第3話 原作開始


 山奥の村で生まれ育った青年、アキト。

 二十一年間に渡る彼の人生は、決して平坦なものではなかった。


 むしろ、波乱に塗れ、悲劇で彩られた不幸なものであったと言えるだろう。


 僅か五歳にして、魔物──大昔にとある神具使いが生み出し、世に放ったと言われる人外の怪物たちのこと──の襲撃によって両親を失い、それを不憫に思った幼馴染の親夫婦に引き取られ、育ち。

 それから十年後、今度は異民族の襲来によって第二の家族である幼馴染一家までをも失った。更に、その際生まれ育った村は壊滅。

 その翌年に現れた“大将軍サイモン”によって仇である異民族が掃討され、自分のような者をこれ以上生まないために上京して仕官する事を決める。


 しかし、田舎の少年がいきなり上京して活躍できる程世間は甘くないと悟っていた事から、五年に渡り独学で自らを鍛えてきた。


 そうしてようやく上京し、親切でとてつもなく美人な貴族の令嬢に拾われるという幸運が舞い降りた、のだが──。


 尚、そんなアキト青年は、背後からこっそりとメイド……フリアンがついてきているという事には気が付いていない。

 尤も、これはフリアンが極めて隠密性の高い神具を使っているため、仕方が無い事ではあるのだが。


「──連続殺人鬼……ですか?」

「ええ。“首狩りジャック”という名で呼ばれる、ここ最近になってこの帝都を騒がせている凶悪犯よ。これが厄介な事に、神具使いだと言われているの」

「神具使い……!」


 帝都で一時的な日銭の稼ぎ先を探していたアキトを拾ってくれた心優しい貴族令嬢、ルネヴァルト・マルムスティーンの口から放たれた“神具使いの連続殺人鬼”という言葉に、拳を握りしめるアキト。


 両親を死なせた遠因とも言える“神具”に対し、アキトはあまり良い印象を抱いてはいない。

 幼馴染とその両親を殺し、そして故郷を滅ぼしたのも、異民族の神具使いであったという事も大きいだろう。


「神具なんてものが無ければ、こんな世の中には……!!」

「……本当にそうかしら?」

「え?」


 しかし、恩人であるルネヴァルトが否定の言葉を投げかけてきたことに、思わず間抜けな声を上げてしまう。


「神具はたしかにとてつもない力を秘めているけれど、所詮は道具。ならば、貴方が本当に憎むべきなのは、神具を悪用する輩であって、神具そのものでは無いのではなくて?」

「それは……」

「かの大将軍サイモン閣下が帝国……いえ、世界最強の神具使いであるように、平和を壊すのが神具使いであれば、平和を守るのもまた、神具使いなのよ」

「大将軍、サイモン……」

「神具使いを悪用する輩を捕らえたいと言うのなら、貴方も神具使いになるしかない。それは分かっているわよね?」

「……はい」

「よろしい。なら、せめて貴方は“力”に決して飲み込まれないように気をつける事ね」

「ええ、そうですね……。すいません、頭では分かっているつもりだったんですが」

「いいえ、気にしないで。大切な者をことごとく神具使いに奪われたというのなら、それを憎むのは当然だもの」

「はい……」


 神具を良く思っていなくとも、神具を悪用する輩を排除し、平和な世の中にするためにはこちらも神具を用意するしかない。


 神具使いに勝てるのは、同じ神具使いだけ。

 それが真理なのだ。


 世界最強の大国であるこの帝国における、最強の神具使い……即ち世界最強の神具使いと言える大将軍サイモンが、たった一人で百万の異民族の軍勢を皆殺しにしたという逸話がそれを証明している。


「あ……そういえば今更なんですけど」

「うん?」

「……神具使いには、どうしたらなれますかね? 誰でも使えるわけじゃないらしいけど、そもそも神具に触る機会自体そうそう巡ってこないと思うんですよね……」

「そうね……。やっぱり、帝国に仕官して手柄を立てるしかないんじゃない? 一応、革命軍にも神具使いは居ると聞くけど……」

「革命軍って……たしか、帝国政府の高官を何人も暗殺しているっていうテロリストでしたっけ?」

「ええ」

「さすがに、いくら神具が欲しいからってそんな奴らに手を貸すつもりはありませんよ」

「でしょうね。言ってみただけよ」


 今はこう言っているアキトだが、運命が原作通りに進んだならば、そのテロリストに加担する事になるのだから、分からないものである。


 そして、アキトの影から盗み聞きしているフリアンはというと……。


(ええ……こんな様子で、本当にこの青年が革命軍に入るのか? しかし、大将軍閣下が仰った事だし……。いや、あるいは既に運命から外れているという可能性も……? あー、分からん。なかなか難しい役だな、これは。いつ介入すればいいのか分からん)


