第二十八話 命の助け

「はっ、はっ、はっ」

 千歳は自分が放り投げた謎の袋の威力に驚きながら、同様以上に驚き怯える男と対峙していた。

(まさか、ここまでの力とはね)

 白兎に手渡された時、これほどの爆発力を持つとは思いもしなかった。彼は笑って「何かあって、命を失いそうになったら使え。助けに行くから」と言うだけだった。そして小さな袋を手渡して、良く燃えるものにぶつけろと指示するのみだったのだ。

 だから、千歳は投げ込んだ。あばら屋の中にあった竈の跡に。白兎の暇つぶしの末に作り出された物が、後の火薬によく似たものであるなどと誰が思うだろうか。

「お、おい。それ、何なんだよ!?」

「それはこっちが知りたいくらいだ」

 目の前の巨漢は、明らかにあの音と地響きに怯えている。それでも任務を全うしようとここに立ち続ける気概には、感心するしかない。

 千歳はちらりと背後を見た。まだ山へ向かって道は続いている。

 このまま背を向けて逃げることも考えたが、その瞬間に男の持ついしゆみで射殺されるだけだろう。そんな最期は、真っ平御免だ。

 ならば、戦うしかない。

 千歳は隠し持っていた小型の剣を手にし、男を牽制する。爆音に怯えていた男は、千歳が進退窮まったと見るや、余裕の笑みを浮かべる。

「何だ? 逃げなくても良いのか?」

「逃げても、お前の弩が射るだけだ。ならおれは戦う」

「負けず嫌いなガキだ」

 兎でも狙う狼の気分なのか、男は舌なめずりをすると千歳に飛び掛かった。

「―――ッ」

 弩を飛び道具としてではなく打撃武器として使って来た敵に、千歳は対処が遅れる。ガツンと音がして、頭が揺れる。

 殴られたのだと理解した時、千歳は目の前に地面の石ころが転がっているのを見た。ああ、倒れたのかと内心嗤う。

 ジャリッと足音をたて、男の影で視界が暗くなる。男は千歳が死んでいるのか確認しようと、肩に手をかけた。そのままぐるっと仰向けにされる、そう思った。

「―――おっさん、俺の友に何してくれてんだ?」

「!」

 男の手が千歳から離れ、数歩後ずさった。

 明るくなった視界が、赤い。千歳の頭から出血しているのだ。このままでは命が消える、と感じた。

八咫やた、こっちは俺がやる。千歳を頼む」

「わかった」

 八咫と呼ばれた何者かが、千歳をゆっくりと助け起こす。痛みと衝撃でギリギリ意識を保っていた千歳だが、味方が来てくれたとわかって気が抜けた。

「きみは……」

「僕は八咫。白兎の友だ。千歳、喋らないで。千歳?」

「……」

 それきり、千歳は意識を手放した。八咫と白兎がいるのならば大丈夫、と直感が告げていた。

 白兎は男を牽制したまま、千歳を支える八咫に目をやった。

「八咫?」

「千歳が気を失った。息はあるし、怪我の治療さえすれば大丈夫。……任せて」

「わかった」

 短いやり取りの後、八咫は千歳を引きずるように移動した。木陰に入り、持っていた新鮮な水を患部にかける。そして都へ来る途中に見つけていた薬草を貼り、衣の端を破って包帯代わりに巻いてやった。

「よし、後は静かに寝ていれば大丈夫」

 千歳を横たえてやり、八咫はドカッという音を聞いて明るい方を見た。

 そこには、大男を蹴り倒した白兎の姿があった。体は華奢だが、鍛えた脚の力は大人の男並みだというのは白兎自身の話である。そんな自慢話を話半分で聞いたことのあった八咫は、それが本当のことなんだと考えを改めた。

「白兎」

「八咫。千歳は?」

「寝てる。怪我は洗って薬草を貼ったから、しばらくすれば治る」

「そっか。ありがとな」

 人懐っこい笑みを浮かべた八咫は、気を失って倒れている男を見下ろした。そして動けないと見るや、懐を探る。

 八咫が何をしているのかと見ていると、白兎は「おっ」という顔をした。

「何か見付けたの?」

「こいつの上の奴からのふみらしきもの」

 指二本で挟んでヒラヒラとさせ、白兎はそれを自分の懐にねじ込んだ。それから、眠っている千歳を背負う。

「一度ここを離れよう。帰るのは、こいつが目覚めて帰ってからだ」

 八咫の話も聞きたいからな、と白兎は笑う。八咫にも異存などあろうはずもなく、白兎に従った。

「でも、何処に? 下手な場所に隠れたら、見つかって終わりだろう?」

「それもそうだけど。……あ、向こうに行こう」

 千歳が顎で示したのは、彼らが今いる所から歩いてそれ程遠くない山の斜面だった。いい具合に木に隠れて、地上からだとよく探さないと見つからない。

 白兎と八咫は助け合って小高い場所まで行き、千歳を休ませた。そして彼の隣で、隠れるようにして座る。落ち葉がカサリと音をたて、何処かで鳥が鳴いていた。

「そう言えば、八咫にあの話を聞こうとしてそのままだったな」

「あの? ……ああ、失われた王国の話?」

「そう、それ。時間はあるし、ここで聞いても良いか?」

「わかった」

 八咫は快諾し、目を閉じて頭の中を整える。一度葵にも話したことのある内容だが、今必要なのは王国の最期の部分だ。そこだけを出来るだけ話を省かず、知っていることをまとめる。

「―――滅ぶ直前の王国の様子を話すね」

「頼む」

 頷いた八咫は、落ち着いた声で昔話を語り始めた。

 それは一国の滅びの話であり、一組の男女の悲恋の物語でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る