走るな、歩け。動け。

森川夏子

問13 作者の気持ちを答えよ

 テストとは暗記するものであると思っている。

小学生から中学、下手をすれば高校もそうだろう。

なんてずっと考えて、小学二年生あたり走れメロスを読んでいた、私は彼の作品をほぼいつも読んでいる。内容は覚えてないけど、雰囲気は覚えてる。

あの市の声、王の乱心、セリヌンティウスとメロスの友情……すべて、フィクションに決まってる。


 それでも、人間の信頼を裏切りたくない。優しくありたい、道徳や倫理を守りたい。愛されてるから愛してると返したい。弱い僕をみつけて下さいなんて、どこか勝手に妄想してしまう。

 ちなみに、当時の私は、彼のことをあまり知らない。


 私が知ってるのは、この作者は大昔のひとだということだけである。


 何も知らない、無学な文学愛好家なのです。


問13 作者の気持ちを答えよ


 僕は、頭を抱えました。教科書にも、ノートにもない応用問題だったのです。


(太宰治という文豪の気持ちを考えて、それから、このなけなしの枠のなかに答えよですってえ?)


僕は、メロスに走ることをやめて、歩いて下さいと言いたくなった。

 血を吐いて、走って、なんになるんだ、友も君もあの地にたどりつければ救われるんだろう?

「だ、だ、だ……」

言葉になりかけたので、ごほごほとカラ咳でごまかしてみる。

 12番の子が、背中で心配してくれた。

彼女は大阪から来た女の子で、いつも気にかけてくれる。

(兎に角、書かないとって思うだろうな、書き終えたら、まず、そうか、うーん、銭湯にでも行って汗を洗い流したい、なぜなら、メロスは走ったから、汗臭い、いやだ、汗臭いのは不潔である、だからまず、原稿をまとめて、それから、編集者宛に送る、その帰りに銭湯により、そして帰りに一杯呑む、母のともだちが「仕事終わりのビールはうまいんだ」と、私に話してくれた。彼は、探偵である。そんなことはどうでもいい。それより、太宰先生についての推理をしなくてはならない。そして、太宰先生になりきれ、きっと、ほろ酔いで三鷹なる街をぶらつく、きっと友がたくさんいる。その人たちに、やあやあ、今回の作品はね、きっといい出来ですよ。なんで自慢する。へえ、君はいつも、ギリギリだから怖いなあ、たのしみにしてるからね。おう、任せとけよ。なんてやりとりして、二軒目の梯子酒。梯子酒はおいしいものと祖父は必ず、梯子する。それから、ああ、めんどくさい‼︎)


なにもかも、足りないのです。

だから、短く書きました。


「今回も作品が完成して良かった。

 さて、一杯のビールでも呑みにゆこう」


後日98点のテストが、返ってきた。

そして、呼び出しも受けた。


「なんで、太宰治の気持ちなんか書いたのよ‼︎

メロスの気持ちを書くところでしょ、普通は‼︎」


 辻島は、激怒した。

かの邪智暴虐な国語教師を……で、しょぼんとした。そんなこと、僕には無理だ、怖いもの。


 僕は、あまりにもひどいことを言われるもんで、ただ、言い返せない自分にムカムカしながらも、ニセモノの笑顔を貼りつけて、ごめんなさいとだけ、謝った。


 僕は、どうやら、作家には向いてないらしい。

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走るな、歩け。動け。 森川夏子 @Morikawa_natuko

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