 結構、いや、かなり混乱していた。

 そりゃそうだ。


 原作知識を持っているのはあくまでサイモン……いや、エルトルージュであり、フリアン自身は彼女から聞かされた分の知識しかないのだから。



 そんなこんなで夜になり……。



 アキト青年は、ルネヴァルトから聞かされた“首狩りジャック”という連続殺人鬼の正体を掴むために張り込んでいた。

 それを手土産に帝国へ仕官しようというのである。


 しかし、夜の帝都は凄まじく治安が悪化する。

 それ故にまともな人間は家に閉じこもっており、警備の兵士以外で外に出ているのはほぼ全てがワケあり、あるいは犯罪者である。


「……これは、予想以上に酷いな。気を引き締めないと、殺人鬼どころかそこらの奴に殺されかねないぞ……」


 大通りはさすがに平和だが、耳をすませばそこら中から悲鳴やら怒号やらが薄らと聞こえてくる。

 この分だと恐らく、裏路地にでも足を踏み入れようものなら、ものの数分でヒャッハーな輩と遭遇できるのではないだろうか。



 そして、時刻がちょうど0時を回った頃。



「ギャァアアァ!!」

「く、首狩りだァ! 首狩りジャックが出たぞォォ!!」

「野郎ぶっころしてやぎゃああぁ!?」

「つ、つええ! なんだコイツ、本当に人間か!?」


「!! あっちか!!」

(おぉいアキト青年!! 相手は神具使いって聞かされただろう!? ただの剣なんぞ背負っても犬死するだけだぞ!! あーーー、これはそろそろ介入するか!?)


 ヒャッハーな輩のものと思しき汚い悲鳴が響き、走るアキト。

 ついでに、あまりにも無鉄砲な彼にわたわたと慌てるフリアン。

 まさか“首狩りジャック”が神具使いだと聞かされた上で、馬鹿正直に向かっていくとは思っていなかったのだ。


 そして──。


「撃て撃てェ!! 数は圧倒的にこっちが多いんだ!! 相手はたった一人だぞ!」

「このクソ野郎、とっととくたばりやがれェ!!」


「──うふふ」


「な、なんだこの死体の数は……!?」

(アレが“首狩りジャック”……。どっちにしろ、この場で始末する事にはなりそうだ)



 咄嗟に物陰に身を隠したアキト……とついでにフリアンが見たのは、ライフルを構えた帝国の一般兵がずらりと並び、必死に撃ちまくる様と。

 それをひらりひらりと舞い踊るように避け続ける、笑い顔の仮面を被ったスーツ姿の人物。


 間違いなく、仮面スーツの方が“首狩りジャック”なのだろう。

 その証拠に、彼の足元は血で汚れ、数えきれない程の「首無し死体」が転がっている。



 素人が見れば、圧倒的に不利な“首狩りジャック”が銃と数の差に押されて討ち取られると思うだろうが──。


「がっ」

「げぴぃ」

「ぐひゅぅ」


「……これだけの兵が居て、傷の一つも付けられないっていうのか……!!」



 状況は、“首狩りジャック”が圧倒的に優勢であった。

 無数に放たれる銃弾は、恐るべき連続殺人鬼が両手に持つ二つの剣……「ひたすらに斬れ味が良い」神具、〈スラッシャー〉によって切り捨てられ、超人的な動きで兵たちに接近した“首狩りジャック”が、次々と首を刎ねていく。



 そして、五十人は居たであろう帝国兵たちは瞬く間に全滅した。


「イイ……なんて気持ちいい……」



 漆黒の空を見上げ、恍惚と呟く“首狩りジャック”。

 返り血で真っ赤に染まった笑い顔の仮面と相俟って、とてつもない恐怖を呼び起こさせる。


「……!!」


 知らず知らず、背負った剣を握るアキト。

 帝国兵たちを見殺しにする形になったとはいえ、こんな凶悪犯を放置するのは、彼の正義感が許さなかったのだろう。


 ──しかし、彼の剣から薄らと響いた金属音が、確かに。

 確かに、“首狩りジャック”の耳に届いた。



「まだ居たか」

「ッ!?」

(何をやっているんだアキト青年ー!! えーと、たしか大将軍閣下の指示は……)



 ぐるり、とアキトが潜む物陰を睨む“首狩りジャック”。

 思わず唾を飲むアキト。


 そして、逃げられないと悟るや否や、ゆっくりと深呼吸し、姿を現す。



「──おや」

「これ以上、何の罪もない人達を殺させやしない。お前の凶行もここまでだ……“首狩りジャック”ッ!!」



 笑い顔の仮面を睨み、叫ぶ。

 それに対して──。



「貴方はもっと仲良くなってから殺すつもりだったのだけど」

「……何?」

「蛮勇は身を滅ぼす。それとも、そこまでして神具が欲しいの?」

「…………!」



 何かに気付いたアキトが、口を大きく開けて驚愕している。

 フリアンもまた、“首狩りジャック”の正体に気付いてはいるが、彼女の場合「元々知っている」ので大した驚きはない。



 不気味な笑い声を上げながら、ゆっくりと仮面をとる、“首狩りジャック”。

 その素顔は、果たして。



「残念だわ。メインディッシュは最後まで取っておく派なのだけど」

「……そんな……!」

(これ、やっぱり死んだよなぁ。アキト青年。閣下曰く、これでいいらしいけど……)




「ルネヴァルト……さん……」

「ごきげんよう、アキト。月夜の下で殺し合いをするというのも、なかなか素敵だと思わない?」



 帝都を騒がせる連続殺人鬼、“首狩りジャック”。

 その正体は、上京したばかりのアキトを拾い、彼に忠告した「心優しい女性」。


 ルネヴァルト・マルムスティーンその人であった──。

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