第三十二話 きみへの想い
葵は、一人で
「よしっと」
棚に書を収め、葵は外へ出る。女官たちとの仕事は終わったため、草壁の元へと戻ろうと足を向けた。
その時だ。後ろから、突然腕を引かれた。
「きゃっ」
「ごめん、葵。おれ、だ」
「千歳? 何だびっくりした――って、どうしたの、その怪我!」
葵は振り向くと同時に、千歳の姿を見て悲鳴を上げた。薬が塗ってあることはわかるが、あて布が何か所もされていて、尚且つ傷口が露わになっている所も多い。その痛々しさに、葵は涙ぐみそうになった。
「ちょっ、こんなところで泣くな」
「な、泣いてない! ちょっとびっくりしただけ……」
そう言いつつもぐじぐじと泣きかける葵に困り、千歳は彼女の腕を再び引いた。人目につかない場所に連れて行こうというのだ。
「こっち、来い」
「うん……」
素直に従った葵が連れて来られたのは、幾つかの建物の死角となった薄暗い場所。表を役人が歩いて行くのが見えるが、簡単には見つからない。
千歳は葵を木の根もとに座らせ、自分は幹に背中を預けた。背合わせの形になり、しばしの沈黙が流れる。
「葵、お前に話したいことがあって探しに来たんだ」
「話? それなら皇子様のところで……」
「皇子様たちには、先に聞いてもらった。で、信じてもらえたから、一番に話さなきゃいけなかった葵に話をしに来た」
「……何を、話そうっていうの?」
一抹の不安と怖さを胸に抱き、葵は自分を抱き締める。千歳が
千歳は葵の様子を見下ろしながら、心の中で「ごめん」と口にした。話さないという選択肢もあったのだろうが、今後のことを考えると話さないわけにはいかない。おそらく、草壁が狙われる理由の一つに二人の過去世が関係しているからだ。
千歳は大きく息を吸うと、ゆっくり吐き出した。そして、葵に話しかける。
「今からおれが話すのは、信じられないような本当の話だ。嘘だと思うかも知れないし、おれの頭がおかしくなったと思うかも知れない。だけど、葵には信じて欲しい」
「……話して。そうしないと、判断なんて出来ないよ」
「ああ」
葵の話を聞く姿勢が整ったと感じ、千歳は衝撃的な言葉を口にする。
「生まれる前、おれは一国の
「―――え?」
ぽかんと口を半開きにして見上げて来る葵に、千歳は苦笑する。
「そんな顔するなよ。それに、驚くのはまだ早い」
千歳はそう言うと、葵に『亡国記』の話を知っているだろうと尋ねた。すると、葵は頷く。
「あの、皇子様が憧れる国の話でしょ? それと何の関係が……」
「気付いたか?」
はっとした顔をする葵に、千歳は頷いて肯定を示す。それからしばし硬直した後、葵は千歳を見上げた。
「――お願い、話して。皇子様たちに話したこと全部。聞かせて」
「わかった」
葵の真剣な顔に背中を押され、千歳は自分と葵の前世について語り始めた。途中、八咫から聞いていた話と交わるところもあったためか、葵は頷きながら真摯に聞いている。
そして友人だった男に殺されたという所で、葵は歯を食い縛って耐えていた。
「そっか……そうだったんだね」
全てを聞き終わり、葵は呟いた。
「千歳が持ってるその力も、女王様が持っていた力だったんだ」
「ああ。そして、不思議な力を持っていたが故に殺された」
「……」
ぎゅっと自分を抱く手に力を籠める葵を見て、千歳は少し後悔した。まだ話すべきではなかったかもしれない、信じてもらえないだろう、と努めて明るく振舞う。
「信じ難いだろ? すぐに信じてくれなくてもいい。だけど――」
「信じる」
「え?」
びっくりした千歳の前に立ち上がり、葵は一生懸命な顔で千歳の目を見返した。
「わたし、信じる。信じるというか、自分の中で『ああ、そっか』って腑に落ちた。……わたしは、千歳の傍にいて良いんだよね?」
葵は、何処かで千歳を以前から知っている気がしていた。勿論幼馴染だから、昔から知っている。だが、それとは別の理由を探していた。その理由が今、わかった。
自分が何者か、どうしてこの世に生きているのか、それを知る人は数少ないだろう。葵は、自分が今度こそ千歳の傍にいるために生まれたのだと信じた。
なにせ、前世で共に国を治め、支え合った仲なのだから。覚えていないために実感は乏しいが、葵は千歳が嘘を言うとは思えないのだ。
「……というか、おれが葵に傍にいて欲しい」
思わず本音が零れ落ち、千歳は口を手で塞ぐ。しかし時は遅く、葵の顔が真っ赤に染まっていた。
「あ。えっと……あ~」
「えっと……千歳?」
要領を得なくなった千歳に、葵は首を傾げる。それは、そういう意味かと尋ねたくなる。
「それって……」
しかし、葵がそれを尋ねることは出来なかった。突然の乱入者があったためである。
「ここにいたのか、千歳と葵!」
「白兎?」
「お前、どうして……」
千歳と葵の頭上に、白兎の影が重なる。屋根を伝って来たらしい白兎は、二人の前に軽く着地した。
「話は後だ!」
着地と同時に吼えるように叫んだ白兎が、千歳の腕を掴む。ぐいぐいと引っ張ろうとする白兎に、千歳は「待ってくれ」と負けない声で叫んだ。
「一体何があったって言うんだ? それを先に」
「来たんだよ」
「来た? 何が来たって言うの、白兎」
不安を宿して揺れる葵の瞳に、白兎の険しい表情が映った。
「皇子様の所に、直接来やがった。……皇太子を下りろ、ってな!」
「
察しの良い千歳に、白兎は頷いた。
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