取り込む
眉尻を下げ、龍牙が助けてくれるのだということだけ男の子はなんとなく分かってくれたと、男性は口を動かしていた。
「それでいいよ。後は専門の人に任せるし。他に困ってる事があったらその人に聞いて」
龍牙が毛布に
「馴染むまでしばらく待ってくれる?」
悪霊とは違い、会話が出来る霊は意思を持っている。時間はかからないが、それに龍牙の意識が持っていかれないように霊を自身に馴染ませる必要があった。
「はい、次。サラリーマンの人」
無事完了したのか、様子を見ていた男性に両手を差し伸べている。今、絶賛思春期中である龍牙が、大人の男性に抱き着くのは少し抵抗があるのだろう。男性の手首を優しく掴み、少しずつ自身の体の中に入れていた。男性は砂のように手から崩れ落ちているが、その表情に恐怖はない。どちらかと言えば、安堵したかのように表情がゆるくなっている。
「大丈夫」
もう足しか残っていない男性を体の中に入れつつ、少しだけ不安そうな雰囲気を
「ああ、見てたんだ。安心してよ。住み分け出来るようにしてあるから」
老齢な女性が龍牙の部屋に来る前、路上で彼が口元を血で染めていたのを見ていたのか、今さら戸惑い始めている。
「……普通は安心出来ないか。なら、取り憑いていいよ。僕の中に入ったら自由な行動は出来なくなっちゃうし」
それなら問題ないでしょと言わんばかりの顔を龍牙はしている。その言葉に憑いてもいいのかと口を動かしていたが、
「取り憑いた? なら、あとは見せるだけかな」
女性が龍牙の腕を掴んだのを確認すると、毛布を頭から被ってベッドに横たわった。布団越しにじっと見られていても関係なく目を閉じ、彼は眠りにつく。
♦♦♦♦♦
日差しも入らない真っ暗な部屋に、スマホの目覚ましアラーム音が鳴り響く。時刻は朝の7時。毛布がもぞもぞと動き、何かを探すようにそろりと伸びた手が枕元で左右に動いている。
「……うーん」
のそりと起き上がり、ベッドボートに置いてあるスマホを取って、今も鳴っているアラーム音を切るために電源を付けた。暗い部屋で見るあかりが眩しいのか、龍牙は目をしぼめ、眉間に皺を寄せている。
「ハァー……」
お腹を満たすために夜な夜な出かけているせいか、毎日が寝不足な龍牙にとって学校で過ごす一日は辛いものだったが、自身で選んだ学校には行かなければと律していた。光に慣れるためしばらく瞬きをし、眼鏡ケースから遮光メガネを取り出してかけ、ベットから立ち上がると、真っ暗な部屋でぶつかることもなくドアへと向かい一階へ向かった。
朝起きたらうがいをすると迫田家のルールとして決められている。小さい頃からの習慣が体に付いている龍牙は、リビングに向かわず洗面台へ向かい、いったんメガネを外してからうがいをし、ついでに暖かいお湯で眠け覚ましに顔を洗った。
「おはよう」
「おはよう、今日は早かったね」
リビングのドアを開けると、朝食を作り終わった母親が机に5人分の食事を並べていた。父親は新聞を広げながら椅子に座って読んでいる。
母親が言うようにいつもなら龍牙の兄2人が起きているのだが、今日は起きていなかった。どちらかがすでに起きていることはあるのだが、2人してまだ寝ているのは珍しい。
「起こしてくる」
「お願いね」
頭を掻きながら龍牙は兄たちの部屋がある二階へと階段を
「いってぇな! 何しやがる!」
「揺すっても起きないでしょ、いつも」
「だからって叩くんじゃねぇよ」
勢いよく起き上がり、文句を言っている慶の左頬には手形が付いていた。
「龍兄さん、大丈夫だよ。もう少しで来るからね」
いまだ苦しそうにしている。龍牙の言葉が届いたのか少しだけ表情を緩んだが、それでもまだ悪夢に
「僕がどうにか出来たら良かったんだけど、生憎そんな力とかは持ってないからな……」
龍が苦しんでいる原因は、霊に憑りつかれていることだった。個性的な兄弟たちの中で龍は一段と優しい性格だ。それ故に体内に入られ、悪夢を見ることが多くなる。お祓いとなると専門家の力が必要だが、幽霊が見えて、悪霊を食べるだけの龍牙にそんな大層な力は持っていなかった。
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