弐の二
あの偶然の再会はやはり気まぐれな偶然であれ以来近所で会うことは無かった。
ホッとしたのと同時にどこか寂しい感覚に襲われこの矛盾に戸惑う。
しかしそんなことに振り回されてどうにかなるほど若くもなく
今日も発注を受けた着物を仕上げ終わり梱包を終えたら集荷を待つ間に着物に着替える。
撮影で着用予定の秋仕様の袷と小物を丁寧に鞄にしまい今日も炎天下だが夏着物を身に纏う。
お盆も過ぎ8月も後半、早く涼しくなってほしい。
夏は昔から苦手で着物を日常で着るようになってからはさらに。
着替え終わる頃にタイミング良く集荷のお兄さんが来てくれて予定より早くアトリエを出ることができた。
いつも通りタクシーに乗ると斜め向かいのタワーマンションの前に大きなバンが止まっているのが目に入りあんな大きい車珍しいな、なんて思っていると目的地に向けタクシーが動き出した。
「おはようございます。凪子さん」
目的地に着くといつも通り青山が出迎えてくれる。
「今日の流れですが、先にソロカット撮影。そのあと対談が。
ロケーション撮影は相手方のスケジュールの都合で明後日になりました。」
歩きながらスケジュールを伝えてくれるのもいつも通り。
でも心なしか表情が強張っている気がする。
「何か話さないといけないことがある?」
不意の問いかけにさらに青山の顔が曇る。
「あまりいい話じゃなさそうですね。」
タイミング良く来たエレベーターに乗り込み扉が閉まった。
ふうっと青山のため息が聞こえやっぱりいい話じゃないと分かる。
「ごめん、凪子さん。今日の対談相手、薫だわ。」
久しぶりに頭が真っ白になる感覚に襲われる。
ああ、この前の再会は偶然で済ませてはくれないのか。
こういうのなんていうんだっけ、神様の悪戯?
「凪子さん?」
「大丈夫、仕事だから。というか向こうの事務所良く許したね。」
そう、そもそもあの事務所が自分のとこのアーティストと私が仕事するなんて
許すはずがない。どういうこと?
「そこは俺も分かんないんだけど、凪子さん大丈夫?」
大丈夫ではない。けどこれ以上青山にこんな顔させたくないし青山が謝る必要はない。
「青山。いつも有難う。」
今の私はこんなことしか言えない。
頂いた仕事はきちんとこなす。相手が誰でもそれは一緒。
エレベーターを降り自分の名前が貼られた楽屋に入る。
「じゃあ撮影用の着物に着替えてくるから。青山はもう自分の仕事戻って?」
「でも…」
「なんかあったら連絡します。」
私が青山に敬語を使うときは完全仕事モードの時っていうのを分かっている彼は
それ以上は何も言わず自分のデスクのあるフロアに戻っていった。
さあ、なんとか乗り越えなければ。
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