実際にやられると殺意が湧くって話だよ

@chauchau

締め切りいつか分かってんのかァ!?


 ストローを噛んではいけません。

 耳にたこができるほど母に言われた私の悪い癖。せっかく治り始めていたというのに、まったくもって台無しじゃないか。


 それでもどうか、拝啓お母様。

 愚かな娘の癖をお許し頂けないでしょうか。ていうか、ストローを噛む程度で我慢している私の器の大きさを褒めてもらえないかな、ちょっと、いや、マジで。


「雫さーーんッ!!」


 氷だけが残ったプラスチックのコップ。

 中の氷をかみ砕くのはさすがに見目が悪いのか。それとも、


「好きだァァァア!!」


 メリーゴーラウンドの白馬に乗って愛の告白を叫ぶあの馬鹿よりはマシだろうか。

 雫という女性が可哀想だ。日曜日の昼間、家族連れも多い遊園地のど真ん中で、メリーゴーラウンドに乗った男から告白されるなんて。いったいその女性は前世でどれほどの罪を犯したというのだろう。


「雫さーーんッ!!」


 回転する木馬は当然ながら、何度も同じ場所へとやってくる。

 ともすれば、座ったままの私の元へあの馬鹿がやってくることも当然のことであろう。


「世界中の誰よりも貴女を愛して、あぁぁあ……ッ!!」


 長い台詞はメリーゴーラウンド告白には合わないらしい。

 なにせ言い切る前に白馬は無情にも反対側へ行ってしまうのだから。そこに主の意志など関与する余地はない。そもそも上に乗っているだけで主ではないのだろうけど。


「ぁああ愛してますぅうう!!」


 あああ、と言い続けて一周してきたのだろうか。

 だとすれば、せっかくの日曜日に家族とお出かけした子ども達に軽いトラウマを植え付けてやいないだろうか。

 だって、そうじゃないか。想像してほしい。あなたが子どもの時にお父さんお母さんに連れてきてもらった遊園地のメリーゴーラウンドで「あああ!」と叫びながら流れていく男が居たとしよう。

 怖いっての。


「雫さーーんッ!!」


 うるっせぇな。


 いったい何周すれば気が済むのだろうか。

 雫さんという奴も、さっさと反応してやれば良いんだ。無反応だからあの男は馬鹿犬のように声を張り続けるんじゃねえか。飼い主ならしっかり最後まで面倒みていきやがれ。


「雫さーん! 見てくれましたカンドリュ!?」


 止まったメリーゴーラウンドを降りた男が、走り寄ってくる前に、私は握りつぶしたコップで男を黙らせた。


 よし、これで周囲にはバレずに。


「あの子が雫なのね」

「ママー、おにいちゃんぶっとんだー」

「恥ずかしい乙女心ってことよ」


 …………、バレずに済んだな。



 ※※※



「コップを投げるのはいくらなんでもひどいっすよぉ」


 残念ながら軽いコップでは私が逃げる時間を稼ぐには不十分な威力しか出すことが出来なかった。すぐに起き上がった男は、いまも私の斜め後ろにぴったりとくっついて離れない。


「もしかしてっすけど、さっきの気に入らなかったっすか」


「気に入ると思ってたんならてめぇの脳みそを捨てちまえ」


 メリーゴーラウンドから告白されるなんて馬鹿な行為を喜ぶ馬鹿がどこに居るというのか。迷惑以外の何者でもありはしない。


「ですけど、恵美さんが、雫はこういうのが好きだよって」


「そうか」


 珍しく月曜日に学校へ行くのが楽しみになってしまった。

 私の親友を語る巫山戯たポニーテール娘を半殺しにしてやらなくては。


「いまだに白馬の王子様を信じているからって」


 全殺しだ。


「……やっぱり王子様の衣装を借りるべきだったかな」


 馬鹿に迷走させるといつまでもゴール出来ない良い見本が後ろにあった。


「おい、そんなことよりも例のアレ」


「大丈夫っす、ちゃんと持ってきてるっすよ」


「よこせ」


「駄目っすよ。今日の最後になったら渡す約束っすし」


 私が暮らす町は、都会から見放された田舎だった。

 電車で二時間かけてようやくたどり着く遊園地だって、年代物のアトラクションが四つくらいしかない小さなものだ。しかもボロいから別の意味でスリルを味わうことが出来る。

 田舎は、物流だって悪い。

 どうしても欲しい本があって、どれだけ探しても見つからなくて。本屋を締め上げても入らないものはどうしようもないと泡を吹かれた。


 それを持っている。渡しても良い、と目の前に現れた一年年下の松下隆という男が、交換条件で突きつけてきたのが、


「ちゃんと今日一日は俺とデートしてもらいますから!」


 ……いまなら、誰にも目撃されずにこいつを締め上げて物だけ奪えないかな。


 それでも、いくら寂れた遊園地でもほかに娯楽がないのだから親子連れはそこそこ多い。

 力尽くで奪うにはもう少し時と場所を選ぶしかないと、私は可能な限り人気の無い場所を求めてさまようことにした。


「何が良いのかね」


「何がって何がっすか?」


「私とデートとかして何が良いのかねって話」


 口調こそ荒いのは自覚しているが別に私は不良じゃない。

 ちょっと週に三回程度先生に呼び出し喰らうだけで、ちょっと町を歩けば絡まれるだけで、ちょっと色んな連中が怯えてくるだけで。別に私は不良じゃない。

 降りかかる火の粉を払ったらそうなったんだ。誰だって怪我したくないから抵抗はするだろ?


