知らない君に今日だけ恋をする
星 流
一期一会
電車に揺られてもう三時間以上。右から左に流れていく見慣れない景色を見ながら今朝の事を思い出す。
ふと周りを見回すと、いつの間にか混雑してきている事に気がついた。
時計を見ると午前八時過ぎ。制服を着た学生をはじめ、様々な人達が揺られている。
恋弥は偶然、制服を着た少女が立っているのに目が止まった。その後ろにはサングラスに坊主頭の男。そして左の頬には切り傷。一目でヤバい人と分かる。
しかし恋弥の目に止まったのはヤバい人という理由では無い。その右手は少女の太ももに伸びている。
それに気づいた恋弥は少しずつ近づいていく。そして彼女の隣に立つのと同じタイミングで電車のドアが開いた。
恋弥は彼女の腕を掴んでホームに降りる。ついでに後ろに立っていた男の足を
「えっ!?……」
突然の事になんの抵抗も出来ないままその彼女はホームへ引っ張られる。
「おいっ!」
少し遅れて状況を理解した男が怒りの形相で恋弥を追う。しかし無慈悲にも電車のドアは閉まり、男はガラス越しに恋弥を
それも数秒の事。電車は男を乗せて次の駅に向かって走り出す。電車の姿が小さくなっていくのを見送り、恋弥は息を吐いた。
「あ、あの……。ありがとうございます」
しばらく呆然としていた彼女は我に返り、助けてくれた恋弥にお礼を言う。
「え?あ……ああ。どういたしまして」
痴漢から誰かを救うという初めての行動に緊張していた恋弥は自分が救った少女の存在を忘れていた。
「本当に怖かったです。あんな思いをするなんて思わなくって……」
「えーと……大丈夫?一人で学校に行ける?」
下を向き声と体を震わせていた彼女に掛ける言葉はあまりに幼稚なものになってしまった。
「凄く怖かったけど……助けてくれた事の方が嬉しかったです。本当にありがとうございます」
「それ以上のお礼はいらないよ。でも学校に行けそうで良かった。気をつけてね」
次の電車がホームへと入ってきた事に気づいた恋弥は再び電車に乗ろうとする。
「待って!」
彼女は恋弥を引き止めようと手を伸ばす。袖口を引っ張られた恋弥はバランスを崩し後ろによろめく。
「今から学校に行っても遅刻ですし、今日は授業が一コマも無いので……」
彼女はそこで言葉を切り、続ける言葉を探す。その様子を見た恋弥はただじっと待つ。
「私と付き合ってください」
覚悟を決めた彼女の口からはとんでもないものが出てきた。一瞬動揺した恋弥。
「え!?ちょ、ちょっと待って……」
とんでもない事を言ったのにも関わらず、照れや羞恥は彼女には見られない。むしろ慌てる恋弥を不思議そうに見ている。
一旦深呼吸をして状況を冷静に分析。最適解を答える。
「いいよ。君が行きたい所でいいから行こう」
「本当に良いんですか?!ありがとうございます!」
「だからお礼はもういいって。俺は蒼風恋弥。この場所からは距離がある高校の二年生」
「私は
先程とは打って変わって、明るく彼女──いや、愛宮聖奈は自己紹介をする。
お互いの名前を知り、駅を出てしばらく歩いていく。
聖奈が向かったのはショッピングセンター。老若男女問わず多くの人が訪れる。その広さは日本最大とも言われている。
「こっちこっち!」
初めて見る景色に心を奪われている恋弥の腕を聖奈が引っ張る。されるがままの恋弥を連れて入ったのは雑貨屋。
「ここは何を売ってるの?」
「見て分からない?雑貨屋さんだよ」
「え!?これが?……」
恋弥の知る雑貨屋は目の前の光景とは全く違う。ここには終わりが見えないほどの広い空間。デザイン性が重視されたおしゃれな物から機能性が重視されたシンプルな物まで。多種多様の商品を取り揃えていて、一つのジャンルに絞ってこの店を表すのは不可能とさえ恋弥には思える。
「ふふふ、ビックリしてる?」
「ああ、こんなに広い雑貨屋は見たことが無い」
「でしょ!日本で一番大きいんだよ」
「へぇー……こんな所があるんだ」
スケールの大きさに意図せずに言葉が出る。
「そんなことより見て!ニャー!!」
「─────」
振り向いた恋弥の目の前にはネコ耳をつけた聖奈。あまりの可愛さと不意打ちに余計な事を口走りそうな自分を抑えるのに精一杯になる。
「えー……無反応?私だけはずるいから恋弥も付けて」
恋弥の無反応を似合ってないことだと認識した聖奈は恋弥にもネコ耳を付ける。
「に、にゃ〜」
「カワイー!!すごく似合ってる!!写真撮っていい?」
「別にいいけど……他の人には送らないでね」
恋弥に聞きながらも聖奈は既に写真を撮っている。羞恥で死にそうになる恋弥はそれを疎ましく思いながらもやっと聖奈は笑顔を見られた事に少し微笑ましくなる。
