年齢分割式ライフ・スタイル

ちびまるフォイ

充実したラスト・ワン

「あなたの寿命は100年ですね」


「え、寿命って決まってるんですか」


「はい。それ以上生きられても、

 それ未満で死なれても困ります」


「これが管理社会の末路か……」


「年齢分割はどうしましょうか」

「それなんですか?」


「あなたの寿命は100年ですが

 その100年をどう割り振るかは自由です。

 1~50歳を2回過ごすでもいいですし、

 普通に、1~100歳まで1回で過ごしてもOKです」


「そうですねぇ……。

 人生で楽しいことは前半に多い気がするので

 1~25歳までを、4回繰り返すようにしてください」


「では4分割にいたしますね。よい来世を」


これが自分の0歳の記憶。


記憶は継承されるので生後すぐに立ち上がったが、

年齢分割が当たり前になっているので珍しくはないことだった。


「最近の赤ちゃんは手がかからなくていいわねぇ」

「うちの子は1巡目だから毎晩夜泣きがすごくって……」

「1巡目は大変ねぇ」


母親たちの雑談をベビーベッドで聞いていた。


生まれ変わってから気づいたが、

なにも赤ちゃんスタートではなく

小学生くらいからのほうがよかったかもしれない。


念願の小学校入学まで進むと人生は一気に広がった。

友達や先生など交友関係もぐっと広がる。


「お前何巡目?」「俺は3巡目だよ」


小学生ではあるものの中身の年齢はバラバラ。

1巡目の小学生は言動が幼いのですぐにわかる。

「うんこ」「ちんちん」で笑えばそれが1巡目。


「君は何巡目?」


入学して一番最初に聞かれるのはみなこの質問だった。


「俺は2巡目だよ」


「へえ、そうなんだ。いくつまで生きるの?」


「4分割してるから、25歳で死ぬよ」


「僕は18歳で死ぬ。

 女子高生とイチャイチャできなくなったら

 もう生きている必要なくない?」


「それはひとそれぞれのような……。

 それに女子高生といったって、

 中身まで18歳だとは限らないじゃない」


「大事なのは見た目さ。

 肌にハリがあって、制服を着ている。

 それだけで愛おしい。そういうものさ」


「シンプルに気持ち悪い」


「最近は小学生にも目覚め始めてる」


「今の時代、体が未成年でも

 中身の年齢で逮捕できるというのをご存じない?」


「リスクがあるから恋は燃え上がるのさ」


人生の分割方法と価値観はひとそれぞれだ。


ただ、自分は0~3歳のサイクルを繰り返して

女風呂に入れることだけを楽しみに何巡も生きるような

そんな人生にならないように頑張ろうと決めた。


月日が流れるのはあっという間で、

気がつけば20歳になっていた。


「やっと20歳か。いやぁ濃密な人生だったなぁ」


2巡目の人生を過ごして気づいたのは、子供の自由度の低さだった。

お金は親からのお小遣いで、行動にはなにかと制限がつく。


中身がいくら成熟していても子供は子供として扱われる。


お酒だって飲みたいし、ひとりで自由に過ごしたい。

20歳になると「保護」のくさびからやっと解放される。


「体は若いからエネルギーもありまくり!

 これから金を溜めて、人脈を広げて、あれもこれもやるぞーー!」


夏休み初日の中学生のごとくバイタリティに溢れていた。

5年の歳月は体感で1行ほどの時間もかからなかった。


「はぁぁ……もう誕生日かぁ……」


20歳から広がった「社会」フィールドでの成長は、

25歳を迎えてまさに楽しさのピークを迎えていた。


「そんなに暗い顔することないじゃないか。

 今日は25歳の誕生日なんだろ」


「俺から言わせれば葬式だよ……。

 はぁぁ……死ぬの怖い……」


「なれれば平気だよ。眠るようなものさ」


「お前は3巡目だからだろ!」


もっと色々やりたいことはあったものの、

まだお金が潤沢に手に入るわけじゃない。


本当の意味で"なんでも自由にできる"のは、

きっと25歳から先の話なんだろう。


その夜、自分の人生を振り返りならが布団に入った。


「次はもっと充実した25年にしよう」


いつしか眠ってしまっていた。

そのまま死ぬので痛みも恐怖もなかった。



3巡目が始まると襲いかかるのはマンネリだった。


(また6歳まで退屈な日々だなぁ……)


家の天井を眺めるだけの退屈な時間が始まった。

出かけるところといえば近所の公園くらい。


どうせ分割するならもっと充実した部分を切り抜けばよかった。


多少は自由を得られる小学生になっても、

1巡目のようなドキドキも、2巡目のようなエネルギーもなかった。


「おかしいなぁ……退屈に感じてしまう……」


2巡目とは違う学校で、違う人物で、違う友達。

最初こそ楽しく新鮮に感じたものの、すぐに慣れてしまう。

子供向けの教育番組を純粋に楽しめる1巡目の友達がなにより羨ましい。


「この満たされない気持ちはなんだろう……」


気づいたことは自分がやりたいことの多くが、

25歳でやり残したことばかりだったのに気づく。


6歳では新しい会社を立ち上げることも出来ない。

大好きなゲームを買うにも資金が限られている。


6歳までの6年間を不満たらたらで過ごすくらいなら、

25歳~31歳までの6年のほうが充実していたに決まっている。


「ああもう! 若ければいいって思ってた! 分割失敗したーー!!」


悪いことに再分割できるのは30歳以上からなので、

6歳の俺にはどうすることもできない。


学校帰りに落ち込みながら給食袋を蹴っていると、

河川敷で丸くなっているおじさんを見つけた。


「おじさん、こんなところで何やってるの?」


「うん。その前に防犯ブザー止めてくれる?

