俺はもう走れそうにねぇよメロス、そもそも動いてねぇ
深夜、竹馬の友セリヌンティウスは王城に召された。
暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。
俺は磔にされながら、そのさまを見ていた。
メロスはセリヌンティウスにすべてを語った。
セリヌンティウスに憎しみの言葉もなければ祈る言葉もなく、
無言で首肯いて、ひしとメロスを抱きしめるだけだった。
この世のありとあらゆる言葉を使っても言い表せぬ思いを、
セリヌンティウスはただそれだけでメロスに伝えたのだ。
セリヌンティウスは、すぐに磔にされた。隣には俺がいる。
メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
++
俺とセリヌンティウスはこのような感じであった。
++王
今こんな感じで王がいた。
「これよりお前たちは三日間磔にされ、三日後に生きたままに焼かれる」
嗄れた声で暴君ディオニスは言った。
言外にメロスは帰って来ぬという意味合いが含まれている。
セリヌンティウスはかぶりを振った。
「王よ、メロスは帰ってきます」
「籠から逃してやった鳥が、わざわざ籠の中に帰ってくるというのか?」
「そうです、帰ってくるのです」
静かな声だった。ただ世の真実を滔々と語るようにセリヌンティウスは言った。
「馬鹿め」
暴君ディオニスもまた、全てを知る者のように応じた。
「ええ、そうです。人を信じるというのは馬鹿になるということです。
王よ、精々悧巧であるが良い。そうやって自惚れているが良い。
我が友メロスは私のために死ねるのだ」
「ふ……」
暴君が吐息を漏らしたのは、感銘を受けたからではない。
ただ、真実というものを知らず、騙されて死ぬ眼の前の青年を憐れに思ったからだ。
勿論、それで罪を赦すことはない。
セリヌンティウスの苦痛と絶叫が、
己の民に人の心の如何に信用ならぬものかを知らしめるだろう。
王はそう考えながら、場を後にした。
残す見張りもいない。
つまり、こういうことになる。
++王 出口
++ 王 出口
++ 王出口
++ 出口
「セリヌンティウス」
セリヌンティウスに向け、俺が言った。
セリヌンティウスに向けと言っても、磔台に肉体を固定されている。
首を横向かせることも出来ぬので、互いに真正面を見ながらの会話である。
「なんだ俺よ」
「何故、メロスを信じることが出来る。俺にはとても理解が出来ない」
俺にはセリヌンティウスが信じられぬ。
もしも俺がセリヌンティウスの立場であるならば、
駄々をこね、足掻き、メロスに二度も三度も呪いの言葉を吐きかけたであろう。
それをセリヌンティウスはただ静かに受け入れ、聖人のように磔にされている。
「私にとってメロスは大切な友だ、ただそれだけのことだ」
何でもないことかのように、セリヌンティウスは言った。
その何でもないことを、俺は今までに一度も持ったことがない。
「理解が出来ぬ」
俺はぼそりと呟いた。
羨ましいものであるのだと思う、
それが宝石のように輝く価値のあるものなのであるとも思う。
だが、心では信じることが出来ぬ。
全くの馬鹿ではないか。
「俺よ」
友に語りかけるかのようにセリヌンティウスは言った。
「私はメロスを信じる、それは自分を信じるということでもある」
「自分を?」
「メロスが今、走っている。それを私にはどうすることも出来ぬ。
しかし、メロスに全てを委ねてしまうのではない。
メロスが本当に走っているのか、私を生贄にしてしまうのではないか、
弱い考えは幾らでも湧いてくる」
「なんだ、本当は疑ってるじゃん」
「弱い考えを打ち消し、只管に信じる。
それはメロスを信じるようで、自分の弱さと向き合うことだ」
「でも、結局疑ってんだろ。お前死ぬよ」
「いや、そういうことではなく」
「結局怖いんだろう、メロスは来ないと思っているんだろう。
それを自分をごまかして、信じるなんて言葉で酔っ払おうとしているんだ」
「うるせーな!!わかってんだよ!!メロスは来ねぇかもしれねぇよ!!!!!
