第二十七話 幻を知る者
「待て!」
巨漢の男が千歳を追う。千歳は決して振り返らず、ただ走り抜けていく。
(待てと言われて待ってたら、死ぬに決まってるだろうが!)
それだけは御免被る。千歳の足は、衰えない。田畑以外に草木しか見えない中、ただは走り続ける。
視界は明瞭で、追っ手は千歳を見失うことがない。仕方がないが、何度か顔の横を
「ちいっ」
手頃のものが見つからない。このままでは、疲れで足がもつれてあの弩の餌食となる。そうすれば、見えた未来の通りだ。
それだけは、未来を変えられないことだけは避けなければ。千歳は歯を食い縛り、追っ手から逃れるために逃げ続けた。
少しだけ時間を遡り、
役人としての仕事を持たない彼は、昼間は寝ていることが多い。しかし草壁皇子に呼ばれれば馳せ参じるし、夜はより活発に動く。
今、白兎は草壁派ではない貴族の邸を見張っていた。千歳と共に良くない話を盗み聞いた、あの邸である。
「……収穫はなし、か」
ため息を一つする。この場に草壁の元を辞してから半日ほどいるが、やはり昼間だということもあって怪しい動きはない。邸の主は役所に出仕しているのだろう。
白兎は伸びをして、音もなく邸の裏に下り立った。ここならば、身分ある者に見つかることはまずない。
その薄暗い場所で、白兎はある人を待っていた。彼とはここ数年連絡を取っていなかったが、草壁と出逢うまではよくつるんでいた人と認められない者の一人だ。
ざっ。砂を蹴る足音が静かに響く。白兎は振り向くと、暗がりに浮かぶ浅黒い顔を見て笑った。
「久しいな、
「またきみに会うことがあるとは思いもしなかったよ、白兎」
八咫と呼ばれた少年は、困ったように微笑んだ。
「それに、僕はもう一度ここに来るとは思わなかった」
「お、一度来たのか? 八咫と最後に会ったのは宮の外だったと思うんだけど」
意外だと目を見張る白兎に、八咫は頷く。
「そう。幼馴染を探している女の子を、ここまで案内したんだ」
「幼馴染を探している……?」
白兎はふと思い、腕を組んだ。うーんと考え込む彼に、八咫は首を傾げる。
「白兎?」
「……なあ。その子の名前、葵とか言わないか?」
「え、どうして知ってるんだ? その通りだよ」
心底驚いた、という顔をする八咫に、白兎は苦笑いを返すしかない。
「葵は、草壁皇子様の元にいる。そして、幼馴染の千歳には会えたから心配は要らない」
「……縁って、意外と近くで繋がっているんだな」
「俺も今、それを実感してる」
まさか、葵と八咫に繋がりがあるとは思いもしなかった。そして、縁は葵を通じて一つの円として繋がる。葵と八咫、八咫と白兎、白兎と千歳、千歳と葵という具合だ。
思わぬ結びつきに感嘆としていた白兎だったが、本来の目的を思い出して我に返った。
「忘れてた。八咫をここに呼び出した訳があるんだ」
「なけりゃ、昔からの友の頼みでもここまで来ないよ。ここは、僕たちにとっては敵の
八咫は
そのために土蜘蛛は一族のみで暮らし、場所は秘されている。葵が八咫に出逢えたのは、きっと運命のいたずらだろう。
居心地の悪そうな八咫に同情しながらも、白兎はその場に腰を落ち着けた。どっかりと胡坐をかく。下が砂地だろうが問題はない。
「八咫に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ。……大昔、この国で滅んだ幻の王国の最期について」
「それを知ってどうするの?」
八咫の疑問は最もだ。白兎もまさか、自分がこの国の太古の物語に興味を持つことがあろうとは思わなかったのだから。
白兎の先祖は、この島国の出ではない。
一つ息を吸うと、白兎は真剣な眼差しを八咫に向けた。
「今、皇子様と千歳の命が危ないんだ」
「それに、物語が関わっていると?」
「そういうこと」
「……わかった」
八咫は微笑むと、白兎と同じように地面に座ろうとした。彼の腕を、白兎が掴む。
「話すのはここじゃない。一緒に来てくれ」
「ああ」
白兎が行くとしたら、目的地は一つだ。八咫は改めて聞くことはせず、手を引かれるがままになる。暗がりを進む二人の足音は、鼠よりも静かなものだ。
「―――っ」
日の当たる場所に出る時、八咫は少し躊躇した。前を見れば、肌の色がわずかに違う者たちが行き交う。その現実に、足が震える。
「……そうだったな」
八咫の変化に気付いた白兎は、一度彼の手を離すと跳躍する。屋根の上から唖然とする八咫に手を伸ばす。
「掴まれよ。あっちには行き辛いだろ」
「あ、うん。ありがとう」
素直に手を伸ばし、八咫と白兎の手が触れ合う。白兎は引っ張り上げ、二人は改めて屋根の上を走り草壁皇子の元へと向かおうとした。
その時だった。
―――ドンッ
「うわっ!?」
「……地震?」
何かが爆発したかのような大きな音と揺れ。体勢を崩しかけた二人だったが、何とか持ち堪える。
しかし、この揺れを感じたのは二人だけではなかった。下を見ると、何人かいた人々が地面に座り込んだり騒いだりして混乱している。
「地震? いや、違う」
「白兎?」
白兎は屋根の上に立ち、ぐるりと周りを見渡した。この混乱状態の中、屋根の上など見る酔狂な者はいない。
遠くを含め見ていた白兎は、ある場所で黒煙が立ち昇っているのを発見した。そして、それが示すものを理解する。
あれは、助けを求める印だ。以前、千歳と二人で決めて草壁に伝えてある。きっと、あの爆発は草壁の所からも見えるだろう。
千歳が、危険に晒されているのだ。白兎は歯噛みすると、八咫を振り返る。
「八咫」
「何?」
「ごめん。先に行かなきゃいけない場所がある」
「――僕も行くよ」
「わかった。ついて来い!」
そう言うが早いか、白兎は隣の屋根へと飛び移った。そのすぐ後を、八咫が追う。
二人は並外れた身体能力を生かし、黒煙の元へと急ぐ。
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