3章4話

「人って案外簡単に死ぬんだよな」

 日曜日の昼下がり。その半分が遠の昔に終わりを迎えた駅前の商店街を歩きながらそんなことを言った俺に、悪魔ちゃんはアイスクリームを舐めながら気だるげに欠伸をしてみせる。


「ウチのでこぴんでオマエは死ぬが。何を今更」

「そんな極端な話じゃなくて。なんつうかこう……譲原のお姉さんが死ぬとは思わなかったし」

 いや、確かに今にもそうなりそうではあったけども、何だかんだで生き長らえるのではないかと思っていたのも事実である。それに譲原のお姉さんの事だけではなく、俺の母親も祖父もあんな末路を迎えるとは微塵も思わなかった。だから少しだけ、怖くなった。ある日突然、大切な人がいなくなってしまうかもしれないという可能性の話が。


「オマエたち人間は弱っちい癖に、自分だけは幸せな最期を迎えられると思い込んでいる生き物だからな」

 いちいちトゲのあるおバカちゃんである。まあ悪魔なんてこんなモノか、と苦笑をひとつ。


「オマエはどういう最期を迎えるんだろうなァ」

「お前の最期はバットでの撲殺じゃないといいよなぁ」

「ぬゥ……」

 はっはっは、と哄笑する俺の眼球が捉えたモノ。それは妙にちっこい生き物だ。名前はそう、師岡雫。電柱に身を潜めるようにしてこちらを覗いている。いや、身を潜めているのかどうかはわからない。何せ半分以上がはみ出ているからだ。


「確かにあの金髪女は弱っちくないしウチを殺せる数少ない人間だが、ウチの予想だとアイツはもうここには戻ってこないぞ」

「あん?」

 電柱with師岡から意識を悪魔ちゃんへと戻す。譲原が戻ってこない、そう言ったような気がするからだ。


「ウチがアイツの立場だったら逃げ出すもん。こんな薄気味悪い町からは」

「まあ退屈ではあるよな」

 都心まで鈍行列車でおよそ二時間。映画館こそ無駄に三軒もあるが、これといった特徴のないありふれた地方都市だ。故に大学進学を機に地元を離れる若者が多く、ここ十数年は人口減少が問題になりつつあるとかどうとか。


「鈍感クソ野郎が今は羨ましいわ!」

「お前は俺の事を鈍感鈍感言うけどさぁ。そういうお前はポンコツ悪魔ちゃんじゃん」

 いまいち頼りにならないし、アイスで口の周りを汚しているし、何よりも馬鹿だし――だから、なのだろうか。妙な焦燥感を覚えてしまうのは。譲原がいないというだけでこうも不安な気持ちになるモノだろうか。

 そしてどうして師岡が……? もう八割くらいはみ出ているので、隠れているのか存在をアピールをしているのかもわからない。気づいてあげるべきなのか、気づかない振りをするべきなのか悩んでいると、悪魔ちゃんが脛を蹴ってきたので堪らず悶絶した。


「ウチはオマエと違ってこの町に張られた結界の存在にも気づいてるもンね!」

「この町の結界?」

 なんだそれ? と言おうとしたタイミングで、視界の端の師岡が転んだ。大方乗り出し過ぎてバランスを崩したのだろう。歩み寄る俺にビックリした顔を作って見せて、

「おはよ」

 と言う。


「もうお昼過ぎだけど」

「そっかそっかもうそんな時間か~! じゃあわたしはこれで」

「覗いてたよね?」

「え?」

 と師岡と悪魔ちゃんがハモる。師岡はまだしも悪魔ちゃんには気づいていて欲しかったのだけども、馬鹿にするのは後回しだ。


「だってテンコーセーがちっこい女の子と歩いていたら気になるでしょ⁉」

 ちっこいという部分に反応したのだろう。悪魔ちゃんの形相がえらいことになっていたので無理やり頭を撫でて「コイツは従姉妹でさぁ」と出来得る限りの満面の笑みを張り付けて見せた。悪魔ちゃんの顔貌は俺の母親の姿に寄せているので、どこかしら似た部分だってあるだろうし、あながち嘘とも言えないはずだ。


「ふーん? ふーん。ふむ?」

「じゃあ俺たちはこれで!」

 これ以上師岡を悪魔ちゃんに近づけるのも危険だし、何よりも悪魔ちゃんの表情が先ほどからずっと険しい。


「あ、うん」

 意外にもあっさりと受け入れた師岡に、俺は後ろ手で手を振った。そんな風に恰好をつけてみせた背中に「バイバイ」という挨拶が届いた。


「シアトリカルな女だな」

 悪魔ちゃんのそんな一言に、俺は眉根を寄せて首を捻るのだった。

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ニルヴァーナ 久遠寺くおん @kuon1075

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