大きな獲物
「さっきはなんで急に走り出したんだ?」
「説明が難しいんだけど、一回僕が止まった時があったでしょ? その時地面に引きずり込まれそうになって、なんとか
帰路で先程のことを説明しながら龍牙はズボンのすそを少しだけ上げ、自分の足首を見せる。血だらけの手に掴まれた痕が強く残っていた。
「噂は本当だったのか……」
「そうみたいだね。でも、掴まれたのが僕で良かったよ」
しゃがみながら龍牙の足首を見る田中。痛そうと呟きながら見つめるも、何もできないと立ち上がり、代わりに坂口を背負うと言いだした。
「大丈夫? 気絶してるから大変だと思うよ」
「大丈夫だって。龍牙が持ててるんだからいけるって」
足のことを心配した田中が坂口を背負おうとしているが、気絶している人を背負うのは難しい。どうしてもというので、心配してくれている田中に甘えて渡そうとしたが、少し持っただけでギブアップした。
「坂口ってこんな重かったか?」
「気絶してる人の体重が全部支えている人に行くから、重くなっちゃうんだよ」
坂口を一度背負ったことがあるのか、背負っている龍牙を見ながら田中が首を傾げている。
「だとしたら龍牙すげぇな」
「ありがと。昔、身長が高くて体重ある人を背負ったことあるから慣れてるだけだよ」
昔、背負ったことがある人物とは次男のこと。次男は甘えん坊で兄弟や親によく甘えたりして、龍牙も甘えられて背負ったことがある。当時の龍牙と兄の体重差は22キロ。全体重が龍牙にかかり、一歩踏み出すたびに汗が額から流れていたのを思い出したのか、苦笑いを浮かべていた。
龍牙は笑いながら軽く言っているが、龍牙を含めた迫田兄弟は怪力の持ち主だ。四男である慶は人の骨を砕くほどの力を持ち、三男は全体重を乗せて腰にしがみつく四男を引きずりながら移動することが出来る。そして、龍牙も男子高校生を抱えながら走れるほどの力を持っている。この男の軽いという発言を
「3年にいる2人?」
「ううん」
「俺会ったことある?」
「ないよ。4つ上だし、家出て専門大学に行ってる」
何度か龍牙の家に来たことがある田中だったが、次男の姿を見たことがない。次男は高校を卒業した後、引っ越し、動物専門学校に通いながらバイトして生活している。ただ、上手く人と話すことが出来ず、接客業でのバイトではなくアルバイトスタッフとして動物園で働いていた。動物と関われる仕事や講義で楽しいのか、毎日のように電話してくるほど、充実しているようだった。
「それにしても怖かったな」
「怖いだけで済んで良かったよ。一歩間違えてたら死んでたわけだし」
「それな!」
「それなじゃないし」
呆れたように龍牙はため息をつき、田中の後頭部を軽く叩いたついでに彼の首に痕もつけた。トンネルの霊を腹に入れることは出来なかったが、心霊スポットに行った後の残り香に誘われ、近づいてくる霊を喰らう気でいるからだ。
「帰り気を付けてよ」
「おう」
すっかり辺りは暗くなり、あたりに誰もいないことを確認した龍牙は黒い影を呼び出した。気絶している坂口を連れて行ってもいいが、そうすると龍牙が家に戻る時間が遅くなる。時短をする為に影を呼び出したのだ。
「頼んだ」
坂口を預かった影が頷き、家の屋根に飛び上がるのを確認し、帰路に着く龍牙。歩道から離れ、住宅街を歩いている。急に足が痛くなったのか、眉間に皺を寄せながら自身の足元を見ると、トンネル内で掴まれた足首にある痕が青白くなり、
「ほんと僕で良かったよ」
背中側に気配を感じたのか、ゆっくりと龍牙が後ろを振り返ると、細長いものを持つ何かが
「ライターがあったら燃やして食べられるのに」
ただ友人と
「ガスで充満してたから火が触れたら危ないか」
龍牙がのんびり考えているあいだにも細長いものは、龍牙を中心に空間を
命を奪おうとしてた何かの上半身たちは目を見開き、振り回されるがまま。まさか、命を取ろうとしていた人間が、掴んで振り回すとは思っていなかったのだ。
「毒ないのか」
驚くには遅すぎる言葉を発し、掴んで振り回している時に龍牙は安堵の表情を浮かべた。そのまま自身の頭上で振り回している何かを勢いよく地面に叩きつけ、怪力によって叩かれたアスファルトには穴が開き、ひびが入っている。
「どうやって食べようかな」
何度も地面に叩きつけては振り回しを繰り返しながら、食べ方を考えている。なにかはまだ意識が残っており、逃げようともがいているが、龍牙の握る力に抵抗できていない。
「ミンチにしたら食べやすいかな?」
坂口を家に送っていた黒い影が戻ってきて、龍牙の問いに頷いた。
「食べたい?」
龍牙がまた問いかけると、黒い影は口があるところから涎を流しながら何度も頷いている。龍牙が手元を見るとすでにこと切れている何かが消えかけていた。
「あ、やりすぎた」
どうしようかと首を傾げる龍牙の目の前で影が人型を崩し、消えかけている何かを丸呑みし、龍牙の足元に戻っていく。
「帰ろ。それからどうすればいいか考えればいいし」
手首にぶら下がっているひも付き懐中電灯をたらしながら、家へと帰って行った。
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