壱の二

「凪子さんおはようございます。」


タクシーから降りると待っていたのは自称アシスタントの青山だ。

「おはようございます。いつも言ってるけど、毎度毎度出迎えなくて良いです。」

「俺がしたくてしてるので。お気になさらず。」

そう笑顔で言うと今日のスケジュールを歩きながら説明する。

いつも通りだった。

「本日終了後に来週の対談の件で打ち合わせをしたいと編集長が。」

打ち合わせなんて珍しい。普段はそんなことメールで済ませるのに。

なんて疑問が浮かぶも何も問題のあることじゃない。

「分かりました。終わり次第ご連絡する旨お伝えください。」

エレベーターでいつも撮影のあるスタジオまで降りる。

「凪子さんいつになったら俺のことアシスタントとして雇ってくれるんですか?」

二人の空間になった瞬間少し不貞腐れた顔で冗談を言ってくる青山に

「君雇うなんてそんなお金無いわよ。だったらもっとお仕事下さい。」

そう答える私。本当にいつも通りだった。

このエレベーターが開くまでは。


目的の階に着き扉が開く。

その先にはこのエレベーターを待っていたであろうマスクをした長身の男性が数名

ろくに顔も見ず軽く会釈をし先に降りた私に後ろから青山も続く。

すれ違いざまに何かに気づいた青山が声をかけた。

「あれ?高橋じゃん、」

「え、青山さんお久しぶりです!」

どうやら数名の男性の中に青山の知り合いが居たらしい。

「高橋も撮影?いまなんのマネージャーやってるんだっけ?」

え、これ話長くなるやつ?

「青山、先行くわね。」

そう一声かけておけばいいだろう。

振り返りもせず先にスタジオに向かおうと歩を進める。

「あ、待って凪子さん!こいつ俺の大学時代の後輩なんだよ。」

私の腕を軽く掴みクルッとその後輩と数名の男性の方に方向転換させる。

それ私に紹介する必要あるのかな、なんて心の中では思ったが

ここは大人の対応を。

「そうなんですね、青山にはいつもお世話になってます。」

「こちら凪子さん、いまうちの雑誌で連載をお願いしている和装家さん。

美人で言葉綴るのも上手くてうちの人気者。」

「そのアホみたいな紹介やめて。高橋さんもお引き止めしてしまって申し訳ありません。」

明らかに後ろの数名が高橋さん待ちでエレベーターを閉められないでいた。

「高橋さん先行ってましょうか?」

しびれを切らしたらしい一人がようやく声をかける。

「ああ、ごめんごめん。青山さんこの子達いま俺がマネージャーしてるアーティストで、

ちょっと急ぐんでまた今度ゆっくりご挨拶させて下さい!連絡します。」

「おう!また近々。」

彼がエレベーターに乗り込むと同時に後ろの一人と目があった気がした。

黒いキャップの中に髪の毛を全部しまっていて黒いマスクをしている集団は目しか出ていないからほとんど顔は分からない。

でもあの子達って。


「凪子さん今日打ち合わせ終わったらご飯行きましょうよ〜」

「青山、仕事中はその馴れ馴れしい態度やめてって何度言ったら」

いつものように注意しつつあしらおうとした時


‘凪さん’


「え?」

エレベーターの方を振り返ると既に閉まっていて誰もいない。

空耳かな。


「凪子さんどうしました?」

「いや、懐かしい声に呼ばれた気がして。」


きっと気のせい。

さっきのタクシーで久しぶりに歌声を聴いたせい。

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