競争
体調不良から戻ってくる田中と坂口。姿を見せたのは1週間振りだった。
「よぅ、龍牙。元気にしてたか」
「もちろん。元気にしてたかって聞くのはこっちの方だよ」
田中と坂口が元気よく教室に入って来た途端、クラスメイトから心配の声でもみくちゃにされていたが、それもようやく解放され、龍牙の元に来た。じっと2人の体を見るも、どこも1週間前とは変わりもなく安心する龍牙。
「そういや、意識がねぇ時に夢を見てよ。黒い人影に抱えられてて変な感じだったぜ」
「変なって?」
問い返すと、田中は首を傾げながら思い出そうと視線を右上に向けている。
「見た目冷たそうなのに人の体温を感じてな」
「それは、変わってるね」
「だろう?」
「それ、俺も見たわ」
「坂口もか!」
同じ話題で盛り上がっている所を羨ましそうに見ている龍牙だったが、参加はしなかった。黒い人影は自分自身だからだ。詳しく言ってしまえば、オカルトに興味がある2人が更なる質問をしてくることを考えて。
「最初は、グー」
「じゃんけん」
各々が自分達のするべきことをしている中、昼休みに食べるパンをかけて田中と坂口は自習中に小声でじゃんけんをしていた。その声を聞きながら龍牙は自習をしている。
「うわぁ、負けた」
「よっしゃあ」
「終わった? じゃあ、やろうか」
ガッツポーズをする坂口と落ち込む田中に、声だけを聞いて様子を
「寝るなよ、龍牙!」
「なんでよ。やること終わらせたんだから僕の自由でしょ」
遮光メガネを取り、ケースに入れて机に伏せようとしたら田中に肩を押さえられた。
「教えてくれ!」
「まず自分で解きなよ。それでも解らなくなったら教えるし」
田中の手首を掴んで上に上げて離れさせて寝始めた。龍牙と知り合ってまだ半年だが、寝始めたらなかなか起きないことを知っている2人は、しぶしぶ自習用の紙で問題を解き始めた。ときどき唸りながら。
終了のチャイムが鳴り、龍牙が目を覚まして起き上がると、涙目になっている2人が龍牙を見つめていた。寝起きに2人の酷い顔を見た龍牙は、眉を八の字にして困った様子で体を後ろに傾け、見ている。
「なに」
「終わらなかった……」
「分からなくて終わんなかったの?」
「おう……」
「起こせばよかったのに」と言いながら机の上を片付け始める。
「それよりいいの? 購買に行かなくて」
「忘れてた!」
財布を手に持ち、立ち上がる龍牙を見て思い出した田中が鞄から財布を取り出すと、教室を慌てるように出ていった。
今日はシナモンパイが売られている日で、焼きそばパンと同様に人気だった。購買でパンは定期的にしか売られず、販売させる前日に知らせが入る。
人気のパンは50個しか作られず、全生徒500人いる中で競争に勝ったものしか買えない。しかも、買うには整理番号が必要なのだ。昔は来た順番で買えていたのだが、横入りや奪うものが現れて、新たにルールが作られるほど。そのルールを作るきっかけとなったのが、龍牙達の長男である竜之介だった。
当時、生徒会長をしていたわけではないが、あまりにも秩序が悪すぎて、普段怒らない人物が鬼のような形相で当時の生徒会長へ訴えに行ったことから、このルールが作られたのだ。
当時を知っている先生たちは、その時の竜之介のことを『般若侍』と呼び、竜之介を知っている後輩たちや同級生、不良たちは決して怒らせないようにしようとも誓ったのだった。
それの影響もあってか、今の先生たちは少しだけ迫田家の兄弟達を恐れている。
「買えるかね」
「運が良ければ買えるでしょ」
走っていく田中の背に「走るな」と龍牙が声をかけるも、急いでいる本人には届いていなかった。
龍牙の隣でゆっくりと歩きながら先を見る坂口は財布を持っていない。時々2人はじゃんけんをしてどちらかに
購買所に近づくにつれ、生徒たちの声が廊下にまで聞こえてくる。なにやら揉めていた。
「何が遭ったんだ?」
「龍牙ー!」
「どしたの?」
田中が龍牙の姿を見た途端駆け寄り、泣きながら抱き着いた。抱き着いた後誰かを指差している。その指の先を
「あいつ、俺が手に入れたやつを取ったんだよ」
「田中が先に来たの?」
「そうだよ。なのにあいつが」
田中を離れさせると、先輩のところに向かっていく。
「先輩、それ僕の友人が先に取ったやつだから返してくれませんか」
「あ? 俺が先だっての」
「規則知らないんですか?」
「だから何だってんだよ」
怒声を上げる先輩に周りは驚き、身を
「うっさ。そんな大きな声上げなくても聞こえてるっての」
「クソガキ!」
殴りかかろうとしていることに周りから悲鳴が上がる。龍牙は静かに息を吐くと、龍牙の影が揺れ動いた後、先輩の影と繋がり、黒い人影が先輩の足を掴んだ。龍牙は当たらないように体を少し横にずらし、その前を勢いよく倒れる先輩。突然のことで手で床を抑えることが出来ず、顔面衝突した。
その時に飛んでいった券を龍牙が手に取って、田中の元に戻っていく。
「はい」
「助かった。ありがと龍牙」
「どういたしまして。疑ってはいないけど、一応確認しよっか」
「おう」
整理券を出している場所に向かおうとすると、勢いよく立ち上がった先輩が龍牙の肩を掴んだ。その鼻から血が出ている。
「なに」
「逃げようとしてんじゃ……」
「騒ぐんじゃねぇよ、クソ野郎」
不快そうに眉間に皺を寄せた龍牙が後ろを振り返ると、先輩の後ろに四男が立っているのが見えた。
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