第4話 月夜に吼える


 帝都を騒がせる連続殺人鬼、“首狩りジャック”。

 斬る事に特化したシンプルな神具を用いて凶行に及ぶ凶悪犯の正体は、しかし、上京してきたアキトの恩人たる心優しき貴族令嬢、ルネヴァルト・マルムスティーンであった。


 その事に驚愕し、固まるアキト。

 そんな彼を見てくすりと微笑み、再度仮面を被るルネヴァルト。

 人気がない真夜中とはいえ、誰に見られるとも限らない。

 一応、ルネヴァルトも可能な限り正体を隠しておきたいのだろう。


「どうして、こんなことを……!」

「…………」

「答えてくださいッ!! 俺を拾ってくれた優しい貴女は、今まで見せてくれた姿は! 全部!! 嘘だったんですか!?」

「どうして、か」


 悲痛に叫ぶアキト。

 その様はこっそり見ているフリアンからしても、まるで幼い迷子のように痛ましいものだった。


 しかし、それに対するルネヴァルトの答えは──。



「……くッ!?」

「へえ。よく避けたわね」

(今の一撃。アキト青年が咄嗟に顔を反らさなければ、確実に首を刎ねられていた。奴がここで彼を殺す気なのは間違いないか)



 ──たしかな殺意をもった斬撃。

 神具使いとしての余裕の表れか追撃こそ無かったが、ちょっと痛い目にあわせて追い払ってやろう、などという生半可なものではなかった。


 イカれた連続殺人鬼の考える事など理解できなくて当然だが、犯罪者の心理を全く考慮しない者など秩序の番人には相応しくない。

 エリート中のエリートである大将武館に勤める者であるなら尚更である。


 問題は、ルネヴァルトと相対しているのが神具使いでも何でもない一般人たるアキトだという事だ。

 正直な話、遅かれ早かれ彼が首を獲られるのは目に見えている。


 原理は未だによく分かっていないが、神具使いはそれぞれの神具が持つ固有の能力に加え、ほぼ共通して超人的な身体能力を得る。

 それを上手く扱えるかは別問題だが、先の帝国兵たちとの戦いから見る限り、ルネヴァルトは十全にその身体能力を活かす事ができており、神具使いとしては一流である。


 仮に彼女が神具使いとは名ばかりのザコだったならば、アキトにもまだ生存の道が残されていたのだが。


「ここで死ぬ貴方が知っても無意味よ。それとも、この連続殺人鬼たる私めは御国のために戦っております! とでも言えば満足してくれるのかしら?」

「そんな事……!!」

「おっと、危ない。気持ちの切り替えは早いみたいね、感心感心」


 楽しげに語るルネヴァルトの鼻先を、アキトが振るう長剣が掠めた。

 どうやら、連続殺人鬼の正体に動揺しつつも、戦意を失ってはいないようだ。

 戦士としては及第点といえる。


「たとえ貴女であっても、俺のやる事は変わらない。“首狩りジャック”……ここでお前を倒す……話はそれからだッ!!」

「ふん、この期に及んで私を殺さないつもり? 甘っちょろいわね」

(同感だ。戦意を喪失しなかったまでは良かったが、殺意が無いのでは勝つどころか隙を見て逃げ出す事すら不可能だぞ、青年)


 厳しい目でアキトを見るフリアン。

 加勢する事も考えたが、それはギリギリまでアキトという男を見定めてからでも遅くはない。

 大将武館に勤める者にとって、大将軍サイモンこそが全てであり、その行動原理も元を辿れば「大将軍閣下のお役に立つかどうか」に収束する。


 即ち、ここでアキトを見殺しにした方が大将軍の力になるのであれば見殺しにするし、生かした方が“使える”のであれば助ける。

 ある種狂信的なまでの忠誠心だった。


 そして、その対象は本来仕えるべき皇帝ですらも例外ではない。

 万が一あの皇帝がエルトルージュに害をなすような存在だったのであれば、大将武館そのものが革命軍として反乱を起こしていただろう。



 まあ、皇帝本人がそれに納得しているのはちょっと意味がわからないが。



 それはさておき。


 神具使いとの戦いでは、どんな能力なのかもわからないうちに迂闊に飛び込めば、あっさりとそこらに転がる骸になれる。

 触れられるだけで致命傷になる、という事も決して珍しくはなく、アキトも一応それを理解しているようだった。


「なかなか粘るわね」

「……神具使いと戦うのはこれが初めてじゃない。侮るなよ……!」

「ああ、異民族……だったかしら」


 アキトの故郷を襲った異民族。

 彼らの最終兵器として猛威を振るったのが、他でもない神具使いだったのだ。

 故に、その戦いを生き延びたアキトが、ある程度は神具使いとの戦いを理解しているのも当然と言える。


 尤も──。


「なら尚更。勝ち目がないなんて事は分かっているでしょう」

「…………」


 ルネヴァルトが振るう神具、〈スラッシャー〉を必死の形相で回避するアキト。

 そして──。



 回避したアキトの視線の先……斬撃の直線上にあった建物が、紙のように真っ二つになったのを見て、冷や汗を流す。


(なるほど。そういう能力か)