そもそも、こういう状況で普通、親友を身代わりにしねぇもん!!!!!!!
帰ってくるもクソも根本的に!!親友は!!身代わりにしねぇんだよ!!!!」
俺は目、鼻、耳から、ダラダラと血を流した。
もしも互いに向き合っていれば、俺の鼓膜は完全に破壊されていただろう。
それほど強大な叫び声だった。
龍の
実際、セリヌンティウスは竜族と人間の間に生まれた子であった。
誰も彼もが彼を忌み嫌うなか、メロスだけは彼の友であった。
メロスに人間と竜の因果なぞはわからぬ、
だが一人でぽつんと遊んでいるセリヌンティウスを見て、黙ってはいられなかった。
メロスは単純な子どもだった。
皆で遊べばもっと楽しいだろう、ただそれだけの思いを持っていた。
その単純な思いが幼少期のセリヌンティウスをどれだけ助けたことだろう。
「……結局の所、格好をつけたかったのだ」
「は?」
血をだらだらと垂れ流しながら、
俺は疑問の言葉が吐息かわからぬような音を漏らした。
「私の一番の友のメロスの前で、
自分の命など何でもないかのように振る舞いたかった。
俺よ……お前親友はいるか?いや、何も言うな、わかっている」
「死ね」
「人は皆、誰もが誰も人の前で佳いように振る舞いたがる。
メロスもそうだろう、私もそうだ。それが人というものだ。
お前と暴君は違う。お前にも暴君にも格好つける相手がいない。
結局、自分のことだけを考えている」
「……頼む!俺に今だけこいつを殴る力を与えてくれ!!」
俺が叫ぶと同時に、その祈りを神が聞き届けたかのように、
磔台からずるりと俺の身体が落ちていた。
++ こういう感じになる。
俺
「私の中の竜の力を用い、お前の拘束を解いてやったぞ俺よ……」
「……世界観とか知らないタイプの人か?」
「俺よ、信じる己も信じる他人もいない憐れな俺よ」
「殺すぞ」
「逃げろ、隣に磔にされたよしみだ」
俺は磔にされたままのセリヌンティウスを見上げた。
その中に眠る力を用いれば自身の拘束などあっさりと解くことが出来るだろう。
セリヌンティウスを拘束するものは何の変哲もない鋼鉄の鎖である。
「お前はどうすんだよ」
「俺の命はメロスのものだ、消えてやるわけにもいかぬ」
「そうなんだ、じゃあね」
馬鹿め。俺は思った。
長居をして警吏に発見されてもいかぬ、急いで王城を抜け出そう。
そして――俺は思った。
そして、どうするというのだ。
「どうした俺よ、早く逃げればいいだろう」
セリヌンティウスが言った。
頭では理解しているのだ、と俺は返してやりたかった。
だが、身体が動かぬ。
俺には父も母も無く、親戚も友も職もない。
遠く離れた地でやり直すような度量もない。
「……セリヌンティウス」
「早く逃げろと言っているだろう」
「なにかしてほしいことはあるか?」
「は?」
どうしようもない阿呆を見るような目で、セリヌンティウスは俺を見た。
実際、俺はどうしようもない阿呆だったが。
今の俺は親から遠く離れ、居場所もわからず涙を浮かべる迷い子のようだった。
セリヌンティウスは溜息をついた。
「……煙草を持ってきてくれ、メロスが来るまで無聊でたまらぬ」
「いや、もうちょい簡単で俺の自己肯定感が満たせるような奴で」
「じゃあ、脚でも揉んでくれ」
「……それは、ちょっとプライドが許さないかな」
「何がしたいんだお前は」
「なんだろうなぁ……」
「だったら、一目散に逃げてしまって私に姿を見せないでくれ」
「……俺だってそうしたい、そうしたいが」
セリヌンティウスはもう一度溜息をついた。
「ならばメロスが戻ってくるまで、私の話し相手にでもなっていろ」
それから二人はぽつぽつとつまらない話をした。
気がつくと夜は明けていて、戻ってきた兵士が再度俺を磔にした。
それでも二人のやることは変わらず、メロスが戻ってくるまで話し続けたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます