夢を真に
第四十一話 草壁の未来
葵が逃げ出す
「皇子様、葵を攫った連中が誰か、わかったんですか?」
ずいっと身を乗り出す千歳の全身には、焦燥の色が濃い。葵が連れさられたのだから当然か。
草壁は、千歳の問に「わかったよ」と応じた。そして、推測だと前置きした上で話し出す。
「最も高い可能性は、敵対勢力に連れ去られたというものだ。正直、これ以外に思い当たらないんだけどね。近日中に、向こうから要求してくるだろう」
だから、その要求があるまで目立つ行動は控えて欲しいと言うのだ。
草壁の言葉を聞き、千歳の眉間に深いしわが刻まれる。それに気付き、草壁は苦笑いを浮かべた。
「千歳」
「わかってます。表立って動けば、葵の身を危険に晒すことになる。わかっていますが……」
「千歳、聞いていなかったのか? 皇子様は表立って動けばと言ったんだが」
しょげる千歳に、兼良が元気付けようと一つの問を与えた。それを聞き、答えにたどり着いたのは白兎だ。
「……つまり、秘密裏に動けば問題なし?」
「そういうことだね」
「よし、千歳。午後から秘密裏に動くぞ!」
「白兎、秘密裏にってことを大声で言うなよ」
はしゃぐ白兎に注意しつつ、千歳は胸を押さえた。どう動いたとしても草壁に迷惑をかけてしまう気がして、迷ったのだ。
「千歳、きみが正しいと思うことをしたら良い」
草壁は迷いを見せる千歳の頭の中を見透かすようにして、彼の背中を押す。それに、と草壁は微笑した。
「きみには
「───っ!」
そっと千歳の耳元で囁かれた言葉は、千歳を驚かせるのに十分な威力を持っていた。
ぱっと千歳が顔を上げると、草壁が口元に人差し指をあてていた。内緒、という意味だろう。
「……」
「千歳、きみは優しい。優しすぎる程だ。だから、もっと我が儘でも良いんだよ」
「我が儘、これでもやってるつもりですよ。おれよりも、皇子様はもっとがめつくても良いと思うんですけど」
「そうかな?」
くすくすと笑う草壁は、もしかしたら己の行く末を感じ取っているのかもしれない。だから、元々強くはない体に無理をさせるのではないだろうか。
一抹の不安を抱きつつ、千歳は「おれは」と草壁を見詰めた。
「おれは、両方諦めません。葵を救うのも……あなたを守るのも」
「ありがとう、千歳」
ふわりと微笑んだ草壁は、彼の話を待っている兼良と白兎の方を振り返った。そろそろそちらに向かわなければ、二人がへそを曲げてしまう。
「……皇子様」
草壁の背中を見て、千歳はぽつんと呟いた。
千歳が草壁の行く末を夢で視たのは、この都に来た時だ。
空腹と疲労に耐えかねて気絶し、次に目を覚ましたのは草壁の宮にある一室だった。そこで介抱され、今に至る。
その眠っている時間に、断片的な未来を視た。
自分とそれ程年齢の変わらない青年たちが、何かと対峙する。その一人一人を、今は誰か判別することが可能だ。
とある青年は、今思えば草壁だった。
青白い顔をして寝台に横になった草壁は、俗世を離れ、眠っているようだった。本当に眠っていたわけだが、次の瞬間に大きなため息をついたのだ。
そのまま、彼が目覚めることはなかった。
あの夢を本当にしないため、千歳は儚げな青年・草壁のもとに留まったのだ。
(だけど、まさか大王の息子だとは思わなかったけどな)
目覚めて初めて出逢い、視た未来の人物だと確信した。流石に初対面の人に未来が視えると暴露することはしないが、もしかしたら草壁は何となく気付いていたかもしれない。
それから日が経ち、様々なことが変わった。
白兎と仲良くなり、葵が迎えに来て、歯車が動き出す。死への歯車としないため、千歳は最悪の未来を一つずつ変えるのだ。
「ちとせ、千歳?」
「───っ、はい」
考えに耽っていた千歳は、草壁の呼びかけに応じるのが遅れた。
慌てて自分のもとへと駆けて来る千歳に、草壁は一つ提案をした。
「千歳、白兎と共に
「八咫の? どうしてです」
「あの村には、千歳の過去世が残したものがある。それを、持ってきて欲しいんだ」
「……勾玉を、ですか」
前世において、いつも女王の胸元を飾っていた勾玉の一つ。それが未だ存在すること自体が驚きであるのに、それを持ってきて欲しいと言う。
千歳は、その理由を尋ねた。
「おれの手からは大昔に離れ、今は村で祀られているのですよね。それをおれが運び出して良いのでしょうか」
「確かに、千歳のものだと主張しても難しいだろう。ただ、わたしは思うんだ。その勾玉は、もしかしたら本来の持ち主を待っているのかもしれない、とね」
「待っている……」
「そう。千歳の未来を視る力が安定しないのも痛みを伴うのも、その唯一残った勾玉がないからじゃないかな」
なんてね、と草壁は茶目っ気のある笑みでしめた。
半分以上冗談だったのかもしれないが、千歳には草壁の説がしっくり来ると感じられた。だから、一つ頷く。
「わかりました。行ってきます」
「行ってきますって。千歳、今都を離れるのか?」
ものわかりの良すぎる千歳に、白兎が食って掛かる。白兎から言わせれば、そんなモノよりもヒトの方が大切だということだろう。
白兎の言い分は最もであり、尚且つ千歳の気持ちでもある。
「だけど、それがあるから葵を助けられるかもしれない。皇子様を侮る連中をおとなしくさせられるかもしれない。……全ては『かもしれない』の範疇だけど、やらないよりはやってみたいんだ」
千歳は白兎に、八咫の村の場所さえ教えてくれれば一人で行く、と言って笑う。
「ああ、もう!」
白兎は頭をガシガシと掻くと、わかったよと叫んで千歳に人差し指を向けた。
「俺も行く。さっさと行って、とっとと葵を助け出すぞ」
「ありがとう、白兎。では皇子様、兼良さん。……手掛かりをお願いします」
早速出掛けることにした千歳が、草壁と兼良に頭を下げる。二人は頷き、軽く片手を挙げた。
「気を付けて。いってらっしゃい」
「葵の手掛かりは探しておくよ。必ず、帰って来るんだよ」
草壁と兼良に見送られ、千歳と白兎は見張りの目を気にして裏道を辿って村を目指した。
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