眼中に無い

『ねぇねぇ。君には僕みたいな男が似合うと思うんだけど、

どうかな?』


 僕はそう言って、慣れない口説き文句を使って女性に話しかけた。

しかし彼女は、僕を無視した上、

他の男に夢中になっていた。


『はははっ。まったく。毎度毎度のことだが、

お前さんは本当に諦めないねぇ』


 隣から苦笑が聞こえる。

それは僕の先輩が発したものだった。


『ちょっと。笑わないでくださいよ先輩。俺、真剣なんですから』


『すまんすまん。けど、この様子だと今回も無理そうだな。

彼女、お前さんは眼中に無いみたいだ』


先輩の言うとおりだった。

彼女の視線はまだ、一度も僕を捉えてはいない。


『はぁ、やっぱ今回もダメなのかなぁ…』


『何だ、落ち込んでるのか? お前さんらしくもない。

いつもみたく前向きになったらどうだ?』


先輩はそうやって僕を励ましてくれたが、僕の心は傷ついたまま、

立ち直れなかった。


『どーせ僕みたいなコスプレ野郎なんて、誰も気に入ってはくれませんよ…』


どんどんネガティブになっていく僕の心。

ふと、先輩の方を見ると、先輩は考え事をするようにシワを寄せていた。

そして、その表情のまま話しかけて来た。


『…仕方ねぇな。今回だけだぞ』


先輩はそう言うと、自分の体を左右に揺らした。

するとすぐに、ポトッという何かが落ちる音がした。


『先輩…!』


僕は感激のあまりそう呟き、先輩の勇気ある行動に心の中で敬礼をした。

すると、女性が僕に気づいたようで、

こちらへとやって来た。


『えっと…』


近づいた女性はそう言いながら、僕の方を向いた。

僕は少しの緊張を感じながらも、チャンスだ、

と思い、女性に話しかけた。


『やぁ。お嬢さん。

僕、ちょっと見た目が特殊だから、嫌厭けんえんされることが多いんだ。

けど、きっと君を幸せにできる。そう思ってるし、約束もする。

だから、僕を選んでくれないか?』


僕の全力の告白に、

女性は目を細めると、パァっと顔を明るくして笑った。

 その様子に僕の心も一気に明るくなる。

しかし、それはほんの一瞬の出来事だった。


『あったあった。ここね』


女性はそう言うと、先輩を僕の横にあるハンガーに戻して、

またさっき居たところに帰って行ってしまった。


『やっぱり僕みたいな、

フリフリだらけのメイド服なんて選んでもらえないんだ…。』


僕はさっきよりもさらに落ち込んだ声を出して嘆いた。


『そんなことねぇさ。いつかはお前さんを選んでくれる娘さんが

現れる。だから心配すんな』


体を張ってくれた先輩は、自慢のフリフリを揺らしながらそう言ってくれたが、

今の僕には届かなかった。


『ありがとうございましたー』


しばらくして、店員の声が聞こえて来た。

それは、彼女が買い物を終えたこと示す、何よりの証拠だった…。

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ショートショート 赤星 @antanium

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