第四十九話 雑魚寝

 真夜中の都に、五人分の足音が響く。流石に中心部に入る頃には足音のせわしなさは落ち着き、周りに気付かれないようそっと宮に入った。

「っはぁ、何とか逃げ切れたな……」

 白兎が床に大の字になり、傍に葵の手を離した千歳が膝に手を置いて肩で息をする。葵は肩で息をしながら徐々に息を整え、月を見上げた。

「みんな、お疲れ、様……」

「皇子様、落ち着いてからで良いですよ」

 ぜーぜーと辛そうな草壁に、兼良が苦笑する。彼に背をさすられ、草壁はようやく呼吸と気持ちを落ち着けた。

「ありがとう、兼良。こんなに走ったのは久し振り、だな……こほっ」

「ああ、ほら。あなたは自分の体の許容範囲を知るべきです。顔色が悪いですよ」

「すまない。……座らせてもらうよ」

 甲斐甲斐しい兼良の手を借り、草壁は壁に背を預けて胡座をかいた。そして、それぞれに落ち着きを取り戻した葵たちに目を向けた。

「みんなは、怪我していないかな」

「無傷、とはいきませんでしたけどね」

 苦笑いする千歳の頬や腕には切り傷が走り、頷く白兎も腕や足に傷を負っていた。葵は一番軽傷だが、閉じ込められていたことによる疲労と衰弱で痛々しい。

「葵」

 草壁は立ち上がり、向かいの壁に体を預ける葵の傍に膝をつく。そっと彼女の手を握り、表情や傷の有無を窺った。

「怪我は、幸いないようだけど。疲れたし、お腹も空いただろう……。兼良、すまないが粥を」

「心得ておりますよ」

 にこりと微笑み、兼良の姿が消える。衰弱した葵でも食べられるように、と簡単な粥を作ってくれるのだろう。

 音がし始めたのを聞き、草壁は緊張した顔をようやく緩めた。少し泣きそうに見えて、葵は狼狽える。

「わたしの事情に、きみまで巻き込んでしまったね」

「そんな……顔を上げてください。わたしは自分の意志で巻き込まれているんですから」

「自分の意志でって。ふふっ、ありがとうと言うべきかな」

 クスッと微笑み、草壁は小さく「ありがとう」と呟いた。

 その時、丁度兼良が五つの器を盆に乗せて戻って来た。器の中には、湯気を上げる粥が入っている。

「作りたてですから、熱いですよ。気を付けて食べてくださいね」

「おや、全員分作ってくれたのか。ありがとう」

「手間は同じですから。……これを食べて、今日は休みましょう」

 草壁に器と匙を手渡しながら、兼良は言った。それぞれが器と匙を受け取り、何となく黙って粥をすする。

 お腹に食べ物が入り、ようやく人心地ついたような気がする。

 体が内側から温まり、葵はふわっと欠伸をした。緊張の糸が切れたためか、船を漕ぎ始める。

「もう寝ようか」

 葵の様子に気付き、草壁が提案する。すると、大の字になっていた白兎が「賛成です」と手をひらひらと振る。彼も眠いのか、目を何度も瞬かせていた。

「では、僕は見張りをしています」

 そう言い出したのは兼良で、自分もと立ち上がりかける千歳を制した。

「僕が先に。千歳もしてくれるなら、しばらくしたら代わってくれるかい?」

「はい、わかりました。ちゃんと起きますね」

「慣れているから、朝まで寝てくれても良いよ」

「そういうわけにはいきませんよ」

 頑なに譲らない千歳に根負けし、兼良は夜半に彼を起こすと約束した。

「……おや」

 兼良が器類を片付けて戻ると、全員が夢の中だった。

 白兎はそのまま床に仰向けに倒れ、草壁は壁に背を預けている。葵と千歳はといえば、互いの肩に体を預け合って眠っていた。

「全く。全員、明日起きたら体を痛めていそうだね」

 苦笑を禁じ得ず、兼良はそれぞれに衣をかけてやる。何もないよりは幾分ましだろう。

 それから部屋の入口近くに陣取り、外の様子を窺った。幸いにも不審な気配はしないが、気を付けておいて損はない。

 時々白兎の寝言が聞こえ、退屈しない。今は誰かに食べ物を盗られたのか、追いかけているらしい。

 兼良は、そっと草壁の様子を見る。すると部屋に灯る小さな火でも明るく見えない程、彼の顔色は悪い。

 元々丈夫でないことに加え、今夜は大いに動き回った。眉間にしわを寄せ、苦しそうに息をしている。

「皇子……草壁様」

 兼良は足音を極力殺して草壁に近付き、そっと前髪をかき上げてみた。青白い顔色がより鮮明になり、不安を煽り立てる。

「兼良、さん」

「千歳。まだ寝ていても……」

「兼良さん、かれこれ一刻はそこにおられますけど大丈夫ですか?」

「えっ……」

 勿論のこと、二人の会話は小声で行われている。

 千歳の指摘を受け、気が付けば足が痺れていた。兼良は自分のことにさえ気付かない自分を自嘲気味に笑い、千歳を外に誘った。

「どうしたんです?」

 夜空が美しく見える。月を見上げる兼良に、千歳が問いかけた。

「……千歳は、先のことが見えるんだよね」

「はい。……ただ、ある程度で尚且つまだ完璧に御しきれていませんが」

「そんなに警戒しなくて良い。今から僕が尋ねたいことは、きっともう見えているだろうから」

 兼良は目を細めて柔和に微笑むと、千歳に尋ねた。

「……皇子様はこの先、生きて天寿を全う出来るのだろうか」

「───っ。それ、は」

 迷いを見せる千歳。彼の姿が、雄弁に物語ってしまった。

「そう、か」

 目を閉じ、兼良は自分の主を思った。すると思い出すのは、彼の笑顔と何かを考える思慮深い表情だ。

 そんな兼良に、千歳は真剣な顔をして告ぐ。

「夢を、見ました。……これからの」

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