第六五話 風成と啓子
食事を摂り終えた
「話があるんだけど」
風成は扉をノックしたが中に居るはずの啓子からは返事は無かった。
「じゃあこのまま話すぞ。ちょっと俺と付き合ってくれ」
と言った瞬間、扉の向こうからドタドタバタバタと慌ただしい足音が聞こえた。
「うわっ、あぶっ!」
扉の前に居た風成は間一髪、勢いよく開かれた扉を避けた。扉からは啓子が現れ、手を組んで落ち着かないさまを見せていた。彼女は顔を赤らめていた。
「そ、それって私とあんたが付き合うって事?」
「土曜日……えっと、五日後か。『ロイヤルパーク』に行かね?」
「……あ、そういう事ね」
啓子は冷静さを取り戻し、いつも通りに振舞うが、
(こいつがそんな事言ってくるわけないか。いや、別に私はそんな、あれよ。付き合いたいなんて思ってない……事もない……事もない……事もない)
頭の中で同じ言葉が繰り返し一人で勝手に葛藤してた。
「啓子?」
「なな、なによ!」
「何ってか返事くれよ」
「行かないわよ」
啓子は扉を閉めて部屋に戻ろうとしたが止まる。
「それって……二人きりって事?」
「ああ、そうだけど。いつも怒らせてるからお詫び――」
啓子は風成が喋り終わる前に彼の肩を叩いた。
「もうっ、そういう事なら早く言ってよ。しょうがないわね、行ってあげるわよ」
「えっと、怒ってないのさっきの件?」
「え? さっきの件? なにそれーちょっと水飲んでくるー」
「えぇ……」
見た事ないぐらい啓子は上機嫌になっていた。最後の台詞に至ってはいつもより声が高くなっている。
風成は啓子の様子に戸惑っていた。
(あいつ……情緒不安定かよ、喜怒哀楽の喜怒が凄いわ。とんでもない変化球投げてきやがる)
ともかく風成は啓子の機嫌が治っていたので安心していた。
――五月五日。
商業地区『ロイヤルパーク』。港を含む開放的な地域一帯に複合商業施設が何棟もある場所である。施設内には飲食店、服屋から雑貨店まで様々な専門店がテナントに入っている。また、ゲームセンターやスポーツジム、映画館もあるので一つのライフスタイルを形成していると言っても過言ではない。
普段は観光客、家族連れ、カップルで賑わっている上、今は最南端にある小規模遊園地が人為的に破壊された為、野次馬達が増えていた。
啓子は『ロイヤルパーク』の地下に居た。地下もまた商業施設になっていたのである。彼女はベストとスカートが一体になった衣類――薄い灰色のジャンパースカートとその下に白いTシャツを着ていた。本人は、
(別に気合入れているわけじゃないから)
と自分に言い聞かせて服を選んでた。
啓子がショルダーバックの中身を確認していると風成が近づいていた。
「おっすおっす」
「遅いわよ」
「五分の遅れは許せよ」
風成は黒いズボンに青いシャツを着ており、開けたシャツからは白いTシャツが見えた。
「相変わらずあんたのファッションって色が変わっただけでほとんど制服よね。白いシャツの下に黒いTシャツ着てた時と変わらなくない?」
「いきなり人の服装をディスるな」
「それはそうと何処行くの?」
「さぁ?」
「さぁって……あんたが誘ったのよ」
啓子は呆れた。
「とりあえず昼飯行こ」
「うん」
風成が歩き始めると背後から啓子は着いていく。
(これって、デートかな。デートよね。でもなんでこいつ私を誘ったんだろう。もしかして私の事――――)
「啓子? 聞いてる?」
「え?」
啓子の思考が途切れ、現実に引き戻される。風成がずっと声を掛けていたのだ。
「大丈夫か? やたらぼーっとしてたけど」
「だ、大丈夫よ! でどうしたの?」
「ここで昼飯にしよう」
「へぇーどれどれ」
風成が指差した先を見ると有名チェーン店の牛丼屋があった。しかし啓子には予測できた事だった。
(うん。チェーン店選ぶとは思ってたわよ。予想の範囲内! この程度で怒る私じゃない! 今日は大らかに振舞うのよ!)
啓子はなんだかんだ風成とのデート? のシュミレーションを重ねていた。しかし、
「いや違う、横の店」
「横?」
牛丼屋の隣は駄菓子屋だった。さすがの啓子も唖然とする。
「は……」
「どうした?」
「腹の足しになるかぁぁぁあ‼」
啓子の大声に風成だけではなく周囲に居た人々も驚いていた。
なんだかんだ二人は無難にファミリーレストランで昼食を取った後、ゲームセンターのエアホッケーで勝負をした。勝負が白熱し過ぎて啓子が思わず能力を行使し、エアホッケーの
現在、二人は地上にある複合商業施設で専門店巡りをしていた。風成がアクセサリーショップで青い宝石が付いている装飾品を見ていたので啓子が声を掛ける。
「興味あるの?」
「これお前が好きな宝石じゃない?」
「トパーズね。私の誕生石だから気にいってるだけよ」
「トマト?」
「そんな事一言も言ってねぇよ」
「たまに口悪くなるよな」
「誰のせいよ」
しばらくすると啓子はお店にある小さな鏡を見ながら色んなイヤリングを耳に当てていた。一方、風成は店員と話をしていた。そんな風成の様子を見て啓子が、
(なに話してんだろう?)
