第5話 不死鳥が如く
──遠い。
痛みを通り越してもはや熱さすら感じる腕の断面を押さえながら、アキトは独り呟く。
目の前で繰り広げられる一流の神具使い三人による激闘を眺め、自分と彼女たちとの間にある“超人”と“常人”の壁を、はっきりと認識させられたが故に。
「帝都を脅かす凶悪な殺人鬼は、粛清せねばならんのだー! ぼーん!!」
そんなアホっぽい言葉と共に、指を鳴らす赤い髪の少女。
まるで知性が感じられない言葉とは裏腹に、その力は絶大であり、軽快な肉食獣を彷彿とさせる凄まじいスピードで距離を詰めようとしていた“首狩りジャック”も、さすがにこれはたまらんと大きく飛び退いて回避。
そして、鬱陶しいと言わんばかりに舌打ちを零した。
「何者か知らないけど、調子に乗っていると痛い目を見るわよ。赤いの!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。黒いのー!!」
恐るべき殺人鬼が剣の形をした神具を振るい、その直線上にあったモノ全てが斬れる。しかし、ターゲットとなった赤い髪の少女クランは素早く飛び上がってそれを避け、瓦礫となり崩れ落ちていく元建物を足場にし、空中に退避。
続けて、パチン! と指を鳴らした。
「チィッ!」
BOOM!!
爆発音が響き、モクモクと煙が立ち込める。
クランの神具による爆破攻撃である。
彼女が所有する神具、〈ボンバーブレス〉は使用者が触ったものを爆弾にできる力を持つ。
その対象は、何も手で触ったものだけに限るわけではない。
クランが足で踏み、唇を付け、頭をぶつけ……ありとあらゆる部位で接触したもの全てが対象となるのだ。
ただし、生物以外に限るが。
まぁ要するに、彼女が普段暮らしているこの帝都など、そこら中がいつでも起爆可能な爆弾の宝庫というわけだ。
爆破する場所と規模を上手く調整しているため、先程から小さな爆撃が連続するに留まっているが、クランがその気になれば帝都を丸ごと爆破する事すら可能だろう。
極めて強力で、凶悪な神具である。
これにはさすがの“首狩りジャック”もなかなか有効打を与えられずに歯噛みしていた。
「面倒な奴ね……こっちはさっき顔を見せた“イージス”の騎士も気にしなきゃいけないっていうのに」
「まーそれはこっちも同じだし。下手に叩いて万が一大将軍が出張ってきたらヤバい」
「それは同感」
素早い動きで爆破を避けた“首狩りジャック”ことルネヴァルトがため息を吐き、折れた街灯の上に、スタン、と着地した赤い髪の少女、クランが頷いて呟き返す。
そして、二人してやれやれ、と首を振った。
妙に仲のいい奴らである。
彼女たちが共に考えるのは、エリート集団である“イージス”の者と言えど、わざわざこんな夜更けにパトロールしているような下っ端が相手ならば問題なく処理できる、という自信。
そして、そうそう出てこないだろうとは思いつつも、常勝無敗の英雄と名高い怪物、大将軍サイモンを呼んでしまいかねないので下手に攻撃するわけにもいかない、という恐怖心。
なんとも奇妙な事に、ルネヴァルトもクランも、かの大将軍が戦う場面を目にした経験があった。
恐るべき異民族の軍勢を相手に押されていた帝国軍。
そこに悠然と現れた全身鎧の偉丈夫。
「──あれは英雄というより、化け物ね。大将軍が戦場に現れてから一分もせずに戦況がひっくり返ったんだもの」
「アンタもあそこに居たの? 大将軍サマのあの力はマジでヤバいとしか言いようがないよね。勝てる勝てない以前に勝負にすらならないよあんなの」
圧倒的な力を誇る大将軍サイモンを擁する帝国のエリート、“イージス”。
藪をつついて蛇を出すわけにもいかないので、彼らを攻撃するのはタブーなのだ。
そして、ナチュラルに見下されている“イージス”のフリアンは──。
「大丈夫か、青年」
「ぐっ……正直、まずいです。目が霞んできました……」
「血を流しすぎたか。さて、すぐに搬送してあげたいところだが、奴らが邪魔だな……」
「……俺、いや、私の事は放置していいですから、あの殺人鬼を──」
「そうもいかない。善良な市民を助けるのは我々の義務だ」
「……しかし……!」
「安心したまえ。少なくともあの殺人鬼は今日で終わる」
「え……?」
ルネヴァルトとクランの戦いで荒れる街を見て眉を顰めつつ、出血量が多すぎて死にかけているアキト青年を介抱していた。
愛すべき帝都を恐怖に陥れる連続殺人鬼の排除と、今にも死んでしまいそうな“一般市民”の救助。
どちらを優先するか一瞬悩んだフリアンだったが、まだ悪事らしい悪事もしてないし、という理由からアキトを助ける事にしたようだ。
なんなら、これを恩義に思って帝国軍に加入してくれればいいな、と少し腹黒い事も。色々な意味で重要人物らしいこの青年が味方になれば、きっと大将軍閣下の大きな助けとなるはずなのだ。
「あの、それはどういう……?」
「直に分かる……ん? 瓦礫の下に何かあるな……?」
そうそう長くはもたない応急処置ではあるが止血をし、よし、と立ち上がるフリアン。そんな彼女だが、アキトが背を預ける瓦礫の下に何か光る物を見つけた。
すらっと見渡し、とりあえず少し触った程度では崩落の危険は無いだろうと判断し、瓦礫の下に“影”を伸ばす。
すると、例の光る物が影の中に沈みこんでいき、次の瞬間にはフリアンの手元に移動していた。
その不可思議な光景に目を丸くするアキト。
「……心臓? いや、まさか神具か!?」
「え?」
「まさか、これが閣下の仰っていた……“フェニックス・ハート”なのか……? だとすると……青年! これに血を垂らしてみてくれ!!」
「は、はぁ」
フリアンが回収した、例の光る物。
それは、生きているかのように脈動する、心臓にしか見えない物体であった。
しかし、何やらちろちろと弱々しい炎のようなものを宿しており、薄らとだが神秘的な力をも感じる。
フリアンは、これは神具だ、と直感した。
そして、恐らく──。
「光った……!?」
「やはりッ!! 喜べ、青年!! これは君が持つべき神具だ!!」
「えっ!? じゃあ、俺もあんな風に戦えるようになるんですか!?」
あんな風。
アキトが視線を送る先に目を遣ると、そこには瓦礫と爆風が飛び交う戦場と化した帝都──地味に少しずつ外へと移動している──で踊る二人の女、ルネヴァルトとクランの姿が。
あいつら、逃げようとしているな?
そんな事を内心で呟きつつ、頷く。
「そうだ。君も、選ばれたからには神具使いになれる」
「俺が……!! ど、どうしたらいいですか!? 痛ッ……」
「……長話している暇は無さそうだ。うーん、心臓みたいな形をしているし、体に埋め込めばいいのか……? とりあえずこれ、持ってみてくれ」
一方その頃、戦いながら帝都の外へと逃げようとしていた殺人鬼と爆発娘の元に、雷が落ちた。
部下であるフリアンが何やら件のアキト青年と話し込んでいる事を確認した大将軍サイモンの右腕、オルランド・ガラントゥールが、犯罪者を捕らえるために出陣したのである。
先代の大将軍でもある歴戦の猛者、オルランド。
彼が所有する神具、〈サンダーボルト〉は雷の力を自在に操る事ができる。
その強さは圧倒的で、サイモン……エルトルージュさえ除けば恐らく最強の神具使いとまで言われる程だ。
まぁそれはさておき。
「って、熱ぅッ!? あち、あちち!!」
「だ、大丈夫ですか!? ちょっ、この炎、どうしたら収まるんだ!? あれ、そういえば痛みが引い……って斬られたはずの腕が生えてる!?」
「あちちち!! ちょ、青年!! 早くその炎を消してくれ!! 火事になるぅ!!」
「あっ!! す、すいません!!」
アキトが心臓の形をした神具……“原作”でも彼が所有していた“フェニックス・ハート”を手に取った瞬間、凄まじい炎が彼の身体を包み、同時に失ったはずの腕が生えてきた。
尚、もしもフリアンが影で作った鎧を纏っていなければ、“なんだこれ?”と触れた瞬間死んでいた。危ないところであった。
神具とは適合した者には絶大な力を齎すが、そうでない者には死を齎すのだ。
「って、あれ? 炎が消え──」
「──フリアン。ご苦労であった」
「ッ!? だ、大将軍閣下!?」
どうしたらコントロールできるんだよこれ!? と苦心するアキトだったが、彼の身体を包んでいた炎が突如として消えた事に目を丸くし、直後、男とも女とも分からぬ不思議な声が響いた。
えっ……と振り向くと……。
「!? !?!?」
「貴公がアキトか。成程、無事に“フェニックス・ハート”を手に入れたようだな」
「えっ……ほげぇ!?」
「頭を下げないか馬鹿者ォ!!」
そこに居たのは、禍々しくも雄々しい全身鎧を纏った英雄。
帝国が世界に誇る大将軍、サイモンその人であった。
呆気にとられるアキト。
しかし、頭が高いわぁ!! と言わんばかりにフリアンが彼の頭をがっしりと掴み、強引に土下座させた。
「よせ、フリアン。彼は軍人ではないのだ。そう畏まる必要はない」
「し、しかし閣下!」
「二度は言わんぞ?」
「は、はっ!! 失礼いたしました!!」
そんな二人を微笑ましげに眺め──もちろん、顔も兜で隠れているので見えないが──混乱の極地にあるアキトを立たせるサイモン。
えっ、なんであの大将軍が俺の目の前にいるんだ??
アキトの脳内に、疑問符が踊る。
大将軍な彼女はハッピーエンドがお好き 初音MkIII @ouga1992
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