第三話 令和

 久し振りの彼女は金髪に戻っていた。

 改札を出て来た彼女を見て驚く。

 結婚して引っ越して、今では三人の母親である。

 だから余計に意外で、嬉しくなった。


 三鷹の実家に用事で戻っていた彼女から連絡が来た。

 少しだけ躊躇したが、懐かしさに勝てずに会う事にしたのである。


「出産が終わったから、戻しちゃった。」

「やっぱり似合ってるよ。」


 年齢を重ねても、はにかんだ笑顔は変わらない。

 僕が現世で最も大切にしたいものの一つである。




 吉祥寺から井の頭自然文化園に沿って暫く歩く。

 真新しいお洒落なカフェに入っていった。

 何と地下はライブハウスになっているらしい。

 二人でアップルジンジャーのシャーベットを頼んだ。

 もう直ぐ夏が来る。


 彼女は子育てしながらマーケティングのバイトをしていた。

 母親を亡くした僕は、ただただ職場と自宅の往復。

 相変わらずの彼女は、まるでオアシスの様であった。


「ラインは始めないの?」

「うん、何か好きになれなくてさ…。」

「新しい事は否定しちゃダメだよ。」

「ううん、別の新しいSNSを始めたのもあるんだ。」

「そうなの?」


 僕は彼女にそのサイトの説明をした。

 自分のユーザーネームを伝えるのは少し照れたけれど。

 彼女は興味津々で参加をするね、と言ってくれた。

 …もっと楽しくなるかも知れないな。


 


 店を出てから彼女に不思議な事を頼まれた。

 趣味で音楽活動を続けていた僕へ。

 僕は普段は長髪を束ねている。

 それを解いて写真に撮りたいと言ってきた。


 そんな事は初めてで不思議に思ったけれど、そうしてあげた。

 彼女は満足そうにシャッターを押す。




 少ししてから彼女がSNSに参加してきた。

 彼女のネームはゲームの登場人物と自分の名前を合わせたもの。

 これでまた、彼女と頻繁に会話が出来る。

 僕は嬉しかった。

 独り暮らしの僕は、自覚は無いけど寂しかったのだろう。


 彼女は生活の匂いがする事は一切書かなかった。

 大好きな猫についてのみ饒舌だった。

 その方針も僕には都合が良くて、日々の楽しみになる。


 あの頃の彼女がネットの中に存在していた。

 まるで武蔵野の森から、賑やかな町に戻ってきた様に。

 夢の中へ。




 ある日、彼女の更新が突然途絶えた。

 そして更新されないまま時間は過ぎていく。

 僕は彼女に何か在ったのだと直感し心配になる。

 彼女自身か家族、…或いは猫に。


 メール連絡も来なかったのでプライベートな事だろう…。

 心配ではあったが、僕からの連絡は止めておいた。




 数日後、彼女から突然メールが来た。

 次の休日に吉祥寺まで会いに来て欲しいとの事。

 僕はホッとしつつ、行けると返信した。

 良かった…。




 その日は晴天で夏日となった。

 既に僕は電車内で缶コーヒーを飲んでしまっていた。

 冷房で汗が引いた事にホッとする。


 待ち合わせギリギリに改札に着いた。

 まだ彼女は着いていなかったので安心する。

 今日も三鷹の実家からかな、それとも…。


 


 しかし彼女は来なかった、幾ら待っていても。

 また汗でシャツが濡れてきてしまっている。

 メールも通話も圏外で届かない。


 立ち尽くす僕の目の前を少女が通り過ぎる。

 紅いリボンの付いた大きめの麦藁帽子を被っていた。


「…あの子だ。」


 今日は、いつも手を引いていた少年は見当たらない。

 少女は独りだった。
















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武蔵野世界線 中邑優駿 @gallantarrow

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