弐の三
ソロカットの撮影は問題なく順調に進んだ。
メイクさんもカメラマンさんも顔馴染みだしこれもいつも通り。
「凪子さんおっけーです!!有難うございます。」
カメラマンさんとスタッフさんに挨拶をし楽屋に戻る。
この後は彼と対談。
大丈夫。出来る。大丈夫。鏡を見ると口角がきちんと上げられていて仕事してる時の顔。
何も問題ない。いつも通り仕事するだけ。
扉がノックされスタッフさんが部屋に案内してくれる。
部屋の先にはあの頃よりさらに少し痩せた印象を受ける彼がいて、
会いたくなかったはずなのに顔を見られて嬉しい自分がいた。
「凪子です。本日は宜しくお願いいたします。」
初めましてとも久しぶりとも言わない挨拶を選んだ私
「こちらこそよろしくお願いします。Rollinの松田薫です。」
彼も同じ選択をし、久しぶりに目を合わせた。
それからはインタビュアーからの当たり障りのない質問に答えるだけ。
今回彼が対談相手に選ばれた理由はどうやら秋から始まるドラマで着物男子を演じるかららしい。
そうか、ドラマにレギュラーで出るくらい大きくなったんだね。たくさん頑張ったんだね。
なんて思いながら対談はどんどん進んでいく。
「それでは以上になります。お二人共長時間有難うございました。」
無事終わった。良かった。
「ロケ撮影ですがまた詳細メールで送らせていただきますので。引き続きよろしくお願いいたします。」
その言葉を合図にすかさず立ち上がりその場に居るスタッフさん達に挨拶し
「松田さんも有難うございました。お先に失礼させていただきます。」
目も合わさずそう言って誰よりも早く部屋を出る。
大丈夫、不自然じゃなかった。大丈夫。
楽屋の扉を閉じると一気に身体の力が抜ける。
着替えて青山に連絡して、帰って次回分の連載の残り書かないと。
頭では分かっているのだが身体がソファから動いてくれない。
「元気そうで良かった。」
なんて独り言が出てしまう。
「誰が元気そうで良かったの?」
いるはずのない人の声がすぐ耳元でして目を見開く。
勢いよく後ろを振り向くと先程までの対談相手がソファの背に手をついてこちらを見下ろしていた。
「なんで、いつ入ってきたの、なんでいるの。」
「一応ノックしたけど。」
そういう問題じゃないでしょ、ダメだって。
「凪さん。」
久しぶりに彼から呼ばれる自分の名前。
ああ、ダメかもしれない。
「早く戻らないとマネージャーさんとか探してるかも…え?」
必死に立て直して言った言葉は彼の涙のせいで最後まで言わせてもらえなかった。
「凪さん会いたかった。凪っさんっ…」
そう抱き締められたら私も限界だった。
「もう会わないって決めてたのに。」
三年ぶりに抱き締めた彼はやっぱり少し痩せた気がする。
酔芙蓉 芙雪 @ntntnrnr000
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