酔芙蓉
芙雪
壱
今流行りのショートヘアにした時
次は伸びて背中につくまでは生きようと思った。
また夏が来た。
厳しい気温に頭を悩まされながら着物を纏う。
汗を抑える方法はいろいろ試したがこれといって効くものは無かった。
仕事だから仕方がない。
そう念じながら麻の夏帯を締める。
今日の着物に合う日傘を選びアトリエを出た。
ジリジリと容赦なく日差しが降り注いでくる。
今年の蝉は鳴くのが遅かった変わりに例年より勢い良く鳴いているが
7日の命と言うけれど蝉にとっても‘たった7日’なのだろうか。
それとも‘長い長い7日’なのだろうか。
小道を抜け通りに出ると呼んでいたタクシーが着いてたようだ。
「赤坂まで」
アトリエから遠ざかるタクシーの中にまで今にも消えてしまいそうな鳴き声が聞こえてきて
なんだか心がざわついた。
揺られる車窓からビルたちを眺める。
あんなに鳴ける蝉が少し羨ましくも思った。
泣こうともしない私が何を言っているんだろうな。
ぼんやり無駄なことばかり考えていると、頭を掠めるのは昔よく耳にしていたあの歌声。
車内で流れているラジオから聞こえていたようだ。
苦しい今にも消えてしまいそうな少し高めの掠れ声で歌うバラードは
誰に向けて歌っているんだろうか。
いつか話そうと思っていた。いつかちゃんと伝えたかった。
そのいつかはもう二度とこないけど、
僕は、僕は今でも〜♪
過去を振り返って後悔するような年齢でもない。
今を生きるのに必死でいつも何かに追われていてそんな余裕はない。
いつのまにか別のアーティストの曲に変わっていったラジオの音をシャットダウンするように目を閉じた。
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