武蔵野リングレボリューション
つとむュー
武蔵野リング、始動します!
『武蔵野リング、始動します!』
中会議室くらいの薄暗い階段状の作戦司令室に、女性アナウンスが響き渡る。
警告音と供に、正面の壁一面に設置された巨大なモニターパネルの縁が赤く点滅し始めた。
と同時に、暗闇の中を疾走する黄色い電車が映し出される。
「あ、あの電車は!?」
黄色く塗られた西武鉄道2000系電車。
線路に沿って進行方向左側には崖が続いている。
向かってるのは――国分寺駅だ。
「ということは、西武国分寺線?」
すると今度は、太い男性の声がした。
「
ゴゴゴゴという地響きとともに崖の巨大な扉が開いていく。そして中からトンネルが現れた。
ガチャリとポイントが切り替わる。すると、国分寺駅に着く直前だった国分寺線の電車は、その崖の中のトンネルに吸い込まれていった――
◇
「って、何やってんのよ、お父さん!」
思わず私は叫んでいた。
深夜二時。
トイレに起きた私は、ガタガタと聞いたこともない不審な音がする両親の寝室を覗きこんだ。すると、光が漏れるウォーキングクローゼットの中から、地下に下りる階段を見つけてしまったのだ。
「おお、美鈴か。ちょうどよい、作戦が始動したばかりだ」
指令室の後方、最上段の席からお父さんがぬっと顔を出す。
作戦って何?
ていうか、いつの間に自宅の地下にこんな施設を作ってたの?
「ようこそ、特務機関
「ちょ、ちょっと。何、中二病こじらせたこと言ってんの? 五十過ぎたおっさんが」
「父親に対してそれは言いすぎだぞ、美鈴」
「だったら、その
「それはだな、
やっぱ知らないんじゃない。私だって元ネタの詳細は知らないけど。
するとスピーカーから流暢な英語が飛び込んできた。
『それはね、『Musashino-ring Electric-train ReVolution』の略よ。美鈴』
それはお母さんの声。
さっきの「始動します!」のアナウンスはお母さんだったのか。
ていうか、お母さんは今、海外に留学中じゃなかったっけ?
「大丈夫なの? お母さん、こんな深夜に」
「問題ない。母さんには留学先からリモートで参加してもらっている」
いやいや、メルボルンだってめっちゃ深夜だし。日本よりもずっと辛い時間だし。
でもお母さんの解説で何となく分かった。
――武蔵野リングは電車の革命!?
それってどういうこと?
「ていうか、武蔵野リングって何? トンネルに消えた電車はどこに行ったの?」
「それを今から解説しよう」
最上段で手を組むお父さんのメガネがキラリと光った。
◇
「崖のトンネルは、北側にカーブして地上に出る。そして西武多摩湖線に繋がっている」
ということは、崖の中に消えた西武国分寺線の電車は、多摩湖線に入って北へ進むってこと?
「一橋学園、青梅街道駅を通過し、荻山駅で西武拝島線に入って西に進路を変える。そして次の小川駅で再び国分寺線に入って、南に向かうのだ。鷹の台、恋ヶ窪駅を通過し、東に大きくカーブして先ほどのトンネルに戻ってくる」
北、西、南、そして東?
何それ? それってどんな意味があるの?
「こうして電車は同じところをグルグルと廻ることができる。距離およそ十キロのリング状の線路を。これは最初の一歩なのだ、通勤混雑を解消させるための」
そしてお父さんは語気を強めた。
「環状結線革命、それが武蔵野リングだ!」
武蔵野リング。
武蔵野台地に誕生した特別な環状路線。
通勤混雑で疲弊した日本を救うための。
「いやいや、わけ分からんし」
「だったら美鈴に問おう。こんなに自粛が叫ばれておきながら、なぜ通勤混雑は完全に解消されなかったのかを」
うーん、何でなんだろう?
