰りに駄菓子奢っち

 ゃるからよ!」

   吉田、微笑んで春生の肩に手を置く。

春生「……君らに僕の気持ちはわからん。僕

 がどれだけ傷ついてるか。どれだけ悔しい

 想いしたか。わかってたまるか」

   吉田と早坂の手を払いのける春生。

   眼鏡から手を下ろす早坂。

早坂「……確かにな。僕は文通してへんから

 三好くんの気持ちはわからん。けどな、文

 通相手てそのおっさんだけやないやろ。や

 り続ければ、他にも普通のお嬢さんはやっ

 てるはずや」

   早坂、微笑んで春生の肩に手を置く。

春生「早坂くん……」

吉田「そやで三好くん。諦めんと続けるって

 ことやな。継続は力なり。文通も諦めんと

 続けていけば、きっと理想の女の子に出会

 えるはずや」

春生「吉田くん……」

   春生、俯き、涙を手の甲で拭う。

春生「2人共ありがとう。ほんま嬉しいわ。

 僕はええ友達を持ったわ」

   春生、勢いよく立ち上がる。

   顔を上げてほほ笑む春生。

春生「決めた! 僕は文通続けます。諦めへ

 ん。僕の運命の女の子と出会うその日まで、

 夢を追い続けるんや!」

   春生、ガッツポーズする。

吉田「おう、その息や、春生くん! 頑張

 れ!」

早坂「ふっ、立ち直り早いんは君のええとこ

 ろやね。ほなら、また女の子からの手紙の

 詳細待ってます」

   春生を見てほほ笑む早坂と吉田。

春生「やってやる! 僕はやってやるで!」

   教室の端の机に肘をつき、手で顎を支  

   えている西出治(15)。

   呆れ顔で3人を見ている西出。

西出「せやったら文通に賭けんでも、外の趣

 味の会とか入ってそこで出会い見つければ

 ええやん……」


○春生の家・春生の部屋・中

   どたどたと春生が階段を上がる音。

綾子の声「春生、どしたんやまた」

春生の声「ほっといて! 僕は今命を賭けて

 るんや!」

   勢いよく戸を開ける春生。

   滑るように正座をし、手に持っていた

   便箋を荒々しく開く。

春生「(目で文字を追いながら)綾瀬堂子ち

 ゃんかぁ……。ふむふふ、字ィはそんなに

 上手ないけど、なんやちょっと抜けてて可

 愛らしいな! いよし、会うてみるで!」

   立ち上がり、手紙を上へ掲げる春生。

   部屋の灯りが春生を照らす。


○大阪駅・前(昼)

   グレーのスーツにピンクのネクタイを

   締め、白い薔薇の花束を握っている春

   生。

堂子の声「……春生ちゃん?」

   キメ顔で声の方に顔を向ける春生。

   春生の周囲がキラキラとし、白い薔薇

   の花が舞う。

   春生、目を閉じ、紳士のように跪き、

   花束を前に向ける。

春生「やあ。堂子ちゃん。はじめまして。僕

 が三好春生です。え? 思てた通り素敵な

 人やて? ふっ、堂子ちゃんこそ僕の理想

 の女性や。僕たちが出会うんは運命やった

 んやね……」

   口の端を上げて笑う春生。

春生の心の声「言えた言えた言えたで~! 

 百合子ちゃんの時は動揺し過ぎて言えんか

 った台詞! これで初っ端からイチコロ

 や!」

   にやけながら顔を上げ、瞠目し、愕然

   とした表情になる春生。

   茫然と口を開けながら春生を見ている

   綾瀬堂子(8)。

春生「と、堂子ちゃん!?」

堂子「はい、うちが堂子です。よろしゅうね。

 春生お兄ちゃん」

   満面の笑顔を浮かべる堂子。

   春生、立ち上がり、頭を抱えて仰け反

   る。

   目と口を大きく開く春生。

春生の心の声「(大声)な、なんでじゃ~

~!!」

○春生の高校・教室・中

   机に突っ伏している春生。

   早坂と吉田、春生の周囲に集まってい

   る。

   呆れ顔で春生を見下ろしている早坂。

早坂「またか……」

吉田「今度はどんな子やってん?」

春生「女の子やった。女の子やったのは確か

 や。けどな、ちっちゃい女の子やった。僕

 の弟の大樹よりちっちゃい」

早坂「子供やったんか」

吉田「なるほどなー。それでその後デートし

 たんやろ? まさか幼い女の子置いて帰る

 訳にはいかんやろ」

春生「した。飴ちゃん買うてあげた」

   ☓   ☓   ☓

   (フラッシュ)

   口の中に飴を入れ、頬張っていて笑顔

   の堂子。

   肩を落とし、とほほ、という顔をして

   いる春生。

   ☓   ☓   ☓

   真顔の吉田。

吉田「ええお兄ちゃんやん」

   がばっと起き上がり、涙目になってい

   る春生。

春生「僕はええお兄ちゃんになりたかった訳

 やないねん! ええお兄ちゃんはいつも家

 でやっとります! 僕は妙齢の女の子の恋

 人が欲しいんじゃー!」

   顔を伏せ、泣き出す春生。

吉田「落ち着け! 次や次! 次こそ絶対上

 手くいく!」

   吉田、春生の肩に両手を置いて揺らす。

早坂「せや。まだ2人やろ。3度目の正直や。

 次こそきっと可愛くて同い年くらいの女の

 子が現れると僕の長年の感が囁く」

吉田「長年の感ってなんやねん!」

   泣き終わる春生。

春生「次……」

早坂「まだ諦めたないんやろ」

春生「せや……」

   吉田、腰を屈め、春生の顔の前でガッ

   ツポーズをする。

吉田「せやったら挑戦し続けるんや! 僕は

 勇気を出して女の子に会い続ける三好くん

 の男気に惚れてるんやで!」

春生「吉田くん……」

早坂「頑張れや。三好くん」

春生「早坂くん……」

春生「せやね……。僕決めた。文通し続けて

 絶対僕の理想の可愛い女の子と会いま

 す!」

   立ち上がり、拳を握りしめ、瞳を燃や

   す春生。

   手を顎で支え、3人を遠くから呆れ顔

   で見ている西出。 

西出「まだやっとんのかいな、あの3馬鹿

 ……」


○春生の家・外(夕)

   春生、はあはあと息を切らせて走って

   くる。

   帽子が落ちないように片手で押さえて

   いる。

   玄関のポストの前で立ち止まり、開け

   る。


○同・ポスト・中

   ポストの暗闇の中に光が差し、春生の

   目が映る。

   中に差し入れられる春生の手。


○同・外(夕)

   春生、ポストから手を出し、一通の便

   箋を取り出す。

春生「来てた……」

   便箋を開き、中の手紙を出す。

   真剣な顔で手紙を読む春生。


○大阪駅・前(昼)

   そわそわして後ろに手を組み、人を待

   つ春生。

   黒のシルクハットに黒のスーツ、赤い

   蝶ネクタイを締めている。

   口をすぼめている。

春生「(ぶつぶつと小声で)今度は失敗せえ

 へん。今度は絶対に大丈夫や。今度は絶対

 に僕の運命の相手と出会えるんや……」

   片手を胸に当て、ぎゅっと服の布を掴

   む春生。

十和子の声「三好……春生くんですか?」

   はっと目を見開く春生。

   ゆっくりと顔を声のした方に向ける。

   口をぽかんと開ける春生。

   手を後ろ手に組み、少し前屈みになっ

   て清楚なワンピースを着、黒髪ストレ

   ートの町田十和子(15)。

十和子「(微笑み首を傾げ)こんにちは。う

 ちが町田十和子です。今日はよろしゅう

 ね! 春生くんとのデート、うちめっちゃ

 楽しみにしててん!」

春生の心の声「十和子ちゃん……。めっちゃ

 可愛い……」

   ぎくしゃくと動き出す春生。

春生「よ、よろしゅうね。十和子ちゃん」

   片手を差し出す春生。

   にっこりと満面の笑顔になる十和子。

   十和子、片手を差し出す。

   繋がれる2人の手。


○商店街・中(昼)