 おじさん、このままじゃ普通に逮捕されちゃうから」


防犯ブザーを止めるとおじさんはほっとしていた。


「おじさんは何巡目?」


「実は……0巡目、年齢分割をしなかったんだ」


「そうなの?」


「年齢を分割して過ごしたい年齢を繰り返しても

 人生は充実しないって思ったんだけど……失敗してね」


「失敗? 顔のことは落ち込むほどじゃないよ。

 顔よりも、頭頂部の失敗が問題だよ」


「おじさんは45歳なんだけど、寿命は残り56年。

 憂鬱だよ、若いときの充実が恋しいんだ」


「まだ56年あるんだし分割し直せばいいじゃない」


「できないんだよ。再分割をするときは、

 現在の年齢以上じゃないとダメなんだ。はぁ……」


「それなら、俺の25歳までの年齢分割と

 おじさんの残りの年齢を交換しない?」


「なんだって!? いいのかい!?」


「それはこっちのセリフだよ。俺は25年。

 おじさんは56年ぶんを交換することになるよ」


「かまうものか! 若いころに戻れるのなら

 倍の年齢を支払ってもお釣りがくるくらいだよ!!」


「それじゃ交換成立だね」


おじさんとお弁当のおかずを交換するノリで

自分たちの残年齢を交換した。


「45歳からの生活かぁ、楽しみだなぁ!」


45歳ともなれば25歳と比べ物にならないほどの資金がある。

25歳だからと安く見られることもない。


「大人の自由」が待っている。


「ああもう楽しみだ! 早く25歳で死にたい!!」


自殺すると残年齢は没収されて4巡目も水の泡。

惰性で小学生から25歳までの人生を過ごした。


25歳の3巡目の誕生日の日に死んだ。

就寝前はクリスマスイブの夜ほどウキウキだった。


目が覚めたときには、45歳のしらないおっさんが鏡にいた。


「うおおお! 45歳だーー!!」


どういうわけかおしぼりで顔を拭きたくてたまらない。

ふと浮かんだダジャレを聞かせたくてたまらない、


こんな感覚は25歳ではとうてい感じられないことだった。


「金もある、時間もある、余裕もある!

 ようしこれからナイスミドルでダンディズムあふれる

 最高の人生を過ごすぞーー!!」


「あなた! 朝からうるさいわよ!!」


25歳で頭打ちだった人生からネクストステージが始まった。

そして、1年も経つと死にたさが最大まで高まり、気がつけば河川敷で膝をかかえていた。


「おじさんどうしたの?」


昔、自分がかけた言葉を今度は逆の立場で尋ねられた。


「なんかもう……死にたくて……」


「おじさん、僕よりもずっと人生に自由がきくのにどうして?」


「そういう問題じゃないんだよ。

 はじめて45歳になったけど、いろいろしんどかったんだ」


「いろいろって?」


「昔のように体は動かないし、食事が翌日まで引きずる。

 健康診断は怖いし、友人関係は固定されて新しい出会いはない。

 家族からは臭いと言われて、会社では老害扱いされる。

 女性からは歩くセクハラ発生装置と見られてしまうし……」


「うわぁ……」


「ドン引きしないでよ。45歳になるまでは

 あらゆる自由を手に入れられると思ってたんだ。

 でも自由な環境を得ても、自由を満喫できるかは別問題なんだ」


「つまり、もうそんな年齢じゃないってこと?」


「そうだよ。今ですら死にたいのに、

 残り56年もあるなんて思っただけでおならが止まらない」


はぁーー、ととびきり長い溜息をついた。

それを見た小学生は冷静に突っ込んだ。


「じゃあ死ねば?」


「え?」


「そんなダラダラと生きて、

 不満をグチグチ言い続けるなら死ねばいいじゃん」


「いやそれは……」


「僕ね、おじさんみたいな人にいい死に方知ってるよ」


「ちょっ……助けてーー!!」


俺は小学生に引率されて年齢分割局へと連れて行かれた。

手続きが終わった後に俺は死んだ。





その後、俺のもとに取材の依頼が来た。


「実はうちのニュースで"元気なおじいちゃん"を特集していて、

 今をキラキラ過ごしているあなたに取材したいんです」


「いやぁ、光栄です。ぜひ取材をお願いします」


「コホン。ではカメラ回しますね」


リポーターはマイクを準備した。

カメラマンのカメラに赤いランプが点灯する。


「今日は○△町の田舎に来ています。

 ここにいるおじいちゃんは今年でなんと89歳!

 

 なのに、世界旅行をしたり、新しい趣味をはじめたり

 若々しくて元気なおじいちゃんなんです!」


「ハハハ。ただの老いぼれの暇つぶしですよ」


「ひとつ伺ってもいいですか?

 どうすればそのゆに毎日エネルギッシュに過ごせるんですか?

 なにか秘訣はあるんですか?」


「そうですなぁ」


俺は立派なあごひげを指でなでつけた。


「秘訣は、毎年この1年が

 最後の1年だと思って過ごすことですな!」



次回は48巡目の90歳。

その次は49巡目の91歳。


残り11回も新鮮な1年が過ごせると思うと、今から楽しみでたまらない。

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