霊感
「今から足の近くを蹴りますけど、何も反応しないでくださいね」
「は、はい」
先輩の了承を得て、龍牙が膝を曲げて片足を上げると、しがみついているおじさんの顔すれすれに向けて勢いよく足を通過させる。霊感があれば、おじさんのひえっという情けない声が聞こえたりするのだが、幸いにも先輩は聞こえていなかったのか何も反応はしていない。おじさん幽霊は顔近くを通り過ぎた足に驚き、先輩の片足から離れるも、無理矢理剥がしたことに怒り狂って龍牙に近づいてくる。学校では食うなという約束と昼食前ということもあり、龍牙は自分の目の瞳孔を細くし、威嚇のために歯が見えるように一瞬だけ片側の口角を上げた。覗いた口の中から犬歯が見えたそれは、他の人よりも鋭く長くなっている。
「……あとで兄貴殴ろう。それで足はどうです? 痛み無くなりました?」
「すごい……まったく痛くないです」
おじさんは転げながら慌てて逃げていく。目は見えていないはずの幽霊が龍牙を恐れるのは不思議だが、今すぐ離れなければ喰い殺すという彼の殺気を感じ取って逃げていったのだろう。完全にいなくなったのを確認して先輩に顔を向けると、すっかり痛みが無くなったのか、自分の右足を感動しながらじっと見ていた。
「あ、ありがとうございます」
「感謝の言葉はいらないです。そのかわり、何をくれます?」
手を差し出し、龍牙は幽霊が居なくなったお礼に物を貰おうとしていた。
「お、お金は……」
「お金じゃなくて物がいいです。お金のほうがいいって先輩が言うならそれでもいいですけど」
「も、物で」
「なら売店にある物を1つ何か買ってください。渡すのは放課後でもいいんで」
「わ、分かりました」
一通り話が終わった龍牙はさっさと自分の教室へと戻っていく。その胸に兄への怒りを
「なんで昼に呼び出すかな……」
兄に対する不満を口にしながら、龍牙は教室に戻っていく。クラスメイト達は昼食が終わり談笑していたり、話しながら食べたりしている者たちがちらほらいた。
「おかえりー」
「もう食べ終わったのか」
「まぁな」
先程のことを思いだしているのか、ため息をつきながらスクールバッグから弁当を取り出し、開けて食べ始める。
「相変わらずお前のお兄さん怖ぇな」
慶の身長と存在感を思い出したのか、自分の腕で体を包み込みながら震えている田中。
「龍兄さんがいないからやつ当たりで僕に当たってるだけだよ」
「もう1人は今日いないのか?」
「体調崩して今日は休み」
弁当のふたを開け、ご飯をゆっくりと食べていく。味付けの為に付けられた梅味のふりかけ。だし巻き卵にソーセージとからあげ。ミニトマトに果物でリンゴが入っていた。
「それだけで足りんの?」
「足りるよ」
弁当を覗き込む田中の言葉に返しつつ、龍牙の頭の中は反対のことを思っていた。本当はすごくお腹が空いているのだ、と。だが、心配されることで面倒なことに巻き込まれたくない龍牙はここでも嘘を吐く。味は何もしないが、触感はある。それでもすべてを食べきることで親を心配させないようにしていた。
何気ない会話をしていると、転校生の
「迫田君で合ってる?」
「そうだけど」
「迫田君の周りにいるのってなんなの?」
「周り?」
龍牙が自分の周りを見渡し、何も見えない風を装って首を傾げている。本当は見えているのだが、学校では見えないことにしていた。後から知り合いに成仏させてもらおうとしている幽霊たちのことが伊藤は見えているのか、不思議そうに見ている。
「何も感じてないの?」
「全く。てか質問ばかりだけど、僕に興味があるの?」
「あ、いや、お祓いとかに行った方がいいよって言いたかっただけ」
「それはどうも」
彼女に言われなくても毎週
「こっくりさんね……」
「こっくりさん、興味あんの?」
「全然。馬鹿なことするんだなって思っただけ」
食べ終わった弁当箱を鞄の中に戻し、時計を見る。午後の授業が始まるにはまだまだ時間がある。同級生たちの盛り上がる声に龍牙が耳を傾けていると、伊藤が止めるよう声をかけていた。だが、女性生徒たちは笑って馬鹿にしているだけ。それでも伊藤は必死に止めようとしている。それをすればどうなるかわかっているからだ。
「伊藤さん、止めようとしても無駄だよ。そういうのって怖いもの見たさでやるからどれだけ止めようと止められない。特に自分たちの年齢の時って好奇心のほうが強いし。やりたいならやらせればいいよ」
「で、でも」
「狂ったら狂ったで自己責任だなって思えばいいし」
無責任な発言をする龍牙だが、実際に被害に遭わなければ分からないという人がいるのも事実だ。いくら止めても耳を貸さない。なら諦めるしかないのだ。それに、こういう話をするだけで霊が来てしまうこともある。その証拠に、既に窓に張り付き、教室内に入ろうとしてきていた。ここに龍牙がいなければ、中に入って誰かに取り憑いていただろう。
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