   ギクシャクと大きく手を動かし、固い

   動きになりながら十和子の横を歩く春

   生。

   不思議そうに春生を見つめる十和子。

十和子「春生くん。大丈夫? なんか緊張し

 とるの?」

   ぐいっと十和子の方を向く春生。

   無理に笑顔を作る春生。

春生「な、なんでもないよ! 楽しすぎて踊

 り出しそになってしもてるだけや!」

   口に手を当てて笑う十和子。

十和子「ふふっ、春生くん可愛い」

春生「(瞠目し)かわっ……」

   顔を真っ赤にし、手を上げたまま固く

   なる春生。

   前を向き、笑顔で手を前方に向ける十

   和子。

十和子「あっ、春生くんあれ見て! うち、

 あれ欲しい!」

   春生、前を向く。

春生「ん? どれやどれや! 十和子ちゃん

 の欲しいもんやったら何でも買うて……」

   瞠目し、顎を落とすほど口を開ける春

   生。

   巨大な陶器製の壺が古美術商の店の前

   に置かれており、値札には500万円

   と書かれている。

   笑顔で春生を見る十和子。

十和子「うち、古美術集めるんが趣味やねん。

 もし誰かとこの先結婚することになったら

 な、家ん中を古美術でいっぱいに飾りたい

 ねん!」

   あぐあぐと顎を動かす春生。

春生「と、十和子ちゃん……」

   苦笑いで顔中汗だくになりながら首だ

   け十和子に向ける春生。

春生「僕、今500円しか持ってないねん

 ……」

   笑顔であったが、徐々に表情を崩し、

   怒った顔になる十和子。

十和子「はあ!?」

春生「えっ!?」

   驚く春生。

   十和子、苦虫を噛み潰したような顔に

   なり、横を向く。

十和子「(舌打ち)ちっ」

春生「(小声)し、舌打ち……」

   十和子、自分のカバンを地面に叩きつ

   ける。

十和子「ふざっけんなや!!」

   春生、肩を上げて怯え、後ずさる。

春生「ひいっ!」

十和子「お前が手紙で金持ちのボンボン匂わ

 せとったからうちはこうして会うたんや

 ぞ!」

春生「う、嘘や十和子ちゃん……」

十和子「嘘ちゃうわボケ!」

春生「そ、そんな……」

   十和子、春生の顔に指を突きつける。

   不敵な笑みを浮かべる十和子。

十和子「はっはぁ~ん。さてはお前、女と付

 き合うたことないな?」

   目を見開く春生。

春生「なっ……!」

十和子「貧乏童貞に用はないんじゃボケ!」

春生「ど……」

   十和子、カバンを拾うと踵を返し、颯

   爽と去って行く。

   絶望した顔で口を開けながら十和子の

   背を見つめる春生。

   春生の被っていたシルクハットがゆっ

   くりと地に落ちる。


○川沿い(夕)

   体育座りをしながら黄昏て川を見つめ

   ている春生。

早坂の声「三好くん」

   春生、生気を失った顔で振り返る。

   早坂と吉田が春生の後ろに立っている。

吉田「どないしたんや。そない死人みたいな

 顔して」

春生「(震え声で)早坂くん。吉田くん…

 …」

   涙目になって2人を見つめる春生。

   春生、2人に体を向ける。

春生「僕、もう文通怖い……。顔も知らん相

 手と、自分偽って話して、お互いに駆け引

 きして、気ぃ使って。これってほんまの恋

 愛やない。僕の思い描いとった恋愛とちゃ

 うかった……」

   微笑む早坂。

早坂「それに気付けただけでも、文通した意

 味あったんとちゃう」

春生「早坂くん……」

   口を尖らせて早坂を睨む吉田。

吉田「三好くんが手紙の返事貰う度に、怖い

 顔して内容問い詰めとった早坂くんに言わ

 れたないけどな……」

   早坂、首を横に向け、中指で眼鏡を上

   げる。

   夕陽を受けて曇る早坂の眼鏡。

早坂「はて何のことやろ。覚えとらんな」

   吉田、春生に顔を向ける。

吉田「ふん……、まあええわ……。僕も女の

 子と気軽にやり取り出来てて、最初はちょ

 っと嫉妬したり羨ましかったりしとったけ

 ど、自分に嘘つきながら内容考えるのもし

 んどそうやなって思て、三好くんのこと心

 配してた。相手の女の子も、手紙だけやと

 どんな子かわからへんしな」

春生「吉田くん……」

   春生に顔を向ける早坂。

早坂「君には恋人はおらんくてもさ」

   満面の笑顔になり、肩を上げる吉田。

吉田「僕らがいてるやん」

   瞳を揺らし、手をつく春生。

春生「2人共……」

早坂「恋人は文通やなくても、運命的な出会

 いして出会うもんやと思うで。僕らはまだ

 15歳やない。これから何度でもそういう

 来るべきときは来るんや」

吉田「せや。人生は長い。もし恋人が出来て

 も、いつかは別れるかもしれへん。けど

 な」

   吉田、腰を屈め、春生に手を差し伸べ

   る。

吉田「恋は終わっても、友情は永遠やろ」

   瞠目する春生。

   春生の目から一筋の涙が頬に流れる。

   口を開け、顔を高く上げ、2人を見上

   げる春生。

   笑顔で春生を見下ろしている2人。

吉田「三好くん、どこか行きたいところあ

 る?」

早坂「今日は僕らの驕りや。何でも好きなも

 ん食わしちゃる」

   顔を下ろし、片手で涙を拭う春生。

春生「(小声)……銭湯」

吉田「ふえっ?」

春生「銭湯行きたい」

   早坂、頭を掻き、笑う。

早坂「銭湯か……」

吉田「(笑いを堪え)くく……あははは!」

   春生、顔を拭いながら、俯いたまま。

春生「何がおかしいねん。あかんのか」

早坂「確かに、冷え切った心を温めるには、

 銭湯が一番やな」

   吉田、勢いをつけて立ち上がる。

吉田「いよっし! ほんなら男3人でしっぽ

 り湯舟に浸かるか」

   吉田、春生の腕を掴んで立ち上がらせ

   る。

春生「うわっ」

早坂「しっぽりってなんやねん。気色悪」

   早坂と春生の肩を抱き、笑顔の吉田。

吉田「ははは! 君らとは今後も長い付き合

 いになりそうやな!」

   目を閉じ、俯き微笑みを浮かべる早坂。

   ゆっくりと笑顔になる春生。

   3人の背と、夕陽を浴びて輝く川。


○銭湯・男湯・中

   湯舟に浸かっている三好、早坂、吉田。

   吉田、肩と腕を出して目を閉じ、恍惚

   としている。

吉田「ふ~」

   眼鏡を外し、目を閉じ静かに入ってい

   る早坂。

   口と頬を湯舟に浸け、目を閉じ、じっ

   としている春生。

   口を湯から出す。

春生「(息を吐くのと同時に)ええ湯じゃ」

早坂「ほんまやな」

吉田「生まれたままの姿ですっぽんぽんにな

 って気持ちええね」

   吉田、湯舟から足先を出す。

   春生を見る早坂。

早坂「三好くんも、この湯で今までの辛いこ

 とさっぱり洗い流して前向いて歩こうや」

   早坂を見る春生。

春生「しばらくは男同士の友情だけでええ

 わ」

早坂「(微笑み)ふっ、相当こりたんやな」

春生「やかましい。でもちゃんとまっとうに

 生きとったら、いつか道端でふっと突然に

 運命の相手と会うかもしれんしね」

吉田「そんときが来るまでは、僕らと遊ぼう

 や」

春生「(笑顔で)ふふっ、おおきに」

梅子の声「あ~か~い~♪ りん~ご~に~

 ♪ くちび~るそ~め~て~♪」

   隣の女湯から明石家梅子(80)が

   「リンゴの唄」を歌う声が男湯に聞こ

   えてくる。

   はっとする春生。

春生「なに? このかいらしい歌……!」

   勢い良く後ろを振り返り、背の壁に耳

   を付け、片目を閉じる吉田。

吉田「隣の女湯からや!」

   早坂、首だけを背の壁に向け、微笑む。

早坂「ほほう。美声の女神様か……」

   ゆっくりと後ろを振り返る春生。

春生「女神……」

   春生、決意の顔でがばっと立ち上がる。

   びっくりして春生を見上げる早坂。

早坂「三好くん!」

春生「手紙越しやない、生身の出会い……。

 生身の恋……。ほんまもんの恋……!」

   春生、走り出し、勢いよく壁をよじ登

   る。

吉田「三好くん!」

   びっくりした顔で春生を見上げる吉田。

   びっくりして春生を見上げる他の客た

   ち。

   鬼の形相で壁をよじ登り続ける春生。

春生「待っとれや! 僕の運命の女神様!」

   何かを悟ったように目を見合わせる吉

   田と早坂。

   決意の表情で頷きあい、春生を見上げ

   る。

吉田「(拳を前に突き出し)三好くん、行っ

 けえ~!!」

早坂「(拳を前に突き出し)その手に勝利を

 掴むんじゃ!!」

   春生、頂上まで登る。


○同・女湯・中

   笑顔で女湯の壁の上から顔を出す春生。

春生「こんにちは!! 僕が三好春生で

 す!」

   歌を止める梅子。

   体にタオルを巻いている。

   はっとした顔で春生を見上げ、両手で

   胸を隠すようにする。

梅子「(叫び)きゃ~!!」

   茫然とした後に、目と鼻の穴を極限ま

   で開く春生。

春生「ぎゃ~!!」


○同・男湯・中

   春生、壁から手を離し、湯舟に落ちる。

   上がる水飛沫。

   銭湯の店主(60)が男湯へ向かうば

   たばたという足音。

   勢いよく男湯の扉を開ける銭湯の店主。

銭湯の店主「お前ら! 何やっとんじゃ、お

 ら!!」

   がばっと湯舟から起き上がり、銭湯の

   店主の方を振り返る春生。

   驚いた顔をする早坂、吉田、春生。

春生「うわ~!!」

   早坂、タオルで股間を隠し立ち上がり、

   出口へ走っていき、銭湯の店主の横を

   すり抜ける。

銭湯の店主「あ、貴様! 待たんか!」

吉田「あ、ずるい早坂くん!」

   吉田、立ち上がり、早坂の後を追い、

   銭湯の店主の横をすり抜ける。

春生「は、早坂くん! 吉田くん!」

   一斉に春生を見る銭湯の客たち。

春生「うう……」

   がばっと立ち上がる春生。

春生「な、何で毎回こんな目に遭うんじゃ~!」

   凄い速さで出口へ駆けていく春生。

銭湯の店主「あ、おい小僧!」

   銭湯の店主、手を広げ春生を受け止め

   ようとする。

   春生、銭湯の店主に体当たりする。

銭湯の店主「うおっ!」

   後ろに倒れる銭湯の店主。

   春生、銭湯の出口へ駆けていく。


○銭湯・外(昼)

   タオルを腰に巻き、上半身裸で走って

   いる吉田、早坂、春生。

   早坂、吉田、春生の順で走っている。

   吉田、早坂に追いつく。

吉田「早坂くん! 何ぼくら置いて逃げとん

 ねん!」

   吉田の方を向いて怒り顔の早坂。

早坂「うるさい! ここは逃げるが勝ちなん

 じゃ!」

   春生、2人に追いつき、並ぶ。

   とほほという顔で俯き、目を閉じてい

   る春生。

春生「歌ってたの、おばあちゃんやった…

 …」

   ぎょっとした顔で春生を見る吉田。

吉田「ほんまか!」

   春生を見る早坂。

早坂「ほんまに三好くんは女運無いな」

春生「うう……。しばらくは勉学に励みます

 わ」

吉田「へへ。苦い青春の1ページ。人生経験

 積んでええ男になるで!」

銭湯の店主の声「貴様らー!! 待たんかこ

 の、女湯覗き見犯のクソガキ共が~!!」

   はっと後ろを見る春生。

   銭湯の店主、鬼の形相で春生たちを追

   いかけている。

   春生、2人を交互に見る。

春生「やばいやばい! 銭湯のおやじが近づいてきとる!」

早坂「3手に分かれるで! 吉田くんは右! 

 ぼくは左! 三好くんは真っすぐや!」

吉田「(額に手をかざし)ラジャ!」

春生「わかった!」

早坂「ほな2人共、健闘を祈るで!」

   早坂、左に走って消えていく。

吉田「ほな、三好くん! まっすぐ走ってい

 くんや! 後ろを振り返らず! 真っすぐ

 な! 人生と一緒じゃ!」

春生「おう! 2人共、後で落ち合おう

 や!」

   吉田、春生にウィンクし、右に消えて

   いく。

   前を向く春生。

春生「ぼくの青春はこれでしまいやない……。

 これがぼくの青春の幕開けや!」

   春生、まっすぐ前を見て走り続ける。

   真顔で走っていたが、やがて歯を見せ

   て笑顔で手を交互に動かして走ってい

   く。

   春生に白い日の光が当たり、眩しくな

   る。

               (終わり)






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昭和文通少年の戀 木谷日向子 @komobota705

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