それは自分も不思議に思っていた。
「簡単だよ。電車の路線が直線的だからだ」
それって当たり前じゃないの? 住宅地と都心とを結んでいるんだから。
「そこで解決策を見つけたのだ、海外の事例の中に」
海外の事例?
それってなんだろう?
するとスピーカーからお母さんの声がする。
『ラウンドアバウトよ。日本語で言うと環状交差点ね』
ラウンドアバウト――私も聞いたことがある。
『交差点を大きな環状、つまり一方通行のリングにしたものなの。
さすが都市工学を専攻しているお母さん。
でも、それって道路、しかも交差点の話よね?
「ラウンドアバウトを鉄道に応用したのが、この武蔵野リングだ。こうすれば通勤混雑は解消される」
当たり前だよ!
国分寺駅に着かない国分寺線なんて、誰が乗るもんか!
「全くバカバカしい」
「そんなことはないぞ。すべての路線がリング状になれば、通勤混雑は今より解消されるはずなんだ」
そりゃそうだよ、誰も乗らないもん。
それに解消されるっていうのはお客が減るってことでしょ?
それで鉄道経営が成り立つのかしら。
『それにね、美鈴。この武蔵野リングにはもう一つの意味があるの』
「もう一つの意味って?」
『それを解説する前に聞いておきたいんだけど、右ねじの法則って覚えてる?』
――右ねじの法則。
なんか中学校の理科の時間にやったような……。
「コイルに流れる電流とか、そういうやつだっけ?」
『その通りよ』
その右ねじの法則が、このバカげた武蔵野リングとどう繋がるんだ?
『電車がグルグル廻ると、何が起きると思う?』
ええっ、そういうこと?
線路をコイルに例えるってことね。
何って、そうね、電流がコイルのようにグルグル廻るから――
「磁場が発生する……とか?」
『その通りよ。じゃあ、廻る方向が右ねじと逆だったら?』
うーん、右ねじなら下向きってことよね?
その逆だったら――
「磁場は……上向きってこと?」
『その通り』
「が、このケースは廻るのは電流ではない。なぜなら西武鉄道2000系電車には、強力な磁石が積まれているからだ」
ということは――
「上向きに電流が発生する?」
「そうだ、これが武蔵野を救う切り札なのだ」
なんだか分からないけど、不覚にも私は一瞬、お父さんの言葉に一縷の光を見てしまった。
◇
「この武蔵野リングに囲まれた土地は、もともと特別な場所なのだ」
ええっ? そうなの?
自宅があるからって理由じゃないよね? さすがに。
このリングの中には何があったっけ……?
津田塾大学? それって津田梅子に先見の明があったってこと?
いや、津田塾が武蔵野に移転したのは彼女の死後だったっけ?
『大地のパワーが湧き出る場所なのよ』
ついにお母さんも、お父さんみたいなことを言い出しちゃったよ。
洗脳されちゃった? なんか研究者っぽくないよ。
それに大地じゃなくて、台地じゃないの?
「野川が、あの場所を発端としていることを知ってるか?」
特別ってそっちね。歴史的な意味じゃなくて。
野川って、武蔵野公園や調布の桜の名所になってるあの野川?
そりゃ、憩いの場所にもなってるし、人々の心の拠り所だとは思うけど……。
『つまりあの場所では水がこんこんと湧いているの。その湧き水には電荷を持つイオンが大量に含まれている』
「強力な磁石を積んだ電車がグルグル廻ることで、リングの内側には上向きの電流が発生する。この計画は、大地からのイオンの放出量を増幅させることができるのだ!」
――イオンのパワーで人々の生活に潤いを!
なんか、どこかで聞いたことがあるような話だなぁ。
沿線の人たちが納得しているなら、それはそれでいいような気もするけど……。
こうして今夜も、西武鉄道2000系電車が疾走する。
強力な磁石を積んで、武蔵野リングをグルグルと。
武蔵野リングレボリューション つとむュー @tsutomyu
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