第五十話 強襲
「これからの、夢を?」
兼良に問い返され、千歳は頷く。ゆらり、と小さな火が揺れた。
「そうです。これからここに、佐庭の失態を知った藤屋が刺客を放ちます。この夜に、おれたち全員を亡き者にするために。……だから、兼良さんには草壁皇子様たちを起こして逃げて欲しいんです」
「逃げるって……千歳はどうするつもりだい?」
「おれは―――――っ、くそ。もう駄目か」
「待ってくれ、千歳!」
兼良が手を伸ばすが、すんでのところで千歳を捕まえられない。兼良の手を掻い潜り、千歳は外へと躍り出た。
―――キンッ
千歳が瞬時に剣を抜くのとほぼ同時に、敵の剣が振られる。それを弾き返し、千歳は月明かりだけが頼りの庭で相手と対峙した。
「藤屋の手の者か。どうやって今日のことを知った?」
「答える義務が、こちらにあるのか?」
「ない、か」
仕方ない、とばかりに千歳は剣を握り直す。
相手の態度を見る限り、草壁の命を狙いに来たことは間違いない。兼良が全員と共にこの場を去るまで、自分が食い止めなくては。剣を握る手に力の入る千歳に、刺客は軽い動作で襲い掛かった。
「っ!」
重い剣を必死に弾き、自分も斬り込む。しかしながら全て返され、二の腕に傷を負った。
つ、と血が流れ、衣を濡らす。じわりと広がる鋭い痛みに耐えながら、千歳は何度も剣を振りかざした。
「……兼良?」
「あ、皇子様」
ぼんやりと目を覚ました草壁は、外を心配そうに見詰める兼良を見て声をかけた。すると彼は、瞠目する。まるで、大切な何かを思い出したかのように。
「兼良、どうし……」
「詳しく説明している暇がありません。ただ、千歳は外で時間を稼いでくれています。――皇子様、葵と白兎を起こしてください」
鋭い声に、今度は草壁が驚く。そして、緊迫した表情の兼良の言葉に現状を察し、頷いた。
うつ伏せになっている白兎を兼良が、そして壁に背を預ける葵を草壁が揺すり起こす。
その間にも、外では激しい攻防が繰り広げられている。気配を感じたのか、草壁が過多に触れた途端に葵が目を覚ます。
「草壁、さま?」
「葵。ここを出るよ」
「出るって……」
「音を聞いて」
草壁に言われた通り、葵は耳を澄ませる。すると、激しく鋭い金属音が耳を突く。
「もしかしてッ」
「行くよ。白兎も」
「わかった」
兼良に起こされた白兎が、頭を掻きながら応じる。彼は自分が置かれた状況から全てを理解している。
「待って下さい。千歳を置いて、行くって言うんですか!?」
わたしも一緒に戦います。弓矢を胸に抱く葵の主張を、草壁は許可しない。首を横に振り、目の前の彼女の手を取った。
「行かせられない」
「でも」
「……こうしている間にも、千歳が稼いでくれている時間がなくなる」
草壁の言葉に、葵は硬直した。そして、ゆっくりと動きを取り戻すと頷く。不承不承だが、彼女の中で無理矢理にでも了承を導き出したらしい。
そんな思い詰めた表情の葵の肩を、白兎がぽんっと叩く。葵が振り返ると、笑みを浮かべた白兎がいた。
「大丈夫。俺が残って千歳を……」
「白兎ッ!!」
鋭く斬り裂くような声は、千歳のものだ。白兎が反射のように振り返ると、目の前には刃が迫っていた。
「ちっ」
手の甲につけた金属板で刃を弾き返し、白兎はひらりと宙を舞う。白兎がいた場所には、追撃者の矢が突き刺さった。
「逃したか」
舌打ちをするのは、新手の男だ。外では変わらずに戦う音が響くため、彼は外の強襲者とは違う。
「こ奴も、藤屋の……」
千歳の叫びと同時に葵の腕を引いて難を逃れさせた兼良が、ぼそりと呟く。草壁は彼らと反対方向の壁際に逃れている。
「ほお」
兼良の呟きを聞いていたらしい刺客は、にやりと目を細めた。口元は暗い色の布に隠されて見えない。しかし、きっと歪んでいるのだろう。
「我らが藤屋様の放った者だと知って?」
「僕らではない。だが、その反応を見る限りは正しいらしいな」
兼良が笑うと、刺客は鼻を鳴らした。
「ふん。……我が受けたる
ちらりと草壁を見た男が言う。ごくりと唾を飲み込み、それでも草壁は笑みを見せた。
「残念だけど、わたしは殺されるわけにはいかない。……彼らと共に、やり遂げたいことがある」
「ならば、それこそ残念だ。その夢は、今夜
刺客の男は弓を引き、矢をつがえた。至近距離でそのまま放たれれば、草壁の命はない。
「――――っ」
「さよなら、夢見る世界に生きる皇子様よ」
二人の距離は、ほぼない。刺客の目は草壁に注がれ、初歩的な失敗を演じてしまった。
まさか、同じ弓使いが傍にいるなどとは思わない。
「駄目!」
葵は叫ぶと共に兼良の腕を払い、弓を構えて矢を放つ。今まさに草壁の胸に突き刺さろうとしていた矢は、横やりを入れてきた葵の矢に弾かれる。
カランッと音をたてて、矢が床に落ちる。まさかの事態に、刺客は矢の
「――――っ、お前か!」
「きゃっ」
瞬時に葵を見付けて衣を掴みにかかる刺客は、何かが目の前を塞いだのに反応出来なかった。何かに吹き飛ばされ、壁に激突する。
「いっ」
痛みを訴え呻く資格の前に、青年が立つ。彼の腕や頬、足には無数の傷があり、血が流れ汚れている。
息を呑む葵を背に庇い、千歳は迫力のある笑みを刺客の男へ向けた。そして、ドスのきいた声で言い放った。
「去れ。お前たちなどに、皇子様も葵も渡さない。必ず、どんなことをしても守り切る」
「お前が、未来を知る男か」
「何を―――」
まさか自分のことまで知られているとは思わず、動揺が千歳の表情に走る。それでも隙を見せない彼に、刺客は肩を竦めた。
「こちらが不利だな」
そう言うと、風のような速さでその場を去った。外の気配も同時に消えたことを鑑みるに、二人は仲間だったのだろう。
「……終わった、か」
驚異が去り、白兎が息をつく。葵もそちらのことに関しては安堵したものの、目の前でドサッと大きな音がして口元を覆う。千歳がその場に崩れ落ちたのだ。
「千歳―――!」
「叫ぶなよ、葵。響く……」
縋りつく葵に苦笑し、千歳は彼女の頭を撫でてやった。
白兎は目を見開き、草壁は兼良に頼んで薬を煎じる。それが出来上がると、綺麗な水を器に汲んできた。
「葵、これで傷口を洗ってあげなさい。その後、これを塗ってあげて」
「はい」
甲斐甲斐しく治療してくれる葵の姿を見ていた千歳だが、彼女を制して上半身を起こし、胡坐をかいた。そして、草壁の方を向く。
「皇子様、一つおれから申し出たいことがあります」
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