第三十一話 ふたつ目の話

「おれの前世は、その幻の国の女王めのおおきみでした」

 衝撃的な告白から始まった千歳の話は、その場にいた全員を驚かせた。

「女王だった? それは本当かい、千歳」

「というか、前世の記憶なんて持っている人がいるんだね……」

 草壁と兼良がそれぞれに声を上げ、白兎と八咫は目を丸くした。そんな四人の反応を当然のことと受け止め、千歳は苦笑いを浮かべるしかない。

「おれも、初めて自分の前世を思い出した時は混乱しました。だけどそれが必要なことだとわかっていたから、信頼する人以外には打ち明けないでおこうと決めています」

 千歳が自分の前世を知ったのは、防人の任を解かれて都に初めて入った頃のことだ。空腹と疲労で頭が真っ白になった時、夢が語り掛けてきた。

「昔から、不思議だったんです。何故、少しだけ先のことを知ることが出来るのか。その疑問の答えが、記憶を取り戻してわかったんです。……おれは前世で、先眼さきのめの力を持っていたから。その力で、一つの国を治めていたから」

「……続けて」

 草壁に促され、千歳は頷く。一つ一つ記憶の扉の鍵を開けながら、丁寧に思い出していく。

「大まかには、八咫が語ったものと同じです。だけど、一つだけ決定的に違うところがある。……まあ、後々に伝えられてきた話が変わってしまうことなんてよくあることですけれど」

 一呼吸置き、千歳は呟くように言う。

「女王が共に国を治めていたのは、血を分けた弟ではありません。……生涯でたった一人、女王が愛した男でした」

「……愛した、男」

「こんな話、自分のことだと思うと余計に口にするのも恥ずかしいんですけどね」

 照れ笑いを浮かべた千歳だが、次の瞬間には表情を曇らせる。

「女王は、幼馴染でもあった男と共に国を治めていました。祭祀まつりを女王がつかさどり、男はまつりごとを司った」

 全てはうまく回っていた。女が神と対話して進むべき方向を決め、男がそれに基づいて国を導いたのだ。

 しかし、運命の日は突然に訪れる。

「ある日の夜、女王は鏡の前で国の行く末を占っていました。すると、唐突に見えた光景がありました。……それは、男の友が国を裏切るという不吉極まりない予見でした」

 男の友は、女王とも親しかった。彼は二人の手助けをし、国に貢献していた。彼の評判は良く、この先もきっと国を共に導いてくれるだろうと信じていた。それなのに、と女王は自らが見たものを信じることが出来なかった。

「今思えば、それがいけなかった。今まで通り、自分を信じればよかったんだ」

 珍しく、女王はその予見に蓋をした。信じたくない未来など、なかったことにしたかった。勿論、男にも伝えることはなかった。

「……でも、あいつにだけは伝えておけばよかった。そうすれば、少なくともあいつを喪うことはなかったのに」

 悔しげに奥歯を噛む千歳。彼の姿を見て、草壁は「もしかして」と思い付きを口にする。

「違っていたらごめん。その幼馴染の男って……」

「きっと、皇子様の予想はあたっています」

 千歳は困ったような諦めたような笑みを浮かべて、男のことを明かす。

「……女王の片腕だった男は、今もおれの傍にいてくれています。その代わり、あいつは前世の記憶を思い出してはいませんけどね」

「え。もしかしてそれって……」

 目を瞬かせた白兎が、ぱくぱくと口を動かす。声に出さないその三文字を、千歳は代わりに言ってやった。

「そう、。……これも、都に来てから思い出したことでしたけどね」

 だから、葵が自分を追って都まで来たと知った時は嬉しかった。それと同時に、これから何かが動き出すかもしれない、と不安にも駆られていた。

「八咫が語ってくれた話に、女王の最期の台詞があったよな」

「あ、うん」

 急に話を振られ、八咫はしどろもどろになりながらも頷く。千歳はそれをそらんじた。

「『わたしは、お前を決して許さない。そして、己を信じなかったわたしをも。必ず再び生を受け、お前の命をもらい受けよう。そして、弟を見つけ出してみせる』だったか。……あんな長い言葉、よく残ってたもんだな」

「石に、石碑に書かれていたんだ。女王様を祀っている。……祠には、女王様が身に着けていたと言われる翡翠の勾玉が収められている」

「……殺された後、ぶんどられたか」

 確かに、常時翡翠の勾玉を首から下げていた。それが女王の象徴でもあったからだ。友であった男は、国のみならずそれにも手を出したらしい。

 呆れる千歳に、八咫は頭を振った。

「確かに盗られたらしいけど、国が滅びた後、女王を好ましく思っていた人々によって見つけ出された。それが、僕らの村に伝わっている」

「そうか……ありがたい」

 少し嬉しそうに頬を染め、千歳は軽く俯いた。そして、背中を壁に預ける。

「まさか、火をかけられて殺されるなんて思いませんでした。その後のことは何も知らないですけど、八咫の話を聞く限りは、あいつもうまくいかなかったようですね」

 同盟を結んでいた大国に裏切られたか、国の中で背かれたか。どちらにしろ、伝わっている中では長い寿命の国ではなかったのだろう。

「で、最期の言葉通りになったってわけか」

「そうだね、白兎」

 だけど、と千歳は緩く首を振る。

「今のところ、あの時の奴の前世を持つ人と出逢ったことはない。……今のおれにとっては、前世の仇を討つことはそれ程重要なことじゃない」

「なら、何が重要なんだよ?」

「~~~っ。白兎、わかってて言ってるだろ」

「千歳、わたしも知りたいな」

 ぐいっと顔を近付けて答えを迫る白兎に、千歳は顔を真っ赤にして抵抗する。しかし草壁らにも答えを求められ、観念してぼそっと口にした。

「……今度こそ、葵と共に生きたいんです。あの時は、一度も想いを伝えなかったから」

 女王が幼馴染の男に伝えていたのは、幼馴染のよしみで国を治めるのを手伝って欲しいという旨のことだけだった。本当の気持ちは、気恥ずかしくて口になど出来なかったのだ。

「同じ失敗は、二度としない。今度こそ、あいつの傍で生きてみせる」

「……信じるよ、千歳。きみの話を」

 千歳の決意を聞き、草壁は迷わずにそう言い切った。「え」と目を見張る千歳に、兼良も頷く。

「きみがくだらない嘘をつく人でないことは、短い間だけど共に過ごしてきてわかっているつもりだ。僕も、疑う余地はないと思っているよ」

「兼良さん……」

「あ、俺もな」

「僕も。女王様に今世で会えるなんて、嬉しいよ」

「白兎、八咫も……ありがとう」

 はあっと大きく息を吐き、千歳は「よかった」と口に出す。もしも信じてもらえなければどうしよう、かと気が気ではなかったのだ。

 そんな千歳の頭をくしゃくしゃと撫で、草壁は彼の背中を押す。

「ほら、行かなくて良いのかな? 葵にも話さなければ」

「そうだな。自分だけ知らないと知ったら、へそを曲げるに決まってるぞ」

 白兎も煽り立て、草壁を援護する。兼良と八咫も大きく頷き、千歳は痛む体を押して歩き出した。

「いってきます」

 草壁たちに話した時とは別の緊張感が、千歳の胸を締め付ける。それでも、必ず伝えなければならないのだ。


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