「デタラメだ……ッ!! 何でも斬れる神具だとでも言うのか!?」

「──その通りよ。」


 不気味な仮面が月光に照らされ、「障害物がある場所はまずい」と判断し、逃げたアキトを追う。


 障害物……というか、建物が密集している場所だと、悪戯に犠牲者を増やすだけだという事もある。

 だが、それ以上に。


 斬られてガレキとなった障害物のせいで視界が塞がれ、ルネヴァルトの姿が視認しづらくなってしまうのだ。

 故に──。



「ぐっ……ぐあああッ!? う、腕がァ……ァァァ……!!」

(詰みだな。ん……?)


 飛ぶ斬撃が直撃し、腕が宙を舞う。

 痛みに絶叫し、失くした左腕を押さえるアキト。


 ここで、影から戦いを見守っていたフリアンが気付く。


「終わり……ッ!?」


 悲鳴を聞いて勝利を確信したのだろうルネヴァルトが、悠々と歩いてきたが、何かに気付いて素早く飛び退いた。


 それを合図にしたかのように、「爆発音」が帝都に響く。


(偶然を装って顔を出しておいた方がいいか)

「やれやれ、今日は千客万来ね……」

「ぐぅゥゥ……な、なんだ……?」


 絶体絶命のアキトを見下ろす“二つの影”。

 一つは、神具を使って武装した、全身鎧姿のフリアン。

 もう一つは──。



「──ひと仕事終えてさあ帰ろうって時に限って、なんでこんな所に出くわすかなぁ?」

「動くな。大将軍サイモン閣下直属、“イージス”である」



 兜の中でこっそりと視線を横に遣るフリアン。

 その先には、薄ら黒い赤髪をハーフツインにした軽装の美少女の姿が。


 少女の容姿が“エルトルージュから聞かされたもの”と合致している事を認め、フリアンは内心で頷いた。


 なるほど、アレが“原作ヒロイン”とやらか、と。

 戦闘に向いているようには思えないミニスカート姿だが、位置的にアキトの視点からはパンツが見えているのではなかろうか?


 何せ、爆風と共に現れたヒロインが立っているのは、痛みに呻くアキトのすぐ側にある建物の上だ。



 ちなみに、“イージス”とは大将武館の対外的な通称である。

 国を守る盾という意味を込めて、人々はそう呼んでいるのだ。


 尚、格好つけているフリアンだが、着替える暇が無かったので神具で形だけは全身鎧を着ているように見えるものの、実際のところは相変わらずメイド服である。

 能力を解いた瞬間場が凍りそうだ。



「……あっちの女はともかく、あの“イージス”とやり合うのはまずいか」


 突如現れた(フリアンは見えないだけでずっと居たが)二人を見上げ、そう呟くルネヴァルト。

 どうやら彼女は知らないようだが、エリート中のエリート軍人であるフリアンだけでなく、赤髪ハーフツインの少女──“原作ヒロイン”の「クラン」──もかなり強力な神具使いであり、革命軍に所属するテロリストだ。


 その能力は、原作通りならば「触れたものを爆弾にする」というもの。

 ただし、生物は爆弾にできないが。しかし、弾はいくらでもある。

 その気になれば、この帝都を丸々吹き飛ばす事さえ可能なはずだ。


 名前は〈ボンバーブレス〉という。

 フィンガースナップ……所謂指パッチンが爆破の合図という分かりやすい弱点もあったりするらしい。


 対して、フリアンが持つ神具の能力は「影を操る」というもの。

 影から影へ移動する事や影の中に沈みこんで身を潜める事などができ、影の形を変えれば物を切断する事もできる。

 名は〈アンブラル〉。

 フリアン本人は、もっと派手な能力の神具が良かったとか。



 かくして、夜の帝都は一瞬にして、連続殺人鬼“首狩りジャック”対革命軍の爆発娘対帝国のエリート“イージス”のフリアンという三つ巴の修羅場に巻き込まれる事となったのだった。


 何故かその中心に立つ事になったアキトは、果たして生きて帰れるのか。

 原作主人公だから、修羅場るのは仕方ないね。

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