「まず顔が好きっす」


「顔かよ」


「大事っすよ! 超!」


 笑えてしまうが、適当に綺麗な言葉を並べる連中よりは信じられる。心地良いかどうかは置いといて。


「あと実は優しいじゃないっすか」


「褒める気あるか?」


「めっちゃ褒めてるっすけど」


 じゃあ、実は、とか言うなし。

 どこからどう見ても優しさの固まりだろう、私は。なにが実は、だ。


「どちらかと言えばノリも良いっすし」


「さっきの糞みたいな行動で帰らなかった私にどちらかと言えばを付けるか」


「友だち少ないっすけど」


「厳選してんだよ」


 いまのところ、友人は恵美一人だけである。

 ポケットに入るモンスター的に言えば、いまの私は旅の仲間を探してる途中ってところだ。


「他には……あー……、ちょっと待ってくださいっす」


「おしまいかよ」


「あと五分」


「寝起きかよ」


 残念ながらバイトもままならない高校生に外食するという選択肢は見つからない。そこで遊園地の草っぱ広場で色気のないブルーシートを広げて弁当をかじるしかなかった。


「お待たせしましたっす」


「もう三度目だな、随分しつこい電話みたいだったけど」


「彼女じゃないっすよ?」


「仮にそうなら話が早くて助かるんだけどな」


 二股をかけるような男は池ポチャで解決できるって名探偵も叫んでいた。

 電話しているこいつは、遠目にもなにかしきりに謝罪しているようだったので、桃色吐息な会話ではなさそうだったけど。


「美味しいっす」


「そらどうも」


「料理上手なところも好きなポイントっす」


「今増えたことじゃねえか」


 わざわざ買い出しに行くのが面倒で、保存食代わりの缶詰でつくった弁当は日曜日のデート用かと言われれば、夜の酒の肴みたいなメニューばかりになってしまっていた。


「っすけど……」


「文句あるなら食うな」


「弁当にミネストローネ持ってきた人初めて見たっす」


「初めて奪っちゃったぜ」


 保温性が売りのどでかい魔法瓶水筒にぶち込んだのはじっくりことこと煮込んではいないトマトスープことミネストローネ。冷蔵庫の残りモノの処理として優秀なんだよ。


「ギャップの激しい人っすね」


「それに告白するほうが悪い」


 告白した男とされた女。

 二人の会話としては一切の色気がないけれど、実際こいつと付き合う気がないのだから仕方ない。夢物語は漫画の中だけで充分なんだ。


「そこが興味を覚えた最初でしたっす」


「ストーカーかよ」


「雫さんがたまたま買っているところを見ただけっす」


 私が本屋で購入しているものはそこまでギャップがあるだろうか。

 あるだろうな。

 本屋のバイトが新しくなるといつも意外そうな目をしやがるからそのたびに店長を締め上げるのが大変なんだ。


「ちょっとすいませんっす」


「またかよ」


 四度目になる電話に出た松下が、離れた場所でやっぱりぺこぺこ謝っていやがる。風に乗って缶詰って言葉が聞こえるけれど、あいつはいったい何の話をしているんだろうか。


「胃が痛ぇ……」


「それは大変だな。よし、じゃあ今日はもう帰ろう」


「今日一番の反応をありがとうございますっす。でも、帰らないっすよ」


「ちッ」


 結局、私はその日一日こいつとデートを楽しむ。……? 楽しんではいないな。対価として働くのであった。



 ※※※



「おはよう」


「おはよう、親友。ところで聞いても良いかな」


「良いぞ」


「あたしはどうして出会いがしらにアイアンクローされているんだろうか」


「松下へのリーク」


「あたしは死なねぇ! まだ見ぬイケメン彼氏をゲットするその日まで死ねねんだァ!!」


 教室で行われる可愛らしいじゃれ合いは、学年主任と生活指導の女ゴリラが飛んでくるまで続けられることになった。

 訂正、女ゴリラともじゃれ合ったので、飛んできてしばらくまで続けられることになる。


「なるほど、マジでやったんだあの子」


「くだらねえ嘘つきやがって」


 苦痛の日曜日を乗り越えて手に入れたブツを私は読みふける。昨日もずっと読んでいたけれど、たとえ五回目であろうともこの感動は変わらない。


「少女漫画脳の乙女チックヤンキーがどの口でモノ言うかなぁ」


「リアルにまで持ち込むな、ド阿呆」


「で? その松下くんがどうしたのさ」


「しばらく休むって夜に連絡あった」


「何したのさ」


「何もしてねえよ。なんかやらなきゃいけないことがあって逃げられないとかなんとか」


 私が好きな松ぼっくり先生の最新刊。

 やっぱり恋は漫画の世界だけで良い。


「そんな松ぼっくり先生がさきほど絵をSNSにアップしたよ」


「見せろ」


 ひったくり、画面には一枚漫画。

 男の子がメリーゴーランドに乗って女の子に告白する漫画。どこかで見たな。


「……最高」


「実際にやられた感想は?」


「殺そうかと思った」


「ままならないなァ」

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