壱の四
机の上に置いたスマートフォンが振動を続ける。
「ごめん凪子さん、ちょっと電話出てきます。」
そう席を立ち入り口に歩いていく青山に気にしないで行っておいでの意味を込めて
左手を振りながら自身のグラスに口つける。
先ほどまで割と話に集中していたから気付かなかったが、店内には朝耳にした音楽が流れていた。
‘俺、凪さんの声大好き。’
ふと昔言われたことを思い出す。
懐かしい、ふふっと少し声を出して微笑んでいる私に戻ってきた青山が
不思議そうに首を傾げていた。
「なんかありました?」
首を横に降る。
「なんもないよ。電話大丈夫だった?」
「ああ、さっき会った高橋です。
挨拶もそこそこに失礼しちゃったからって気にして電話してきたみたいで。
でも来週うちの雑誌の撮影で来るみたいだからその時に改めて伺いますだと。」
「そう、どっかのマネージャーさんだっけ?」
その言葉に少し苦い顔をする目の前の彼
こういう顔をする時は大抵聞かなかったら良かったと思う答えが返ってくる時。
「Rollin」
やっぱり聞かなきゃ良かった。
「そう。」
ということはあの後ろにいた数名は…
あの目があったのはやっぱり彼だったのか。
私はグラスの残りを飲み干した。
「凪子さんっ…」
「あの子達、元気そうで良かった。」
心配しないで、なにも心配することはないよ。
そう伝わるように微笑むと青山は少し安心したのか
「お代わり頼みます?あ、すいません!」
また店員のお姉さんを呼んだ。
それから何杯か飲んだ後、店の前で青山と別れた。
「来週の対談と撮影よろしくお願いします。」
そこそこ酔ってる癖に最後は仕事モードに切り替えようとする青山が少し可愛くて
笑ってしまったのは申し訳なかったかな。
いつもなら近所なのにすぐタクシーに乗ってしまうけど今夜は風が気持ち良いから
そう思いアトリエまで歩くことにした。
帰ったら家から持ってきた着物を桐箪笥に整理して、
明日納品の仕上げた着物を包むのは、起きたらで良いか。
取り敢えずお風呂に入ってもう少しだけ飲もうかな。
あ、さっきタバコ切れたから買って帰らないと。
なんて声に出さないよう独り言を頭の中で繰り広げているとあっという間に
アトリエのすぐそばのコンビニで。
入店するとまたRollinの楽曲が流れている。
朝と先ほどの飲み屋で聞いたのとは別の曲だけれどこんなに耳にするなんて、
今日は本当に縁があるな。
彼らの活躍に心の中で拍手しつつレジでいつもの番号を伝える。
お酒は冷蔵庫にもセラーにもあるから買う必要はない。
支払いを済ませ受け取ったばかりのタバコのフィルムを開けコンビニの喫煙所で火をつける。
肺いっぱいに吸った煙をゆっくり吐き出す。
霞む視界の先に何か見えた気がして目を細めるとさっきとは違うけどまた聞いたことのある声がした。
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