弐
「やっぱり凪子さんだ。」
そう声を掛けられようやくきちんと目を開く。
ああ、どうしてこんなところで会っちゃうんだろう
今日はとことん縁がある日みたい。
「久しぶり、律くん」
目の前にいるのはRollinのメンバー
煙草も吸わないはずの彼がどうして?
「家この辺なの?あ、そんなの話せないか。ごめん。
じゃあ私もう行くから。」
大して吸っていない煙草を灰皿に擦り付けその場を逃げるように去ろうとした。
でもそれは叶わなくて。
「凪子さん、凪子さんっ…」
自分の手を泣きそうな声で名前を呼びながら掴まれてしまったら
いくら私でもその場から去れない。
「会いたかったんだよ、ずっと。
みんな凪子さんに会いたくて。」
「律くん?」
そう声をかけると顔はあげたけど伏し目がちで今にも目から涙がこぼれ落ちそう
ポケットから出したハンカチでそれを拭ってあげるとようやく目があった。
「伝えるの今更になってごめんなさい。デビューおめでとう。」
その言葉でとうとう涙腺が崩壊してしまった彼はあの頃から少し大人になったけれど
純粋な真っ直ぐな中身はきっと変わっていないんだなと感じた。
「さっき、エレベーターで会った時最初誰だか分かんなくて。
着物だし髪の毛も短くなってたし。でも声聞いてみんな気づいた。
でも声かけられなくて、透がマネージャーに声かけた時気づいてもらえるかもって思ったんだって。それでも凪子さんこっち見ないし、次の仕事で急いでたからみんな焦ってて。」
泣きながらもゆっくりちゃんと伝えようとしてくれている彼に‘うん’と相槌しか打てない。
「エレベーター閉まる時に薫が名前呼んだの。」
その言葉にハッとする。
「空耳じゃなかったんだね。」
「凪子さん聞こえてたの?」
やっぱり目があったのもあの声も彼だったんだ。
そう思うとなんだか心が締め付けられる感覚がした。
それと同時に彼らの立場を思い出す。
「こんなとこで長居しちゃダメだね、いくら深夜で人が居ないからって
誰に見られてるか分からないから早く帰りな?」
そう言って律くんから離れようと一歩下がる。
「すぐそこ、薫の家で。今みんなで飲んでて。」
この先の言いたい事はなんとなく分かってる。
でもその先は聞いちゃダメなの。
「そっか、買い出しに来たのかな?あんまり飲みすぎないようにね。」
じゃあねと付け足しまだ何か言おうとする律くんに背を向け逃げるようにアトリエへ帰った。
アトリエの引き戸を閉め鍵をかける。
緊張が解けたのか足に力が入らなくなりしゃがみこんでしまいその場から少し動けなかった。
大丈夫、きっともう会うことなんてない。
今までだって会わなかったんだ。
今日はたまたま、そういう日だっただけ。
ふと向けた視線の先ではいつまで経っても処分出来ないアップライトとアコースティックギターが何かを訴えかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます