壱の三
「凪子さんそんな顔しないでよー、酒不味くなる。」
仕事後一度帰宅し再度青山と合流したのはよく行く飲み屋で、
珍しい編集長との打ち合わせはあまり気が乗るような内容ではなかった事が
普段だったらあまり気乗りしない飲みの誘いに乗った原因だった。
「仕事だからやるよ?やりますよ、でもなんで私まで一緒に撮影なのよ。
いらないでしょ、私は対談と着付けだけって聞いてたんだけど。」
「俺もその話で聞いてたから準備進めてたんだけどね。
それにしても対談相手の詳細も当日なんて編集長何考えてるんだろ。」
「あいつ、元客だからって私の扱い悪すぎ。」
「凪子さん着物脱ぐと本当口悪くなるよね。」
苦笑いしながら残りのビールを飲み干す青山は次のお酒を注文しようと店員のお姉さんに声をかける。
「うるさい、そもそもそういうの上手く断るの青山の仕事なんだけど。私のアシスタントなんでしょ。」
私も残りのビールを飲み干し「ハイボール下さい」と次の注文をする。
「お、やっと雇ってくれる気になった?先輩?」
ニヤッと口角を上げて嬉しそうにする青山に少しイラっとした
「やっぱ自称のままでいてくれていいや」
なんでーーと青山の不満そうな声が聞こえるか聞こえないふり。
高校の後輩で大学は違えど交流のあった彼に久しぶりに再会したのは二年前。
私がこの仕事を始めたばかりで人脈もお金もなかった時、
いま連載をさせてもらっている雑誌の出版社に勤めていた青山と
偶然行きつけの飲み屋で再会した。
そこそこ出世していた青山はすぐ行動に移してくれて、今の雑誌の編集長だったり他の雑誌の和装撮影の着付けの仕事だったりを紹介してくれなんとかやってこられた。
その編集長が昔銀座のクラブで働いていた時のお客さんだったのも偶然のことで
よくしてもらっているのは理解しているから頂いた仕事はきちんとやりたい。
でも、
「そもそも凪子さん写真嫌いだもんね。人と撮るなんてもっとか。」
「うん、好きじゃない。着付けだけしてたいー文だけ書きたいー。
ごめん、でも我儘言わないでちゃんとやる。」
「凪子さんのそのモード久しぶりに見た気がする。プライベートでなんかあった?」
少し眉毛を下げ飲むペースを緩めたのは本当に心配してくれてるからというのを知ってる。
何かあったわけではないけれど仕事のこともあるし言っておいたほうがいいのかな。
「特に深刻な悩みはないんだけれど一応報告。
家、解約することにした。もうほとんどの荷物はアトリエに移して当分住居兼アトリエの形にするつもり。」
青山は静かにグラスを置き、下がった眉毛を今度は釣り上げた。
「そういうのなんていうか知ってる?事後報告。
前以て言ってくれたら引越し手伝ったのに。凪子さんていつもそうなんだよな。」
「君には君の仕事があるでしょ。」
本当は私のアシスタントなんてやる暇ないくらい忙しい癖に。
「でもなんだ、そうか。解約決めたんだ。良かったのかな?」
「最近もほとんどアトリエで生活してたし、二重で家賃払うのも勿体無かったからね。
これで余裕出て新しい着物誂えられる。」
そう笑いながら口にしたハイボールは少し薄く感じた。
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