正体不明
「これ以上ここにいたら危ないね」
「ど、どうするんだ?」
「帰るしかないよ。でも、前は見ちゃダメ」
「後ろ向きで歩くしかないのか?」
真っ暗なトンネルの中を明かりも無しに歩くのは困難だ。暗闇でも道が見える龍牙なら出来なくもないが、さすがの龍牙も後ろ向きで歩くのには慣れていない。
「もう1つ方法はあるけど、絶対に目は開けないでね」
もう1つの方法。それは黒い影を出し、目を
「目まで閉じたら完全な暗闇じゃねぇか」
「どっちがいい? 後ろ向きと正面を向くけど目を閉じて歩くの」
「それだったら後ろ向きの方がいいな」
後ろ向きで歩くことが決まり、龍牙はちらりと自分の足元を確認する。そこから黒い手が伸びていた。
「じゃあ、僕が合図したら下を向く。そして後ろ向きで歩く。それでいい?」
「お、おう」
「それまでは目を
龍牙の指示通り、目を
「目開けていいよ。それと歩き始めたから転ばないようにね」
「おう」
ゆっくりと後退する龍牙達。その間に黒い影が襲ってきた霊を片手でいなしたり、蹴ったりしていた。そのたびにトンネル内で霊の悲鳴が響く。反響しながらトンネルの壁をすり抜けていき、その間に龍牙達は歩を進め、あと少しで外に出るというところで龍牙の足を血だらけの手が掴み、地面に引きずり込もうとしていた。少し驚いた表情をし、立ち止まる龍牙。つられるように田中と坂口も止まり、黒い影が振り向きざまに血だらけの手に向けて勢いよく踏みつけた。見ないように前だけを向いている田中と坂口にも、地面を強く踏みつける音が耳に届く。
「ひ、ひぃ」
「後ろ見ちゃだめ」
「お、おう」
黒い影が手を何度か蹴り、龍牙の足首から離れたすきに3人を後ろへと下がらせていく。足を強く掴まれた影響か、歩くたびに龍牙は痛そうに顔を歪めたが、それは誰にも見られていなかった。
後ろ向きで歩いていても、背中側から光がトンネルの中を照らしているのが分かってくる。
後もう少しで出口だ。そんな時、一瞬だけ龍牙の視界を横切る細長いものが黒い影の腹を両断し、影は湯気のように消えた。ただものではない何か迫っているのを察知した龍牙は2人を脇に抱え、光に向かって走り出した。
「下向いて、口を閉じて」
いきなり抱えられた2人は目を見開いて、驚いている。龍牙が急に走り出したから、何も言えなかったのだ。とりあえず指示通りに下を向き、舌を噛まないように口を閉じた。男子高校生2人を抱えているとは思えない程の速さでトンネルを抜け、距離をとる。息を整えながら龍牙が自身の足元を確認すると、地面から黒い影の手が伸び、先程掴まれた足を撫でていた。自分は平気だが、龍牙は大丈夫かと心配しているかのように。
「はぁ」
細長い何かに黒い影が消されたが、その正体は見られず、龍牙は2人の安全を優先した。そうしなければ命が失われていた可能性があったからだ。2人を地面に降ろし、トンネル内をもう一度見ると、トンネル内で細長い何かが
「急にびっくりしたぞ」
「ごめんよ。説明してる暇もないほど危なかったから」
文句を言う田中に目を閉じて申し訳なさそうに眉尻を下げる龍牙。文句を言い続ける田中に謝ってばかりいる龍牙の隣で、坂口が呆然としながらトンネルを見ていた。あまりにも静かな坂口に田中と龍牙は不思議そうに声をかけるも返事は来ない。それどころかトンネルに向けて歩き出したのだ。
「坂口、お前何やってんんだ」
心配する田中が前に坂口の前に行って肩を掴んで揺らしているが、坂口はトンネルを見ている。彼の目には何も映っていなかった。
「おい、坂口」
一生懸命声をかけて動きを止めようとするも、押されて止められずにいた。助けを求めようと田中が龍牙に目を向けると、口に指を当てている。そして、自身の手を猫のように爪を立てながら弓を引くように後ろに下げ、坂口の背中に向けて思いっきり突き出した。男子高校生2人を持ち上げるような力を持つ龍牙が、坂口の背中からお腹までを貫通させてしまうのではないかと思ってしまうほどの速さで突き出し、それを見ていた田中は悲鳴を上げた。
「お、お前、何やってんだよ」
「憑りつかれてたから除こうとしてるだけだよ」
「ビビらせんなよ。殺しちまうかと思ったじゃねぇか!」
怖すぎて涙目になっている田中をよそに、龍牙は坂口の体を見ながら憑りついた奴を探していた。実際は黒い影が龍牙の手を介して坂口の体の中に入り、探っているのだが。
「ああ、やっぱり」
「な、何がだ?」
「坂口の中にトンネルにいた霊が憑りついてた」
黒い影が坂口の中にいる霊を見つけ、龍牙に渡している。それを掴んだ龍牙は坂口を傷付けないようにゆっくりと腕を引き、影は体の中で暴れる霊を押さえつけている。抵抗してはいるものの、影と龍牙には勝てず、引き抜かれて大きく振りかぶって投げた龍牙によってトンネルへと戻された。
体の中からいなくなったことで坂口の体が前に倒れていくが、龍牙が支え、おんぶをした。
「帰ろうか。これ以上いたら本当に死にかねないし」
「……なんか疲れたわ」
「明日休みだし、ゆっくり休みなよ」
「そうするわ」
トンネル内から覗く何かを龍牙が警戒しながら。
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