第四十五話 助け出す

 白兎と共に宮に帰ってきた千歳は、草壁と兼良の帰りを待っていた。

「千歳、こんな時にお前の力は使えないのかよ」

「使えないこともないだろうけど、力は大事な時に取っておきたいんだ」

 千歳の首には、土蜘蛛の村で手に入れた勾玉がある。紐を通して持ち歩けるようにしたのだ。

 勾玉の力を借りれば、今までのように突然先眼さきのめの力が発揮されることもないし、力の為に気を失うこともないはずだ。未来を視られる力を使って葵を助けに行こうという白兎の意見は捨てがたいが、もしもがあっては困る。

 二人はやきもきしながら待っていたが、案外すぐに待ち人は来た。

「遅くなってすまない、二人共」

「待ってましたよ、皇子様」

 草壁と兼良を迎え、千歳と白兎は席を空けた。早速、互いが聞いたことを話し合う。

「おれたちは、八咫やたと彼の姉の黒羽くろはさんに会って来ました。確かにあの村にはおれの前世が残した勾玉がありました」

「で、それを受け取って。今ここに」

 白兎が指差したのは、千歳の胸元だ。そこに光る翡翠の勾玉に、草壁たちは目を吸い寄せられる。

「綺麗だ。きっと、とても大切に扱われてきたんだろうね」

「ええ。普通、長い時が経てば壊れてしまったり行方知れずになったりすることが多いのですが。……よかったね、千歳」

「……はい」

 胸元にわずかな重さを感じ、千歳は勾玉を撫でた。その懐かしい感触に、過去が蘇ってくる感覚がある。

「さて、次はわたしたちだね」

 草壁派居住まいを正すと、日前ひさき本家で聞いてきた話を千歳たちに聞かせた。

「……なるほど。佐庭の邸に地下室ですか」

「その可能性が高い、と当主は言っていたよ」

「なら、早速行きましょう」

 気が逸る千歳が立ち上がると、兼良が待ったをかけた。

「待つんだ、千歳。出かけるのは、夜になってからにしよう」

「何故、ですか?」

 あと一歩で外に飛び出そうとしていた千歳が振り返ると、そこには仲間の苦笑があった。

 一人で焦っていたことに気付き、千歳は顔を真っ赤に染める。その様子を見て、白兎はしみじみと頬杖をついた。

「本当に、葵のこと心配なんだな、お前」

「だね。しかし、過ぎた想いは突発的な行動を引き起こして大切な人を悲しませかねない。気を付けなさい、千歳」

「まあまあ、兼良。お説教はそれくらいにして。千歳も、戻って来て」

「……はい。すみません」

 自分が暴走している自覚はあったため、千歳は素直に座り込む。それを確かめて、草壁は今夜の企てを話し始めた。


 夜闇に紛れ、四人の影が都を駆ける。

 自分たちに負けず劣らず俊敏な草壁と兼良を見て、千歳は驚いていた。

「お二人共、速いですね」

「ん? まあ、ある程度はね」

「皇子様は体は弱いけど、幼い頃から活発な方だったから。特に目的のある時は、誰よりも懸命に取り組まれるお方だよ」

「……兼良。恥ずかしいからやめてくれ」

 手放しで褒められ、流石の草壁も照れてしまう。暗闇の中であるためにその表情を窺い知ることは出来ないが、千歳は何となく、気持ちを落ち着けることが出来た。

「ほら、あそこが佐庭の本家だ」

 しばらく闇の中を進み、目が慣れてきた頃。白兎が指差す先に、篝火かがりびの焚かれた邸があった。

 邸の前には屈強な体躯の男が数人、見張りとして立っている。何やら物々しく見えるのは、千歳たちがこれから忍び込もうとしているからだろうか。

 千歳たちは近くの某の邸の屋根に上り、邸の中を窺う。数人の見張りが庭にもいて、警戒を怠らない様子が見えた。

「地下室は、何処にあるんでしょうか……」

「可能性は、庭か。それとも邸の中から下りて行くのか」

「どちらにしろ、あいつらを蹴散らさないと難しいのでは?」

 白兎が指差す先には、邸の入口を固める男たちの姿がある。確かに乗り込むのであれば、彼らをどうにかしないといけない。しかしそれは、同時に家の者に見つかるという危険がある。

 右手をかざして邸の様子を見ていた兼良が、ふと「出来ますよ」と呟いた。

「気付かれずに入ることは出来ます。要は、気付かれなければ良いのだから」

 兼良の作戦を聞いて、千歳と白兎は行動に移した。


「今、いつだろう……こほっ」

 土の床のためか、喉がやられて掠れ声しか出ない。しかも、朝以来何も食べていないために空腹だ。

 葵は力なく咳き込みながら、部屋の隅で弓を抱き締めていた。

 今朝ここに閉じ込められ、長い時間が経った。何度か見回りに来た誰かが戸に空いた穴から様子を見て行く以外、動きがない。

「千歳……」

 呟かれた名は、大事な幼馴染のものだ。きっと迎えに来てくれると信じながらも、草壁の邪魔になるのであれば耐えられるだけ耐えるのも手だなと後ろ向きに考える。

「……だめ。そんなこと考えてたら、みんなが悲しむ」

 陰と名乗る男には大見え切った葵だが、それが本心ではない。だから今、寂しくて心細いのだ。

「―――!」

 その時、人の足音が聞えてきた。どんどんと近付いて来る。葵は弓を暗がりへ隠すと、そこから少しだけ離れた壁際に移動した。

 ――ギッ

 今にも壊れそうな音をたて、戸が開く。顔を上げると、一人男を連れたあの陰が顔を覗かせた。

「あなたは……」

「随分と憔悴しているな。……おい」

「はっ」

 陰は連れに声をかける。すると彼は音もなく進み出て、葵の近くに皿を置いた。皿の上には、雑穀のおにぎりが二つ置かれていた。

「……」

「食え」

 意味がわからず呆然と陰を見上げる葵に、陰は言った。

「食べない」

「何も仕込んでいないが?」

「……本当に?」

「疑り深い奴だ」

 呆れて嘆息した陰は、皿からおにぎりを一つ取ると、ぱくっと口に放り込んだ。

「え」

 驚く葵の目の前で、陰は咀嚼し飲み込んで見せる。そして、ほらと言うように両手を広げた。

「何もない。そもそも、大事な人質を殺したりしたら、取引にならないだろう。安心して食え」

「……わかった」

 そろそろと皿に近付き、葵はおにぎりに手を伸ばす。そして持ち上げると、おそるおそる口に運んだ。

「……」

 無言で食べ続ける葵を見届け、陰は部屋を出て行こうとした。

 その時、慌ただしい足音が聞えて来る。

「大変です!」

「何があった?」

 きちんと部屋の戸を開けられないように閉めた陰が、男に問う。汗だくになった男は、呼吸を整える間も惜しんで叫ぶように言った。

「な、何者かが邸に侵入しました! 番をしていた者たちが、いつの間にか気を失っています」

「わかった。すぐに行こう」

 陰は報告に来た男と自分が連れてきた男を部屋の見張りに残すと、佐庭の邸入口を目指して階段を駆け上がって行った。



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