3章3話
「もうやってられんわこのクソボケェ!!」
悪魔ちゃんの自室からそんな怒号が響いてきたのは、日曜日の昼下がりの事だった。何事かと部屋を覗き込んだ俺の目に映ったのは、ワイヤレスコントローラーを床に叩きつけた直後の悪魔ちゃんの姿だ。
彼女の人外的な腕力で投げつけられたソレは木っ端微塵に砕け散り、辺りに電子部品を散乱させている。
「え? 何にぶち切れてるんだよお前」
出会って五秒で殺されるのも嫌なので、窓越しに問い掛ける。譲原曰く、悪魔ちゃんの部屋には結界が張ってあるようで、自由に出入りは出来ないようになっているらしい。そんな譲原から今朝方、悪魔ちゃんの買い物に付き合ってあげて欲しい、という旨のメッセージがスマホに届いたので、こうして赴いたという訳だ。
「言ってもバカなオマエにはわかんない」
随分とご立腹な様子で、わかりやすく頬を膨らませている。
「金髪女は遠くに行っちゃってるし、なんなんマジでもう」
「それは仕方ないだろ」
何せお姉さんが亡くなったのだ。正直、あまり仲のいい姉妹には見えなかったけども、やはりショックではあったのだろう。しばらくは家を空けると言っていた。謹慎処分を受けたり、学校を長期間休んだりで留年しないか心配になってしまうが、今の俺の学力も相当に危ういので人の心配をしている場合ではなかった。万が一留年でもして同学年にでもなろうものなら「先輩ってやっぱりアホだったんっすね。あ、もはや先輩でもないしただのアホか。アホが移るんで話しかけないで下さいね」なんて事を冷笑交じりに呟かれるのが目に見えている。
そんな脳内譲原にイラっとしていた俺の顔面を、悪魔ちゃんの紅蓮の双眸が窓ガラス越しにじーっと見つめていた。
「なんだよ?」
「オマエのアホ面も見飽きてきた。何も知らんヤツは幸せそうで羨ましいよ」
「お前がいなくなったお陰で夜とか超ぐっすり眠れるしな」
以前はちょっとした物音で目覚めたのに、今や隣家の大型犬が吠えても起きやしないレベルの快眠具合だ。お陰で今日もこうしてお昼前まで夢の世界にいたのである。夢といえば今日はなんだか悪夢を見た気がするのだけども、もう忘れてしまっていた。
「そういえばお前は何にキレてたんだよ?」
「ゲームのデータが消えたんよ」
「え、今時のソフトでデータって消えるの? というかお前がやってるのってオンラインゲームだろ? そういうのってサーバー上にデータが保存されてるんじゃねぇの?」
「知るかボケ。消えたもんは消えたんよ。そもそも原因はオマエが――」
人差し指を窓に突きつけた悪魔ちゃんは鼻息荒く何かを言いかけて飲み込んだ。
「俺がどうした?」
「いい。やめとく。金髪女が戻ってからじゃないとわかんないし、ここでぐちぐち言ったってオマエはアホだしボケだし」
よくわからないが意外と理性的だった。かくいう俺も譲原には厄介事に首を突っ込まないようにと釘を刺されている。もっともそう頻繁に怪異的な何かと出くわす事はないだろうし、その辺は大丈夫だ。
「まあとにかく買い物に行こうぜ。俺はもう腹ペコだ」
「ウチを外に出してもいいの? 金髪女がいない今、ウチはオマエをワンパンで殺せるけど」
「約束をさせれば平気って譲原が言ってた」
悪魔は約束を破れない。譲原からの一方的なメッセージの中に書かれていた文言のひとつだ。
「知ってるわアホ」
悪魔ちゃんは退屈そうに吐き捨てる。
「ちなみにウチはオマエが連れて行こうとしているパンケーキのお店には行きたくないから」
「えー! なんでだよ!」
「吐いたからだよボケ! クリームの量についつい興奮して食べ過ぎたら吐いたからだよ」
「あん? 行った事あんの?」
俺とのデート(仮)でラーメン屋を要望したあの譲原がそんな甘々なお店に悪魔ちゃんを連れて入るとは考え難い。
「というか、なんで俺のパーフェクトな悪魔ちゃん懐柔作戦を知ってるんだよ?」
「さぁ、なんででしょう」
ニタニタという嫌味な笑顔。整ったはずのそれから妙な不快感を覚えてしまうのは、そこに悪意から孕んでいるからだろう。
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