第十二話 目指す場所へ

 朝日が昇り、そのまばゆさと鳥の鳴き声に目を覚ます。

 ごろりと寝返りを打つと、誰かの足元が見えた。上半身を起こすと、それがこちらを覗き込む少年のものだとわかる。

「ん……?」

「起きたか、葵」

(千歳……? じゃないか)

 寝ぼけ眼に映った幻を苦笑と共に消し、葵は笑みを見せて挨拶した。

「おはよう、八咫」

「よく寝てたな」

 にやっと笑った八咫の後ろから、黒羽も顔を出す。

「おはよう、葵。休めたかな?」

「黒羽さん、お蔭様で」

朝餉あさげできてるから、食べよ」

「はい」

 素早く寝床を出て、葵は姉弟と共に椀を取った。


 出掛ける支度を済ませ、葵は今、黒羽と八咫と共に女王さまの祠の前にいる。

 二本の柱に守られるようにして、それは鎮座していた。頑強な石をくり抜いて作られた祠は、鎮守の杜を背に構えているのだ。中に収められているという勾玉の姿は、ここから見ることは出来ない。

 祠の前で、三人は千歳が無事に見つかるように祈った。

「……よし、これできっとうまくいくよ」

「はい。なんだか、そんな気がしてきました!」

「でしょう?」

「……素直なやつ」

 意気投合する黒羽と葵を見て、八咫はぼそりと呟いた。

「何か言った?」

「なんでもない。そろそろ行こうぜ、日が暮れちまう」

「お願いします!」

 元気よく頭を下げた葵に驚きつつも、八咫は「ああ」と頷いた。

「姉貴、少しここを頼むよ」

「任せなさい。葵を宮の傍まで送って行くんだよ」

「それこそ、心配ないよ」

 くるりと背を向けて歩き出した八咫の後を追おうと、葵は急いで黒羽に頭を下げた。

「ありがとうございました、黒羽さん。楽しかったです」

「こちらこそ、葵。……しっかりやるんだよ」

「はい」

 黒羽に手を振って、葵は八咫を追いかけた。

 葵の倍近くの歩みの速さで進む八咫に追いつこうと、葵は小走りになった。

 二人が進むのは、整備など全くされていない森の道、獣道にもなり切らない不安定な道だ。昔から地方と中央を結ぶ道が整備されつつあったが、それを使うことを土蜘蛛は許されていない。

 だから八咫は道なき道を、迷うことなく進んでいく。

「待ってよ、八咫!」

「遅れずについて来てくれ。そうじゃないと、日があるうちにたどり着けない」

 木々に隠された川を渡り、でこぼこの道を転ばないよう進む。時折湿った土で足を滑らせながらも、葵は必死に八咫を追った。

「……ここで、少し休もう」

「さ、さんせい……はぁ」

 ぺたんと座り込み、葵は荒く鳴った息を整えた。肩で大きく息をして、どきどきと鳴る胸を押さえる。

 彼女の隣では、まだ涼しい顔をした八咫が竹筒に入れた水を飲んでいた。

「疲れたのか?」

「疲れたよ! こんなに急で危ない道をこの速さで歩いたことなんてなかったから。……でも、千歳に会うためだから、まだ頑張れるよ」

「……千歳って、どんなやつ?」

 八咫は葵の傍にある草の上に腰を下ろし、尋ねた。こてん、と葵が首を傾げる。

「どうしたの、突然」

「いや、葵がそんなに想う千歳ってのは、どんなやつなのかなって思っただけだ。葵と幼馴染なら、僕と友になってくれないかな……なんて思って」

 最後の方は尻すぼみ的に小さくなる。少し、八咫の耳が赤いようだ。

「千歳なら、喜んで八咫と友になると思う」

 ようやく落ち着いた息を吐き、葵は千歳を思った。

「……千歳とわたしは、小さい頃はよく一緒に遊んだけど、身分の違いがあって、会うことは無くなっていったんだ。それでも昔からみんなを引っ張る明るさを持っていて、励まされたな。わたしとの本当に些細な約束を覚えていて、それを守るために、防人の帰りに都へ行ったんだって」

「……見つかることを祈ってるよ、そいつが。二人で、またぼくたちの村に来てくれよ。その時は、ぼくも姉貴も歓迎するからさ」

「楽しみにしてる」

 八咫の優しさに嬉しくなり、葵は笑みを浮かべた。温かな気持ちが湧いて来る。

 勢いよく立ち上がり、葵は「行こう」と八咫に言った。

「早く、八咫にも千歳と会って欲しいし」

「もうすぐ、目指す宮が見えて来るはずだ。行こう」

 それからしばらく、同じような道が続いた。山を登り、崖のような細い道をたどる。更に細く深い谷の上を跳び、川を渡る。

 葵は、歩くその先に人工物の気配を感じた。木々の間から、白塗りの壁が垣間見える。

「……うわぁ」

「……ここが、飛鳥浄御原宮だ」

 白塗りの壁に囲まれた広大な敷地の中に、幾つもの立派な建物がある。外からでも存在感を放つさまを見られる高い塔が、葵たちを睥睨しているようだ。

 まだ日は西に傾いて間もない。宮の中では、立派な衣服を着た人々が闊歩する様子も見えた。

「ついに、来れたんだ」

 葵は胸が震えるのを感じた。幼い頃から夢見てきた『都』、全ての真ん中にある場所が目の前にある。隣に千歳がいないことを寂しく思いながらも、彼と共にこの景色を見るためにすべきことを改めて思い出す。

「ありがとう、八咫」

「……ぼくが行けるのは、ここまでだ。後は、葵がやらなくちゃいけない」

「うん」

 首肯し、葵はごくんと喉を鳴らした。

 誰も知り合いのいない宮で、何処にいるかもしれない千歳を探さなくてはならない。それがどんなに時間のかかることか、大変なことかを想像することも難しい。

 だとしても、葵は決めたのだ。

「絶対、千歳を探し出して村に帰るんだ」

「行ってこい、葵」

「またね、八咫」

 自分を見守る八咫に手を振り、葵はついにやってきた飛鳥浄御原宮へと駆け出した。




皇子みこ様、こちらでしたか」

「……兼良かねら

 少し自信のなさげな瞳を揺らし、青年は年上の従者を見上げた。

「彼が、また来ていますよ。今度もまた怪我をして」

「えっ。早く薬師くすしを呼べ」

 青年は慌てて、兼良と呼んだ男に指示を出した。彼が立ち去るのを見届けつつ、ぼそりと呟いた。

「彼は、どうしてそこまでしてくれるんだろうか……?」

 少し前まで見知らぬ者同士であったはずの自分を。


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