と思っていたら風成が店員との話を終え啓子に声を掛ける。
「イヤリング好きなのか?」
「試しに耳に重ねてるだけよ。そもそも耳に穴開けてないわよ」
「意外だな。指先から炎出して耳に穴の一つや二つ開けてるかと思ってたわ」
「私にどんなイメージ持ってんの……」
啓子は怪訝そうに言った後、言葉を続ける。
「そもそも、あんたこんな所にいて楽しい?」
「正直、興味なかったけど。宝石ってキラキラしてるし見てると奪いたくなるな」
風成の発言に啓子は一歩引いた。
「怖い事言わないでよ……気になるものでも見つかったの?」
「俺の仮の誕生日って啓子と一緒だろ。だからトパーズもありかなって思った」
「別に仮って言わなくてもいいんじゃない?」
「記憶が無いからな。俺を孤児院に連れてきた人が言ってたらしいけど」
「その人って家族じゃないの?」
「孤児院に居た連中の話を聞く限り、そんな感じじゃなかった。なににしろ孤児院で仲良くしてた奴らの記憶もないけどな。気付いたら病院で暮らしてたし」
「昔の事とか気にならないの?」
風成は少し考えた後、答える。
「気になるけど、思い出そうとすると頭が痛くなるんだよ」
「え! こわっ! 多分、陰謀よ。能力が二つ使えるあたり普通じゃないし、意図的に記憶が消されてるのよ。これは由々しき事態よ」
啓子の発言が余りにも大げさ過ぎたので風成は「考えすぎだろ」と言い放った。
その後、二人はアクセサリーショップを出て、映画館に行った。啓子はホラー映画を観ようとしたが風成が断固拒否したのでSF映画を観ることになった。SF映画の内容は寿命をお金で買う世界の話である。
――日が沈みかけ、商業地区全体が様々な色でライトアップされる時間帯。啓子は海風を感じられる開放感のあるウッドデッキにあるベンチに座っていた。しばらくすると、風成が啓子の横に座った。
「トイレ早くない?」
「全身の肉体を強化させて全力を尽くした」
「馬鹿じゃないの」
「っていうのは冗談で、これあげる」
風成は啓子に長方形のネックレスケースを手渡す。すると彼女は喜びよりも驚きの感情が大きかった。何故なら彼女もまた風成に渡したいものがあったからだ。
「これくれるの……?」
「なんか微妙な反応だな」
「ちょっとびっくりしちゃって、私もあんたにこれ渡そうと思ってたのよ。興味あるかは知らないけど」
と言って啓子も長方形のネックレスケースを手渡す。
「え! くれんの?」
「……うん」
「もしかして中身一緒っていうパターン?」
「一応、メンズ物選んだからそれはないと思うわ」
二人は少々、緊張しながらネックレスケースを開けた。風成はアクセサリーショップに居た時、店員からおススメを聞いて購入した物だったが手ぶらだった為、今、トイレに行くフリをしてお店から取ってきたのである。啓子も風成同様アクセサリーショップで買ったものであり、持っているショルダーバッグの中に入れていた。
風成が貰ったのはシルバーで装飾されたトパーズネックレス。啓子が貰ったのは極細で短い金色のチェーンの先に一粒のトパーズが付いていた。
「あ、小さくて可愛い!」
「店員におススメ聞いたら小さいやつ勧められたんだよ」
「えへへ、どう似合う?」
啓子は嬉しそうにしながら風成から貰ったものを身に着けた。
「ああ、まるで、えっと……戦場の中に咲く一凛の華みたいな」
「意味分かんないわよ。無理して褒めなくてもいいから」
「良い感じの事言いたかったんだよ」
「一応、感謝しとく」
「なんで上からなんだよ。啓子もありがとうな、これ」
風成は首に身に着けたネックレスを手で持って言った。
「うん……えっと、あの……」
啓子は俯いて歯切れが悪くなっていた。風成は不思議な顔をする。彼女は何を言い出そうとしているか分からなかった。
海から一陣の風が吹く。二人は目を合わせ、啓子は照れながら口を開く。
「風成……ありがとう。あんたには借りを作りっぱなしね」
「それは俺の台詞だ。啓子のおかげで俺は皆と会えたからな」
「じゃあ、お互い様ね」
「そうだな……あれ? 今、俺の事、名前で呼んでなかった?」
風成の言葉に啓子は顔をプイッと背ける
「……知らない」
「なんだよ照れてんのか」
「ててて照れてないわよ! このっ!」
啓子は照れ隠しに風成の横腹をど突こうとするが風成は立ち上がって避けた。
「遅すぎて止まって見えちまうな!」
「あ?」
「あ、やば」
煽った結果、啓子は闘志をむき出して風成を追いかけ続けた。逃走劇は風成が神戸特区能力所の自室に戻るまで続いたという。
ホムンクルスの少女――
肉体強化系能力者の戦闘記 ねいん @neinneinstorystory
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