Half Reality

いくろも

Half Reality

駅前の雑多なビル群は、距離を置く毎にだんだんとその身長を低くしていく。見上げなくてもその天辺が見えるくらいのさびれた商店街、シャッターとシャッターの間の路地裏、言うなれば、掃き溜めのような場所で、私はその広告を目にした。


「半世紀ゲーム」

バーチャルの世界で半世紀間生活する。もちろんその間、人間本体に必要な身の回りの世話の一切は、徹底して管理されるという。

クリア条件は単純だ、半世紀間、生活し続けること。途中でやめてしまったり、人間本体が寿命や病気によって死んでしまったりすると失格だ。

賞金は3億円。

こんな馬鹿げた話、誰も信用しないだろう。そもそも半世紀間、つまり50年を捧げてバーチャルの世界で生活するなど、到底耐えられそうもない。


ただ、私はその限りではなかった。全てに裏切られ、この世界には常々絶望していた。どうせ捨てようと思っていた命だ。私はこの広告の示す場所に向かうことにした。

契約を結ぶのに、大した手間はかからなかった。親の同意とか、誓約書とか、そういった類のものは求められなかった。ーー不安に思うことはない。私はとある個室に導かれ、ゴードが溢れかえっている椅子に座らされた。

HMDと言うのだろうか、目に機械を当てられると、私は浅い眠りについたーー。


「ごきげんよう。」

機械が起動したようだ。目を開けてみると、辺りには生活感溢れる街が広がっていた。西洋の雰囲気を感じさせる石造りの建物や、カゴいっぱいに積まれた果実、馬車に乗る貴族など、現代日本では到底考えられないような景色だった。

「君、新しく入ってきた子だね?」

青年に話しかけられた。その見た目は、周りの景色には似合わない、日本人の容姿をしていた。


ーーそうか、私以外にも、このゲームをやっている人がいるんだ。

思えば、ほとんどの人はアジア人のいでたちをしていた。

「君の家を紹介してあげるよ、こっちにおいで。」

導かれるままに、私は高級ホテルのような場所まで歩いていった。

「これが君の部屋、1013号室の鍵だ。それじゃあ僕はこの辺で。」

そういうと青年は去っていった。会話が成立せず、言葉が一方通行なのは、まだシステムが未完成だからであろう。

私はエレベーターの10階のボタンを押した。このホテルのようなマンションには、1階につき100部屋も用意されているようだ。迷わないか不安になりつつも、私はエレベーターを降り、長い廊下を歩いた。


あった。ここが私の部屋だ。渡された鍵を使って、私は部屋の扉を開けた。部屋の中には、およそ一般の人が生活するのに困らないであろう道具が、ほとんど揃っていた。足りないものは、直通の電話を使えば、早急に届けてもらえるらしい。

とりあえず私はテレビをつけてみた。チャンネルを変えてみると、日本のテレビだけでなく、海外のテレビ、さらには有料チャンネルまで見放題となっている。備え付けられたゲーム機に関しても同じだ。日本のゲームだけでなく海外のゲームまで、全てがインストールされている。つまりは遊び放題ということだ。まあ、ゲームの中でゲームをするのもおかしな話なのだが。


1ヶ月が過ぎた。食事や睡眠を必要としない体では、それらも娯楽の一つとなっていた。私はオンラインゲームを楽しみながら、時にはスイーツを食べ、満足した生活を送っていた。

隣に人が引っ越してきた。彼は挨拶をしても会釈しか返さないような無口な人間だったが、日を重ねるごとに、小さく挨拶を返してくれるようになった。

そういえば、もう片方の隣、1012号室には人が住んでいないようだ。ドアには「リタイア」と書かれたカードが埋め込まれていた。


1年が過ぎた。私はここでの生活にもなれ、一緒に遊びに行く友達もできた。隣に引っ越してきた彼は、小さく挨拶を返してくれるようになってから、その先の進展がなくなった。気づけば彼の部屋のドアにも「リタイア」と書かれたカードが埋め込まれていた。

しかし、「リタイア」のカードが埋め込まれているにも関わらず、外では彼の姿をよく見かけている。何かの間違いなのだろうか。


10年が過ぎた。だんだんここでの暮らしにも飽きてきた頃だが、多くの人との交流が、私の暇を潰してくれていた。気がつけばマンションの住人は2000人を超えていた。


ーー50年が過ぎようとしていた。私はもうこの世界にはいられないのかもしれない。でも私は薄々気づいていた。50年を過ごしたはずの人間も、この世界に留まり続けていることを。

たった今、ゲーム開始から50年が経った。私の体から、何かが抜けていくのを感じた。でも、それだけだ。

体がふわふわしている。まるで夢でも見ているかのように。


でも確実に私はここに生きている。


私は気づいている。この私は、本当の私じゃないと。私は彼女の模倣、アンドロイドであると。


でも確実に私はここに生きている。


ほら、また新しい人が入ってきた。今日は私が案内してあげる番。


「ごきげんよう。」

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