その後も様々なアイテムを身に付けては写真を撮るを繰り返し、かなり時間が経ったところで雑貨屋を二人は出る。
「いやー最近の雑貨はすごいね。誰かと遊んだのは久しぶりだからいつも以上に楽しかった」
「そう、それなら良かった。隣から見ていてもすごく楽しんでることが分かったし」
「えー恥ずかしい。ハイテンションでウザイなーとか思ってたりしなかった?」
「そんな事ないよ。もっと見ていたいと思ってた」
恋弥の口からは無意識に言葉がこぼれた。自分が言った言葉に動揺し、体が火照って視線は宙を舞う。
「本当に?それなら良かった。恋弥に嫌われたら私はもう生きていけないなー」
声のトーンはいつものままで聖奈は返答する。しかし耐える事が出来ずに顔を逸らす。その顔は赤く染まり笑みを
自分の言葉は恥ずかしい方の意味で取られなかった。と一人で
「おーい、大丈夫か?……熱でもあるの?」
黙りこくって真逆を向いている聖奈を不審に思った恋弥は顔を覗き込む。聖奈の顔がかなり赤くなっていることに気づいた恋弥は自分の手を聖奈の額に当てる。
「ひゃっ!にゃ、なに?なにするの恋弥」
恋弥に触れられて聖奈は変な声が出る。その声に驚いた恋弥は手を引く。その一瞬でも恋弥は聖奈の額が熱かったことは感じていた。
「本当に大丈夫か?すごい熱だったよ」
「だ、大丈夫だから!それより次はあそこ行こ」
恋弥を再び強引に連れて行き、家具屋に入る。
「……なんで家具?」
「私家具が好きなの」
「へぇーなんで?」
「家具ってその人が選んで置いてあって、家を飾る物でしょ。だから家具にはその人自身が写し出されていると思うの」
「……そこまで深く考えて家具を見た事は無いな」
自分には全く無かった考え方につい驚きが漏れてしまう。
「私だったらこのソファーを買う」
聖奈が指したのはカウチソファーと普通のソファーを組み合わせたもの。グレーで統一されていて三人ぐらいで座れる物だ。
「これに私と恋弥で座りたいなー。あっ!このソファーに座っていいみたいだよ」
返答に困っている恋弥を置いて行き聖奈は一人で座る。
「何してるの?早く隣に座ってよ」
「あ……ああ」
言われるがままに恋弥は座る。その肩に温もりと重さを感じる。横を見ると聖奈が寄りかかってきている。
「お願い……もう少しだけこのままでいさせて」
今にも消え入りそうな声、
「よしっ、帰ろ!そろそろお母さんが心配する」
どのくらいだっただろうか、突如、聖奈は立ち上がる。そしてどこかスッキリしたような笑顔を恋弥に見せる。
しかし、目の奥にはあの時見えた本当の笑顔が見られない。
「そうだね……帰ろう……」
心に残るかすかな重石を感じながらも恋弥は立ち上がり、二人は再び並んで歩き駅を目指す。駅に戻る二人の間には多くの言葉が飛び交った。何年も共に過ごしてきたようにお互いの心の距離は近づいている。
そして再び電車のドアは二人を迎え入れ、走り出す。
「今日は楽しかったね。恋弥と初めて会ったとは思えないくらいだもん」
「俺もそう思った。かなり打ち解けた感じがする」
笑顔で同意をして聖奈を見た恋弥は聖奈が暗く沈んだ表情をしたのを見逃さなかった。
「でも……恋弥とはもう会えない……。私達は住む場所が遠いから……、きっと会えない」
「そんな事は無い。……連絡先を交換しよう。これならいつでも話が出来る」
「ごめんね。私、メールとかだけで人と繋がりたくはないの……」
「ならっ!連絡してくれればいつでも会いに行く」
「ごめん!それでもダメなの」
「だったら……俺は、どうすれば……」
予想以上の強い拒絶に恋弥の言葉は途切れる。
「いつか、偶然会えるかな?」
「もちろんだ、必ず君と……」
恋弥の言葉の途中で聖奈は振り返る。電車のドアは開き、誰かを待つようにじっとしている。
嫌な予感がした恋弥は聖奈を引き留めようと言葉をかける。手を伸ばし掴みかけた希望を離すまいする。
「私……ここで降りるから。いつか会おうね、恋弥。全く知らなかったけど……今日、君に恋をしたの。好きだよ恋弥、さようなら」
「まだっ!終わらせ──」
電車を降りた聖奈を追おうとした恋弥を無慈悲にもドアが
それも数秒の事。電車は恋弥を乗せて次の駅へ向かって走り出す。聖奈の姿は小さくなり……見えなくなる。
恋弥と別れる。あの時そう覚悟して実際に行動に移した。後悔はない、なぜなら覚悟は出来ていたから。
「なのにっ、なんで……涙が止まらないの?止まってよ!私が決めたんだから……恋弥にはもっとふさわしい人がいる。私が
想いがとめどなく
いつかの再会を願いながら。
知らない君に今日だけ恋をする 星 流 @tpdg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます