ことことりんご

一白

ことことりんご

ある秋の日のことです。


とある一家に、親戚から一箱のりんごが送られてきました。


箱の中のりんごは、全部で十二個。


毎年、送られてくるりんごは美味しいので、一家はとても喜びました。




「早速、二つ食べましょう」




お母さんがするするとりんごの皮を剥き、届いた日の夜のうちに、家族でぺろりと平らげてしまいました。


お父さんが、親戚へ電話をし、




「今年のりんごも美味しかったよ、ありがとう」




と感謝を伝えます。


二人の娘たちは、お腹いっぱい食べることができたので、大満足でした。


そんな家族の様子を、箱の中からりんごたちが見つめていました。




「うんうん、みんな、美味しく食べてくれたみたい」


「良かったね。嬉しいね」




りんごたちは口々に、美味しく食べてもらえたことを喜びました。


日の光をたくさん浴びて、すくすく育ったりんごたちは、自分たちの味に自信を持っているのです。


やがて、箱の中に残った十個のりんごたちは、どうやって食べてもらいたいか、を話し出しました。




「僕は、やっぱり生のままで食べてもらいたいな。しゃくしゃくしてて、美味しいもの」




一つのりんごがそう言うと、




「私は、ぐつぐつ煮てもらいたいわ。お砂糖で甘く煮てもらえば、もっと美味しくなれるもの」




うっとりとした声のりんごや、




「俺はがつんと焼いてほしいぜ。たき火で焼きりんご、だったら最高だな」




元気な声のりんごが自分の意見を言いました。


みんながわいわいと騒いでいると、箱のふたが開きました。


みんなはぴたっとおしゃべりを止めて、動かずじっとしています。




「今日はサラダに入れようかしら」




お母さんが一つ、りんごを手に取ります。


生のままで食べてもらいたい、と言っていたりんごでした。




「ばいばい」


「ばいばい」




小さい声で言い合って、りんごたちはお別れを済ませました。


お母さんの手に取られたりんごは、早速まな板に乗せられているようです。


ぱたん、と箱のふたが閉じられてしまったので、残ったりんごたちはまた、それぞれの思うところを話しました。




「いいなぁ。早く食べてもらえるなんて。なんていったって、蜜がぎゅっと詰まってるいまが、一番美味しいもの」


「でも、このお家は四人家族だもの。きっと、僕たち残りの九個だって、あっという間に食べきってくれるよ」


「そうよ。だって、私たちは美味しいりんごだもの。お姉ちゃんも妹ちゃんも、私たちのことを気に入ってくれていたわ」




次は私よ、いや僕だ、と、りんごたちが小さな喧嘩をしているうちに、また箱のふたが空きました。


今度はお父さんが顔を覗かせています。




「よし、じゃあ今日は父さんが料理するからな」


「お父さん、なに作るの?」


「近くでたき火をやってるみたいだから、焼きりんごにしよう」


「わあい、美味しそう!」




お父さんは二つ、りんごを手に取って、またふたを閉めました。


お父さんが手に取ったりんごは、焼きりんごとして食べられたい、と言っていたりんごと、その隣にあった色が薄いりんごでした。


色が薄いりんごは、自分があまり美味しそうな見た目ではないことを気にしていたので、とても嬉しそうに出ていきました。




残った七個のりんごは、ただ待っているだけでは暇なので、またしてもおしゃべりを始めました。




「今年は強い台風が来たから、少し怖かったよね」


「そうだね。僕、枝から振り落とされちゃうかと思ったよ」


「みんな無事に収穫されて、本当に良かったね」




今年の夏は、たくさん台風が来たので、収穫される前に地面に落ちてしまったりんごもいたのでした。


地面に落ちてしまったりんごは、体にあざが出来てしまったりして、すぐに傷んでしまうのです。


ここにいるりんごたちは、台風の風にも負けず、枝にしがみついていた、たくましいりんごたちなのでした。




箱に入れられて運ばれる前のことを思い出しているうちに、箱のふたがそうっと開けられます。


お姉ちゃんと妹ちゃんが、箱の隙間からひょこりと顔を出していました。




「お母さん、りんご、何個取ればいいの?」


「二つ、取ってちょうだい」


「はーい」




お姉ちゃんと妹ちゃん、それぞれが一個ずつりんごを手に持ち、箱のふたをそうっと閉めます。


ゆっくり閉められるふたの隙間から、




「今日はりんごのコンポートを作るからね」




と言うお母さんの声が聞こえました。


箱の中に残った五個のりんごは、それを聞いて、




「コンポートって、甘く煮る料理だよね」


「美味しく食べられるみたいで、良かったね」




そう言い合いました。


外に出された二つのりんごのうち、一つは、ぐつぐつ煮てから食べられたい、と言っていたりんごだったのでした。




またしても残されたりんごたちは、そろそろ心配になってきました。


といいますのも、りんごは時間が経ってくると、だんだん甘い蜜が抜けてしまうのです。


蜜がなくても美味しい自信はありますが、できれば蜜が残っている時に食べてもらいたいのでした。




そわそわしながら、ふたが開けられるのを待っていると、はたして、ふたが開きました。


お母さんが、中にあるりんごを一通り、じいっと見つめていきます。




「だいぶ時間が経っちゃったわ。箱も邪魔になってきたし、冷蔵庫に入れておきましょう」




そう言って、四つのりんごを袋に入れてしまいました。


残されたりんごは、他の四つのりんごよりもしわしわとしています。


お母さんは袋に入れなかったりんごを見て、少し迷ってから、すりおろし器を取り出しました。




「ちょっと手間だけど、カレーに入れると美味しいって聞いたことがあるからね」




そんなひとりごとを言いながら、お母さんは袋に入ったりんごたちを、冷蔵庫の野菜室に入れました。


冷蔵庫に入ったりんごたちは、ほっとした気持ちで、しわしわりんごにお別れを言いました。


りんごたちもみんな、しわしわりんごのことを心配していたのです。




残った四つのりんごたちは、野菜室の中で、寒さにじっと耐えました。


人参や白菜などの野菜や、レモンやイチゴなどの果物が、りんごたちの横に置かれたり、持って行かれたりします。


野菜室が開くたびに、りんごたちは期待しましたが、取り出されることなく閉じられてしまい、しょんぼりとすることばかりでした。


悲しくなって、涙を流しそうになったりんごたちに、レモンやイチゴが優しく声をかけました。




「泣いちゃあだめだよ。水分がなくなって、しわしわになっちゃう」


「でも、こんなに食べてもらえないままじゃ、いつか腐ってしまうよ」


「それでも、泣いちゃあだめだよ。きっともうすぐ、食べてもらえるよ」




そうやって励まされるうちに、どれだけの時間が過ぎたでしょうか。


ある日、お姉ちゃんが野菜室を覗き込んで、お母さんに言いました。




「お母さん、りんご、まだ残ってるよ!」


「あらあら、すっかり忘れていたわ」




りんごたちは、喜ぶべきか、悲しむべきか、もう分からなくなっていました。


といいますのは、四つのりんごはみんな、しわしわになっていたのです。


これでは、美味しく食べてもらえるか分かりませんし、もしかしたら、捨てられてしまうかもしれません。


お母さんの手で野菜室から運ばれながら、りんごたちは心配で心配でたまりませんでした。




「お母さん、りんご、しわしわだね」


「りんご、捨てちゃうの?」




お姉ちゃんと妹ちゃんが、りんごたちを見て、お母さんに尋ねます。


お母さんは首を振って、




「いいえ、これからジャムを作るわ」




と言いました。


ジャム、と聞いて、りんごたちはとても喜びました。


くつくつ煮込んで食べるジャムなら、しわしわのりんごたちでも、美味しく食べてもらえるからです。


あんまり嬉しくて、思わず動いてしまったりんごが、ころん、とまな板から落ちてしまいました。


お母さんは、そのりんごから切ることにしたようで、まずは半分に切りました。




「それじゃあ、あとでね」


「うん。ジャムになる時に、また」




りんごは四つに切られた後に、芯をくりぬかれ、皮をむかれました。


水分が抜けて柔らかくなった果肉を、お母さんは小さく切っていきます。


そうして四つのりんごを全部切り終わると、お鍋に移して火を付けました。




「わあ、熱い!」


「夏でもこんなに熱くなかったぞ!」




りんごたちは堪らずに汗をかきましたが、どんどん熱くなるお鍋に、段々とくたくたになっていきました。


くたくたになったりんごたちに、お母さんが上から砂糖を振りかけて、四つのりんごたちは、仲良く一つになりました。


お母さんが最後の仕上げにレモンを取り出し、りんごたちに振りかけます。


お母さんに絞られる瞬間、レモンはりんごたちに言いました。




「美味しそうなジャムになれたね。おめでとう!」


「君のお陰で立派なジャムになれたよ、どうもありがとう!」




こうして出来上がったりんごジャムは、家族四人に、美味しく食べてもらえたのでした。

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ことことりんご 一白 @ninomae99

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