第四十八話 弾き矢

「白兎!」

「任せろ」

 千歳が背後を取られた白兎に叫ぶと、彼は振り向きざまに回し蹴りを見舞った。

「ぐあっ」

 柱のような棍棒で白兎の頭を潰そうと振りかぶっていた敵は、そのガラ空きになった横腹を蹴られて吹っ飛ぶ。狭い地下空間に、蛙が潰れたような声がこだました。

小癪こしゃくなっ」

 次に白兎に襲い掛かったのは、剣を構える男だった。彼は棍棒の男よりも俊敏で、白兎の蹴りを紙一重で躱す。

 蹴りをあて損なったことで体勢を崩した白兎の背中を狙い、剣を突き出す。

「させるか!」

「何っ」

 千歳が白兎へ向かおうとする敵を退けんと、剣を振った。キンッという金属音を響かせ、火花が散る。

 剣の男は自分を一切寄せ付けない青年に驚きつつも、それを悟られないよう標的を変えた。千歳が剣による攻撃のために一旦離れた為、葵の前ががら空きになっている。

「葵!」

 牽制のために一閃を放った男が背中を向け、自分ではなく葵に向かった瞬間、千歳が渾身の一撃を放つ。

 それは見事男の背を襲い、衝撃波が彼の肌を焼いた。葵の胸に剣を突き刺そうとした男は、痛みと勢いに押されて棍棒の男とは別方向に顔から突っ込んだ。

「流石。僕も負けてられないね」

 矛の切っ先を乱闘の中心に据え、兼良が微笑む。彼の余裕の笑みに、二人の刺客が反応を示した。それぞれの得物は弓矢と剣だ。

「兄ちゃん、余裕かましてんな?」

「後ろの皇子様をこちらに渡してもらおうか」

「断る。――当然だろう?」

 笑みを湛えながらも一切の透きを見せない兼良は、背に草壁を庇いつつ敵を牽制する。

 しかし、当然ながら断られることも考えの内だ。二人の刺客は互いの顔を見、ニヤリと笑う。

「そう言われることは──」

「勿論、想定済みだ!」

 言い放つと同時に、一人が兼良に躍りかかった。剣を操り、矛を真っ二つに折ろうという算段だ。

 勿論、兼良はそれを弾き返す。矛の柄で刃を受けると、思い切り敵を押し返して石突で殴りかかった。

 見事鳩尾みぞおちにそれを受けた男は、呻き声を洩らしてその場に崩れ落ちる。

 兼良は血振りをするように矛を振り、ほっと息をつく。しかし、それが早計だと知ったのは直後のことだった。

「隙あり、だな」

「!」

 声のする方を振り返ると、崩れ落ちた男の片割れだった者が矢を手に持ち立っていた。しかも、その矢の先にあるのは、草壁の首筋である。

 男は草壁の片手を捻って掴み、動けないように拘束している。草壁の首筋に矢をあてることによって、兼良たちを牽制しようというのだ。

 流石に兼良も瞠目し、動きを止める。千歳と白兎も草壁を見て驚いた顔をしている。

 彼らと戦っていた男たちの半数は地面に沈んでいるが、戦意のある残った二人が草壁を囲った。

 そして、手をこまねく千歳たちに向かって大声で言い放つ。

「おうおう! この皇子様を殺されたくなかったら、お前ら全員、その場から動くなよ? 動けば……矢がぶすっとこの白い首を―――」

 ―――パシンッ

「ぐっ」

 男は得意げなまま、最後まで言葉を続けることは出来なかった。

 彼の指を目掛けて、何処からか矢が飛んで来たからである。矢は男の指を弾き、鋭い矢を取り落とさせた。更に、驚く男のもとから草壁が逃げ出す隙にもなった。

「ふぅ、助かったよ。ありがとう、葵」

「そんな、勿体ないお言葉。よかったです、皇子様」

 ふわりと微笑んだ葵の手元には、彼女が夢で青年に貰った弓と急ごしらえした矢が数本握られている。矢の材料は、朽ちて使い物にならなくなった木製格子戸の破片だ。そんなもので代わりになるのかと思うが、不思議なことに葵の弓は棒状のどんなものでも矢として飛ばす力を持っていた。

「おのれ、おのれえぇぇぇっ」

「貴様ら、生きては帰さんぞ!」

 葵によって企てを封じられた男たちは、地団太を踏み悔しがる。そして、葵に掴みかかろうと突進して来た。

 そんな男たちに、千歳が何もしないわけがない。

「……汚い手で触るな」

 怒りを籠めた一閃。その衝撃波は殺到する刺客二人に正面からぶつかり、地下道の奥へと吹き飛ばす。

 ―――ドッ

 暗闇の向こうから、何かにぶつかる大きな音が響いてきた。

「今だ!」

 千歳は葵の手を引き、外へ繋がる階段へと駆ける。彼らの後ろから、白兎と草壁、殿しんがりの兼良が続く。

 タンタンタンッと素早く階段を上り、外に出る。するとそこは、既に月が空に浮かぶ時間となっていたらしい。

 優しい月明かりに照らされ、順番に千歳たちが這い上る。そして再び走り出し、唯一安全な場所だと思われる草壁皇子の宮を目指した。

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