第十一話 滅びた国

 今日は泊っていきなさい。黒羽の言葉に甘え、葵は彼ら姉弟と共に食事をとった。

 彼らの食事は、簡素なものだ。租・調・庸の税を納めない代わりに、口分田はない。自分たちのための米を作ることは許されず、細々と雑穀を栽培しているという。更に森や山の木の実、川の魚をとって生きている。

 雑穀を炊いたものと、焼き川魚が目の前にあった。しげしげと眺める葵に、八咫が申し訳なさそうな顔で言った。

「葵、食べ慣れないだろうけどごめんな」

「何で八咫が謝るの? ありがたく頂くよ」

 きょとんとした葵は、手を合わせた。「いただきます」と挨拶し、箸をとって温かな雑穀を口に運ぶ。もちもちとした食感に刺激され、葵の顔に笑みが浮かぶ。

「おいしいよ、八咫」

「そっか。よかった」

「ふふっ。葵は美味しそうに食べてくれるから、嬉しい」

 八咫と黒羽と共に、葵は夕餉を食べ切った。

 その頃には既に空には月が昇っていた。暗闇に閉ざされた中、炉の火が唯一の明かりだ。炉を真ん中にして、三人が車座になっている。

「葵、疲れたんじゃないか? というか明日は都へ行くんだろ。寝ろよ」

「そうは言うけど、眠くないの」

 あくびの一つも出ない。そう言うと、八咫が呆れた顔をした。ガシガシと後ろ頭をかき、嘆息する。

「じゃあ、昼間に言った話をしよう」

「昼間のって、もしかして失われた国の話?」

「そう。大昔に滅びた、女王さまの治めた国の話だ」

 ちらりと八咫が葵の顔を見ると、その瞳は火に照らされてかきらきらと輝いている。聞きたいかと問えば、聞きたいという返事があった。

「わかった」

 八咫の隣では、黒羽が弟の話を聞こうという体勢になっている。姉は過不足があれば口を出して来るだろうと踏み、八咫は穏やかな声色で話し始めた。


 その国は、今この村がある所にあったらしい。

 太古より、大陸との交流があった。当時の大国と、小国ながらも同等の関係を築き、信を勝ち得ていた。

 国を治めていたのは、女の大君おおきみとその助けをしていた弟一人。彼女はまつりごとを司る力は持っていなかったが、驚くほどに強い力を持っていた。

 その力とは、先を見る力。名を、先眼さきのめという。

 女王めのおおきみは自らの力を用い、弟の政を助けていた。弟も政の才を持ち、二人の国治めは大きな問題もなく行われていた。

 しかしある時、女王は夢である人の裏切りを見た。それは彼女にとって信じがたく、生まれて初めて眼の力を信じなかった。

 それから数日後の深夜、館で火の手が上がった。火を放ったのは、先眼で見た信を置いていた弟の友の一人だった。

 目覚めた女王は、弟共にその男と戦った。男は仲間を多く従え、弓矢や剣を女王に向けた。激しい戦は、館が焼け落ちた時、決した。

 弟は首を取られ、女王は捕らえられた。

 敵となった男の前に引き出された時、女王は最期に言ったという。

 ―――わたしは、お前を決して許さない。そして、己を信じなかったわたしをも。必ず再び生を受け、お前の命をもらい受けよう。そして、弟を見つけ出してみせる。

 そう宣言し、女王は自ら胸を刃でついて事切れた。

 男は女王に懸想していたとも、男は女王の夫であったとも伝わるが、真実は誰も知らない。


 しん、と静まり返る。八咫がふうっと息を吐いた。

「これが、村に伝わる滅びの国の物語だ」

 何処かで梟が鳴いている。その物悲しさは、物語の女王の想いのような気さえする。

 葵は抱いた気持ちをそのまま口に出した。

「何か、悲しいお話だね。女王さまも弟も、敵になった男もかわいそう」

「この言い伝えからは、弟が何を思ったか、男が何を思ったかはわからない。だけど、それぞれが思い通りにいかない何かを抱えていたことは間違いないと、ぼくは思うんだ」

「そうね。……もしもその先眼の力を持つ人がいれば、その人は女王の生まれ変わりかも」

 なんてね。黒羽は笑い、葵と八咫にもう寝るよう促した。気付けば、夜の闇が深く皆を包んでいる。炉の火も小さくなってきた。

「もう寝よう。朝、ちゃんと葵を案内するから」

「ありがとう、八咫。黒羽さんもおやすみなさい」

「おやすみ」

 八咫と黒羽の寝息が聞こえてきたのは、それから間もなくのことだ。葵は眠りに身を委ねようと目を閉じる。そして、ふと思い出すのだった。

(そういえば、あの先眼っていう力、何処かで……)

 それ以上の思考は、睡魔が許さなかった。葵は規則正しい寝息をたて、そのまま夢の世界へと旅立った。




 傷だらけの女がいる。

 その傍には、彼女が愛した男が、首を斬られて転がっていた。首は革一枚で体とつながっている。血の泉が、段々と広がっていく。

 ―――許せない。

 自分たちを傷つけた敵も、自分自身も。

 歯を喰いしばり吠える女の姿を、男は霞みまどろむ視界の中に捉えていた。

 ―――泣かないでくれ。おれは、お前の笑顔が見たい。

 例えこれっきりの出逢いだったとしても、最期が悲劇であったとしても。俺は、お前と出逢えたことを何よりも嬉しく思う。

 痛みは、もう感じない。魂が天へと吸い寄せられているのがわかる。

 ああ、こいねがわわくは。

 ―――次は、きみが笑顔でいられるよう。最期まで隣にいたい。


 その声が、自らととても近いと思ったのは、きっと思い違いだろう。



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